9話 圧倒的な力差
前に痩せると言ったがあれは嘘だ
「やびっ……薪が無くなっちゃった」
ミスカは外の薪置き場にて、最後の薪木を手に取るとそう呟く。
「お父さんが向こうに行く前に大量に切ってくれたのに……。明日のご飯どうしよう」
顎に手をやり、首を傾げ家に戻る。
「うーん、薪割り私やりたくないし、どこか都合よくやってくれる人いないかな……」
玄関の取手を掴み扉を開くと、昼ごはんの準備をしていたエルがミスカを見る。
「母さん。今日のご飯何?」
「ん、野菜炒……め………。あっ!いた!都合の良い人!!」
ミスカは勢いよく指を指す。
「えっ、なに!?」
エルは少し怯えた顔をしながら警戒する。
「くそぉーっ、そう言うことだったのかい!」
俺は叫びながら斧で薪を割る。
「纏魔切らさないでよー」
ミスカは椅子に座りながらお茶を飲む。
「切らすなよって、昨日の今日でこんなことさせるのかよ……」
「なんだってぇー」
やばっ、小言聞かれてた。
「いや、なんでもない!」
斧を振りかぶり丸太を切断する。
これ、結構腰と腕にくるな……。
それに纏魔ってずっと力んでる状態だから余計に疲れる。
「ほらほら、もっと早く動かさないと日が暮れちゃうよ」
「わかってる!」
一年前のスパルタを思い出すなこれ。
最近は朝の日課に慣れてきたのもあって、口うるさくなかったのに。
汗をダラダラ流しながら薪割りを進めていく。
「終わったっーーーー!!」
薪を割り始めて3時間ほど経ち、ヘトヘトになって地面に突っ伏す。
「いやーお疲れさまです。これで約一年は持ちますよ」
手を叩きながらゆっくりとミスカが歩いてくる。
「しかも一度も纏魔を解いてないなんて、母親ながら末恐ろしいよ」
「なんか、感覚掴んだ気がするんだよな」
俺は空に掲げた右手を見る。
まぁ、3時間も纏魔を使ってたから嫌でも慣れるか。
俺は起き上がりあぐらをかく。
「ほんとにすごいよエルは。お母さんでも1時間が限界だからね。……あ、そうだ」
ミスカは手を叩くとニコリと笑う。
「お隣のベーコさんも薪が少なくなってるって言ってたな……」
「えっ……」
ミスカは俺の肩に手を置き、目を瞑ったまま頷いた。
「嫌だっ──」
「もう一踏ん張り頑張ってね」
俺の声をかき消すように上からミスカが被せてきた。
「嫌だぁーーー!」
「お疲れ、ベーコさん喜んでたよ」
「さいですか……」
隣人のベーコさん宅で薪割りを終えた俺は一足先に部屋に戻り、床で仰向けになっていたら、外から帰ってきたミスカが扉を閉めてそう言った。
「ベーコさんは独り身のおばあちゃんだから、重労働をやってくれてすごく助かるって」
それは良かった。
血豆ができるほど頑張った甲斐があるってもんだ。
『ぐぅ〜〜〜〜〜』
部屋中に俺の腹の虫が響き渡る。
「あ、もう夕飯の時間ね、すぐ用意するからお風呂浴びてきな」
「動きたくない……」
俺はそう言って天井を見つめる。
「汚いわよ。それに汗臭い」
鼻を摘んでミスカは俺を見下げる。
「うぅーー」
臭いって……、頑張った息子に言うセリフかね。
なんか泣きそう……。
味がしなくなるぐらいぐるぐる巻きで、オブラートを包んで欲しいよ。
俺は渋々起き上がり、風呂場へと向かった。
「エルぅ? 寝坊とは良い度胸ねェ」
「ん、」
朝、ミスカの声で目を覚ました。
目を開けると恐怖の笑顔で染まったミスカが顔を覗かせる。
「もう、昼前よ。早く起きて走ってきなさい!」
「後5分……」
俺は布団の中にモゾモゾと入り再び目を閉じる。
「後5分じゃないわよ! さっさと着替えなさい」
「じゃあ、後10分……」
「増えてどうするの」
ミスカは無理やり布団をめくり上げ俺を担ぎ上げる。
「さっ、朝の日課をこなしてきなさいっ!」
「やめてくれぇー。昨日の重労働のせいで俺はもう限界なんだー」
ミスカの肩の上で暴れ回る。
「限界って体力のでしょ。死の限界が来るまでは大丈夫よ」
「鬼っ、悪魔っ、人でなしー!」
「失礼な。お母さん、半分は人よ」
いや、もう半分は鬼か悪魔なのかよ。
てか、自覚あったんか。
「はぁー。今日はようやく体術の技を教えようと思ってたのに……」
「えっ! 技っ!? なんかやる気出てきたような気がする……」
俺はミスカの肩から飛び降り、玄関へ走る。
「さっさと終わらせてくる」
家を飛び出していつものランニングコースへダッシュした。
「ただいまぁー」
「えっ、もう終わったの?」
家を出て1時間、俺は全てのメニューを終わらせて帰宅した。
「うん」
笑顔で答える。
「筋トレも?」
「うん」
さらに良い笑顔で答える。
「体幹も?」
「ばっちり」
V字サインも加えて答える。
「だから早く体術を教えてよ」
「……こんなに早く終わるなら、メニューを追加しても良いかも……」
ん?
なんか嫌なことが聞こえた気がする……。
「え?」
「いや、なんでもない」
聞き返すとミスカは外に行こうかとお茶を濁し、庭の方を指差して、外に出た。
「さて、体術の技を教えるにあたって、一番効率の良い教え方って何かわかる?」
「見て学ぶ?」
自信なさげな声で首を折り答える。
「惜しい。確かに見て学ぶことも大事。でもねもっと効率がいいやり方があるの」
ミスカはそう言いながら俺の正面へとたつ。
「最も、簡単で覚えやすいやり方は、死ぬほどその技を喰らうことっ!!」
ミスカはその場でしゃがみ込み、右足で俺の体勢を崩すように、回し蹴る。
「どわっ!」
俺は不意を突かれ、体の右側から、まるでドミノ倒しのように倒れる。
「ふんっ!」
俺をこかすだけでなく、ミスカの右足の踵がそのまま一回転し、倒れる途中の俺の右頬にクリティカルヒットする。
「ぶべぅっ……!」
俺は空中で側転のように回転すると地面に激突した。
「よく纏魔で衝撃を減らしたわね。上出来上出来」
ミスカが再び俺のそばに寄る。
「立ちなさい。もう一発いくわよ」
「ま、まって……」
よろけながらも無理やり体を起こす。
「次は反撃してみなさい」
「ちょっ、ちょい待ち……!」
「なに?」
両手を前に出し、ミスカを止める。
「急すぎ……」
「ほら、早く構えなさい」
「分かったから、ちょっと心の準備を……」
俺は深呼吸し、自分なりの構えを作る。
「何よ、その不恰好な構えは」
不恰好とは失礼な。
俺の中では様になってる格好だぞ。
「まぁ良いわ」
ミスカは体を緩めると、いつの間にかその場でしゃがんでいた。
来る!
同じように右足で俺のバランスを崩すのなら、俺はミスカの右足だけを注意すれば──!?
そう思った時、ミスカは右足ではなく左足を使い、俺のバランスを崩した。
逆……!?
その後はさっきと同じことだ。
左足の踵が俺の左頬にめり込む。
「もう一発って言っても、同じように右足だけなわけがないでしょ」
「ぶはっ!」
頬を蹴られた衝撃で折れた歯が吐血と混ざり地面に吐き出される。
「よかったじゃん。ちょうど生え変わりの時期だから抜く手間省けたね」
朦朧とする意識の中、俺は少しミスカに怒りを覚えた。
実の母が五歳児の俺をコテンパンにタコ殴り、いやタコ蹴りか。
俺だって毎日努力してるって言うのに、毎回雑用係みたいなことさせやがって。
その怒りのお陰か、意識を持ち堪え立ち上がる。
しかもなんだ、ミスカの纏魔は1時間が限界って……。
俺は3時間以上も出来るんだぞ。
もう少し俺に優しくしても良いじゃねぇか。
決めた。俺は覚悟した。
ここでミスカに、こいつに一泡吹かせてやる!
ふらつく足に力を入れてさっきと同じ構えをとる。
「おっ、様になったじゃん。その構え」
ミスカもそれに対応するように構えの姿勢を示す。
「スゥーー……」
限界まで息を吸い上げ俺は叫ぶ。
「かかってこい!!」
ニヤリとミスカが笑うと一気に俺の足元へ詰め寄った。
来る──!
またさっきの足技で俺の体勢を崩す──
いや、違う、ブラフ!
俺はミスカの技を極限まで注視する。
しゃがみ込んだミスカは右足を俺の足にかけるふりをし、両手を地面に付け、バネの如く飛び上がる。
そしてその反動で、俺の溝へとドロップキック。
真下から斜め上への飛び蹴りだ。
避……いや、避けるのはもう間に合わない。
ならせめてガードを──
両腕を前に出し、飛んできた攻撃を受け止める。
しかし、ミスカの技量と、経験、そして筋力差のせいでその腕を弾かれてしまう。
「ぐっ……!」
気づけばミスカの両足首が俺の首を挟んでいた。
そのままミスカが回転を加える。
言わばワニのデスロール。
俺は為す術なく、ミスカの回転と共に宙を回る。
これがっ……黄金の回転エネルギー……。
高速で回りながら俺は落下し、地面に衝突する。
「やべっ、やりすぎちゃった! エル! 大丈夫!?」
慌てた様子で落下地点に駆け寄る。
「くそ……、抵抗も出来ねぇ」
「よかった……。意識あって」
これが超えたくても超えられない壁ってやつか……。
ゆっくりとミスカは俺を起こし、膝枕を作ってくれる。
「母さん、わざと俺を焚きつけるようにイラつかせる言葉使ったでしょ」
「バレてら」
ニヒヒと浮かんだ笑みをのぞかせながら、ミスカはそう言った。
「俺、絶対母さん超えてやるよ」
「うん。エルならすぐに追いつくよ。おっ、折れ抜けた歯から、新しい歯が出てきてる」
早く面白くなるところまで行きたいな。
幼少期編はつまらん




