40話 後始末は
1日の体感速度、およそ6時間。
一週間の体感速度、およそ3日。
気づけば一年経っている。
おかしい……時空の歪みか?
それか、寝過ぎか?
あの一件から3か月が経った。
建物の被害が大きく、未だ瓦礫と化している現状。
死人は多くはないが、ゼロではない。
ジィーナスさんもそのひとりだ。
最も一番最悪だったのは勇者が死んだことだ。
「エルくん、薪を持ってきてください」
「はーい」
ロンさんの声で食堂の椅子に座っていた俺は立ち上がり、裏口の扉を開ける。
勇者の死はあっという間に世界に広がったらしい。
てか、ここに勇者が来てたことすら知らなかったが。
「うっ……さびっ」
季節は真冬、雪が庭を埋め尽くし、真っ白な世界が広がっている。
「マキっマキっ、俺らの生命線っ」
呑気に歌いながら小さな小屋に入り、いつも通り両手いっぱいに薪木を拾う。
「お前は暖炉行きっ、お前は釜戸行きっ」
ふと思うことがある。
こうやって、当たり前のように薪木が無いと生活できない暮らしに、疑問が無くなってしまう時があることに。
「前世じゃ考えられないことだな……」
ガスも電気も水道もない。
トイレはボットン、水は井戸水、ガスは薪木。
約9年、ここまで来れば前世の事なんて思い出すことの方が少なくなるな。
「みんな元気にやってんのかな……」
「みんなって?」
俺の独り言に質問する声が背後から聞こえる。
「ん? クルトか……」
「手伝おうか?」
両手を差し出したクルトに半分薪木をプレゼント。
「昔、会った人……友達だ」
「ココ村?」
「んー、まぁ、そんな感じだ」
小屋を出て裏口のドアノブに手をかける。
「今日のご飯はなんだろな」
「いつもの薄いスープに固いパンだろ」
決まりきった献立。
魔族を倒したこの街のヒーローなのに夢がないな。
「クルトにぃちゃん! お風呂!!」
「ん、もうそんな時間か……ちょっと待っててお湯貯めるから」
「はーい」
部屋に入るや否や、ルンが叫ぶ。
「ロンさん、ここ置いとくね」
クルトはキッチンにいるロンに声をかけて薪木を地面に置くとそのまま風呂場へ向かう。
「ありがとうございます。ついでに暖炉にも入れて下さい」
「うす」
俺が持っている薪木を食堂にある暖炉に放り込む。
「あったけぇー」
暖炉の前にはケインと双子のマージとマームが頬を緩めて暖をとっている。
「知ってるか? 他の世界には薪木を使わなくても部屋を暖かくする道具があるんだよ」
「嘘だー」
「そんなのないね」
そうだろうそうだろう。
嘘だと思うだろう?
だがな、エアコンという画期的な素晴らしい家電が存在するんだよ。
地球には。
「ま、暖炉の方がエモいがな」
「えもい、えもい」
はー、暖炉いいわー。
マシュマロ欲しいわー。
食堂にて、ぬくぬくしていると、玄関から来客の呼び鈴が鳴る。
「俺が出るよ」
「助かります」
手が離せなそうなロンさんに一言声をかけて席を立つ。
誰だろう。
夕方のこんな時間に……。
全く、俺の至福の時間をなんだと思って──。
「はいはい。今出ますよー」
玄関の扉を開けると、そこには青髪の少女がメイド姿の女性と共に立っていた。
「ミルナお嬢! どうした」
「手を貸して欲しいの」
◇
「どうしたのですか? こんな時間に」
食堂の椅子に座り、俺とクルトとロンは向かいに座ったミルナを見る。
「相談なの」
「相談?」
いつもの晩飯に手をつけながらミルナの話を聞く。
「じぃが死んでからお父様のやる気がないの」
「へー」
パンを口でちぎりながら食べる。
「今だに復興が進んでない理由ってこと?」
クルトは窓の外を遠目で見ながらそう言った。
「お金がないからじゃないんですか?」
ロンがスープを飲み込んで答える。
「それにつきましては私から話させていただきます」
隣にいたメイドが挙手をする。
「自己紹介が遅れました。ジィーナス様に変わり、ミルナ様の教育係に任命されたモナと申します」
モナはお辞儀をして、説明を始める。
「領主様は元々ジィーナス様をお慕いしておりました。若くして騎士団の副団長に上り詰め、剣術ならばこの国一番とも言われていた人でしたので」
そんなにすごい人だったのか……。
「ですが、禁忌を犯してこの領土から追放され約30年。前領主様が亡くなり、今のカモク様が就任され、無理を承知でジィーナス様を連れ戻したのです」
「禁忌?」
「はい。他種族との子供です」
「特異点ですか……」
?
ちょっとよく分からないです。
「特異点は世界の脅威になりかねるほどの力を持つ特異体質持ちのことだよ」
クルトが耳打ちで俺に教えてくれた。
教えてくれた事に不満はないが、それでも言っている意味がわからない。
「領主様は多様性を重んじておりました。北区の住人の方々にも仕事を斡旋しようと手を打っている最中、北区の暴動。ジィーナス様の死。そしてミルナ様の行動。全てが領主様の最悪な出来事だったのです」
なるほどね。
それだけはわかる。
カモクさんの推しが死んで、娘は言うこと聞かなくて、助けようとした人たちが一揆を起こしたってことか。
「初めのうちは領主様も復興にテコを入れていたのですが、民衆の目が声が領主様の耳に入って……」
「不満の声がやる気を削いだと……」
モナとミルナは深く頷く。
「お金で解決出来ない理由は?」
「簡単な話、エスタ領土からの税金では足りません」
「ですよね」
ロンは納得してため息をついた。
「税金増やせば? 物の金額の何%かとか」
俺は前世の国の知識を話す。
「無理でしょう。そもそもエスタ領土は税金が安すぎるんです。他の国と比べて圧倒的に」
ロンがパンを飲み込む。
「はい。そのお陰で移住する方々が増えている現状、ここで増やせば人が減るだけです」
そんなに安いんだ。
「この国は世界人口が三番目に多いからね。そのお陰で色んな国が認めてきているんだよ。アズレット大王国の同盟もその一つ」
人の多さが国の大きさ。
人口が武器のエスタ領都は人を減らすのはダメなんだな。
「他の国からの援助は?」
「お金を借りても返せないです」
じゃぁ無理だ。
詰みに近い状態だ。
「お金を稼ぐ、民衆の不安を消す、北区の復興も並行する。その全てをやる方法……」
クルトが耳たぶを触りながらブツブツと独り言を始める。
「一つだけ、案があるよ」
「本当なの!?」
そう手を挙げたのはクルトだ。
これを見たミルナとモナは目を見開いてクルトを見つめる。
「簡単な話だよ。この国を捨てる」
そう言い放ったクルトは冗談では無く、真面目な顔をしている。
「論外な──」
ミルナの反論に耳を貸す様子を見せず、クルトは続ける。
「そもそもお金がないのに復興したいって所で無理なんだよ。他の国からの援助も返す宛がないって言って、さらには北区の再建に、住人の不安解消も入れるのは二兎どころじゃない」
辛辣な言葉だが、嘘ではない。
証拠に言いかけたミルナも、他の誰もクルトに反論できていない。
「なら、この国を捨ててネスチアかブリタリアに移住した方が得策」
クルトはそう言い放って立ち上がり、食べ終わった食器をキッチンに運ぶ。
「ミルナお嬢……今回は力になれない。俺らはただの8歳児と孤児院の院長だ」
俺もクルトに続き完食した食器を片付ける。
「……」
ミルナは黙ったまま俯く。
「わかりました。今回の件はこちらでどうにかします。失礼いたしました」
モナはそう言って、ミルナを連れて玄関の方へ歩く。
「モナさん! 足しになるか分かりませんが、知り合いの冒険者に募金の斡旋を掛け合ってみます」
「いえ、大丈夫です。元はと言えば領主のお仕事ですし」
モナ達はそう言って城へと戻る。
◇
「飽きないの、それ」
裏庭で食後の素振りをしていると、珍しくクルトが庭にやってくる。
「睡眠が飽きるか?」
「何その理論。ちょっとだけ納得する」
クルトは笑って座り込む。
「意外だったな」
「へ?」
俺は剣を振りながら、先ほどの事をクルトに話す。
「クルトの事だからどうにかすると思ってた」
「あー、僕はそんなにお人好しじゃないよ」
白い息を吐きながらクルトは夜空を見上げる。
「根本的に僕らが口を出すのは違うし、ミルナ自身僕らに甘えすぎてる」
「厳しいな」
俺は笑いながら剣を振る。
「本音は?」
「僕らが口を出して、失敗するのにびびってるから」
なるほどね。
クルトらしいや。
「どっか行くのか?」
クルトの服装は外で涼むには厚着で、これから何処かに向かうような格好だ。
「……うん。ちょっと用事が」
クルトは立ち上がり、門柱の方へ向かう。
ちょっとねぇ。
そんなコンビニ感覚な場所なんてこの世界にはないのに。
◇
「ここだよな」
クルトは1人、西区の住宅街のアパートにやって来ていた。
「ごめん下さい」
ドアをノックして数秒、1人の男が扉から出てくる。
「ん、どうしたんだ? こんな時間に」
「ガエルさん。少し相談があって、時間大丈夫ですか?」
扉から出て来たのは冒険者のガエル。
腕相撲でエルに負け、攻めて来た魔物の討伐を手伝ってくれた人。
「おう。大丈夫だ。寒いし中で聞こう」
ガエルはクルトを部屋に上げ、リビングに向かう。
「あれ、クルトくんだ」
「こんばんは、リャンさん」
暖炉の前でソファにもたれかかったリャンが首を曲げてこちらに手を振る。
「リャンも来い。ホルスは何処だ」
「自室に行ったよ。呼んでくる?」
「あぁ、頼む」
リャンは腰を上げ、リビングを出る。
「そこに座っていいぞ」
ガエルはテーブルのある椅子を指さしてキッチンに向かう。
「ハーブでいいか?」
「お構いなく」
クルトは上着を脱いで、指定された席へ座る。
「外はまだ大変だな」
「そうですね」
ガエルはハーブティーをクルトの前に置き、正面に座る。
「まさか勇者が来ていたなんてな」
「僕も驚きでした。勇者パーティの人のお陰で生きて帰れたので」
湯気が立ち上るハーブティーを飲み、上着から一通の手紙を出す。
「お待たせ。連れて来たよ」
「お客さんってクルトくんか」
リャンとホルスは空いている席に座り、クルトを見る。
「で、話って何だ」
ガエルは肘をついて机の上に置かれた手紙を見る。
「そんな難しい話じゃないです。復興の為に手を貸して欲しいだけです」
ハーブティーを飲み干して単刀直入に伝える。
「……復興の手?」
「はい。ガエルさんにやってほしいのは三つです」
クルトは指を三つ立てる。
「この前の魔物の素材はまだ持っていますか?」
「あ、あぁ。ここの協会も被害受けてて対応してもらえねぇからな」
ガエルは腕を組む。
「よかったです。一つ目はそれです」
三本の指のうち、人差し指だけ立てる。
「その素材をブリタリアの協会で換金してそのお金を全部とは言いません。何割かエスタ領都の復興に充てて欲しいです」
「全部でもいいぜ。飛竜の羽も、巨人の爪もアンタらの功績だしな。他の素材も倒されてた魔物から剥ぎ取ったもんだし」
ガエルは仲間の顔をみてそう伝える。
「元からその予定だったんだ」
リャンが口を挟む。
「それはありがたいです。で、二つ目はこれです」
クルトは机の上に置いていた手紙をガエルの方へ持って行く。
「これは?」
「読んだ方が早いです」
ガエルは言われた通り、手紙を取り出して目を通す。
「その手紙を協会で換金する前にブリタリアの領主に渡して欲しいのです」
「……おいおい、まじかよ──」
その手紙の内容は目を見開くようなものだった。
「それを渡すことが出来れば換金額が跳ね上がると思います」
「そりゃそうだろ。この内容が本当だとしたら……」
ガエルはクルトを見て震えた声で疑う。
「本当ですよ。ちょっとしたコネがあるだけです」
「コネって……何でもありだな」
「なになに、見たい見たい」
「俺にも見せろ」
リャンとホルスはガエルの後ろに立ち、手紙を読む。
「マジ?」
「すげぇ。しかもこんな金額……」
2人とも同じく驚いた様子でクルトを見る。
「お前って、恐ろしい奴だったんだな」
「えぇ。まぁ、その手紙を見ただけじゃ大金を渡すと思えないので素材を交換条件にするだけです」
クルトは自慢げに鼻息を荒くし、胸を叩く。
「で、三つ目は?」
「ゴホン。最後は今回の主犯を倒したヒーローになって欲しくて……」
少し申し訳なさそうにクルトはガエル達を見る。
「ヒーロー?」
「はい。簡単な話、僕たちが倒した巨人と、魔族をガエルさん達が倒した事にしたいんです」
ガエルは少し考え出すと、段々と顔を引き攣り出す。
「いや、それだけは無理だな。ていうか嫌だ」
「ですよねー」
クルト自身断られる事は想定済みだったのか、驚く様子もなく、ため息をついて下を向く。
「そもそも魔族を殺したのは勇者じゃ無かったのか?」
「魔族は僕とエルが殺すの躊躇って、戦闘不能にだけさせて拘束した後、放置していました。なので殺しては居ないのですが……」
クルトは耳たぶを触る。
「衛兵に発見された時には頭部を潰されて死んでいたと……」
「そうです。多分魔人がやったのかと……」
クルト自身、魔人に遭遇していた。
そして勇者パーティ達の死体は発見されたが、魔人の死体は発見できなかった。
つまり結論は一つ。
勇者パーティ達は魔人に殺されたという事。
さらに言えばエルが魔人シルバリと交戦した証拠がある。
「シルバリは頭部を潰す癖があります」
「じゃぁ、そいつで決まりみたいなもんだな」
クルトは頷いて続ける。
「今、住人たちは勇者を殺せる力を持った脅威が存在している事に怯えています。なので一つの安心材料を作る為にガエルさん達の実績が欲しいんです」
ガエルは巷で有名な冒険者だ。
シルバーランクの冒険者ならば、納得する可能性が僕らよりも遥かに大きい。
「お願いします。金額の上乗せのため、素材はこちらで集めます。なのでどうか──」
「うーん。でもなぁ」
ガエルは不満の顔を浮かべてリャン達を見る。
「いいんじゃない? 引き受けても」
「俺も賛成意見だ。ガエル」
2人は手紙をガエルから貰い、そう言った。
「大金の1割ぐらいは貰うけどね」
「もちろんです。そのぐらいは」
ガエルは頭を掻きむしりながらはため息をつく。
「分かったよ。引き受けよう」
「本当ですか!!」
クルトは机の上を両手を叩き、立ち上がって歓喜した。
「ただし、条件がある」
「条件? お金の事なら余った分は全て渡しますが……」
クルトは席に座り直す。
「違ぇーよ。お前とあの白髪のガキ、あとロンレルさんの3人の協力の元、討伐した事にする事だ」
「えぇ……」
クルトは嫌そうに顔を引き攣り、空になったカップを覗く。
「それが嫌ならこの話は全部無しだ」
「うっ……、分かりました。そういう事なら……」
渋々クルトが頷くと、ガエル達は笑ってカップを下げキッチンに向かった。




