その、5 美術館型ダンジョン計画
「おひさでーす」
辻本君が久々にやってきた。最後の会ったのはまだ会議室にいた時なので2か月以上会っていない。大学の後期テストが始まる頃に休みを貰いたいと申し出てから課題を頼み、その後その課題の案がある程度固まるまで連絡がなかったのだ。
「お久しぶり、辻本君。元気してた?」
「はい、津田様もお元気そうですね。秋エリアを進めているんでしたよね、進捗状況はどうですか?」
「順調だよ~。春エリアの時に全部やってたら身が持たないって学んだからね。観賞用は一部に限定して他の所は実用一辺倒にしたんだ。大分楽になったよ。植物の希少性とか度外視で使う霊薬の頻度が高いものほど多く植えることにしたんだ。おかげで捗ること捗る事」
秋エリアに植える予定の約850種の薬草たちは気候や土壌、組み合わせなどを考え<知る能力>に追加された経験という知識を組み入れて既に実用一辺倒の所はオート思考である程度決まっている。
「そうでしたか。観賞用ってどのくらい取るつもりですか? 確か秋エリアは全体で3×6㎞でしたよね?」
「1㎞四方で十分広くて今から気が重いけど、春エリアよりずっとマシなはずだよ。今回は池も作って水面に浮かぶ紅葉の景色も楽しめる感じにしたいな~」
「そこだけ一般公開するんですね。茶会の大祭が9月だからそれに合わせて公開したら涼しくて喜ばれると思いますよ」
「だといいな。
じゃあ辻本君に頼んでいた課題に取り組もうか」
「では早速~」
鞄から取り出した広用紙には美術館の計画書が書かれていた。<知る能力>で集めた護符や霊符などを展示するためだ。
「上の階の日本庭園エリアから螺旋階段、又は階段の中央部分に作るエレベーターで降りてきて空中庭園に降ります。この空中庭園Aで一回魔物討伐をして貰って、魔物の下にある空飛ぶ狐の背中に乗って美術館屋上の空中庭園Bに降ります。
空中庭園Bから入って下へ降りると美術館です。館内では各エリア入り口に魔物討伐の場所が設けられており、討伐すると扉が開く仕組みになっています。一度通った場所でもそこを通るならもう一度魔物を討伐する必要があります。
展示は3千点……、あの、重ねて聞きますが、これは展示が3千点、ですか? 常時3千点?」
「うん、展示がね。所蔵品がじゃないよ」
本物の学芸員が聞いたら憤慨しそうな計画だ。勿論、多数の学芸員と多数の関係者と広い施設があれば可能であろうが、場所はあっても学芸員も関係者もいない状況で作ろうとしている。
「ええっと……」
「うん、言いたいことは分かる。そもそもどっかから買って来たとかじゃなくって霊符の見本とか自力で作成だからね? 知識から取り出して順番に作成したものを掛け軸にするか額縁に入れて展示だから。その下あたりに解説と効力を付けておく形になるからまた面倒なんだよね~ぇ。
こういうの得意な学芸員さんとかいないかもしれないから、ほぼ霊課の伝手と自力で順序立てて作って行くしかないんだ。どうせ外枠は出来ても表具店の進捗に合わせて公開は数年後なんだ。
さぁ頑張ろうね、辻本君」
辻本はそこまで一緒にさせられるとは思っていなかったのか笑顔が凍り付いている。大学を卒業してもここに学芸員として残ればいいと思う。逃がさないよ、辻本君?
既に霊符を作成するための大量の和紙と墨は発注済みだ。業者に厚みや切り方など注文をすさまじく付けたため結構な時間を貰うと言われたが、日本庭園エリアが終わってから美術館に取り掛かる頃に届けばいい。それで所蔵品を作成したら表装などを頼んでいる間に美術館本体を作るのだ。美的センスはないから補佐が誰か探して依頼してくれるだろう。
「あの、あの……大丈夫、なんですか?」
「何と言われようと補佐が待っているからね?
補佐がやれと言ったらこっちの仕事は絶対完成させないといけないからね?
絶対だよ?
本当に、絶対だよ?」
「はい…………」
にっこり笑って押し通す。
ダンジョンから上がって来る莫大な収益は設備投資として、次のダンジョンの作成に充てられている。現在は秋エリアの植物の種や苗などが順々に発注されている状態だ。きっと金額的に大きいのは美術館エリアの表装の代金と技術料、若しくは内装と調度品などか。
「大体の概要でいいんだよ。後は安倍さんに頼んで本職の建築家さんに依頼するから。かなり特殊な美術館だから引き受けてくれる建築家さんもこだわりの強い変わり者らしいけど」
「こちら側に理解のある方ですか?」
「らしいよ。元は一般人だったけどこだわりを極めて能力が開花したとかなんとか……」
「たまにいらっしゃいますよね、特に武道とか芸術とか……」
きっと芸術系で極めて開花したのだろう。そういう人は詳細を詰めるときに感覚が合わないと大変なことになると安倍が顔色を悪くしていた。
「まあ、交渉するのは俺らじゃない。安倍さんに頑張って貰おう」
「そうですね!」
「ところで先に進めようか」
「はい。その建築家さんが何というかによるかもしれませんが、一応、考えています。
3階建てで地下が2階の本館と2階建てで地下1階の特設別館と平屋の専門分野の別館が数か所。津田様が春エリアに入れるか悩んで結局入れなかった庭園も込みです。本館の表に西洋庭園でバラ園と裏側に藤棚と小川の流れる菖蒲の小路を入れて考えています。
本館と特設別館は色々と内容を期間ごとに変更、専門分野の別館は常設展示のみでどうかと思います。いつも何があるか分からないのと同じものが出迎えてくれる所があった方が安心感はあるかと思いましたが、どうでしょう?」
「そうだね。春エリア、見に来たの?」
「行きました。なかなか時間が取れなかったので全部は見られなかったんですけど、霊薬の本は参考になりました。ああいうのは術者の家系の秘伝だったり開発者が秘匿していたり、一族だけしか見られないようなものなので貴重な機会でした」
「そういうものらしいね。こういう霊符も売り物にする以外は秘匿されていることが多いとか聞いた。あんまり公開すると横やりが入るかもしれないから、現代まで残っているものは補佐達があっちこっち相談して検討してから出すかどうか決めるとか言っていたよ」
「そうでしょうね。うちの秘伝をどうやって持ち出した! とか怒鳴り込んで来たら大変ですしね。
各階に階段の踊り場と他に2か所くらい魔物の出る場所を設けておいて、展示室には魔物が入れないように結界を張っておいたらどうでしょうか。それか展示室のガラスを防弾ガラスならぬ防魔ガラスにするとか」
「防魔ガラス……面白い言い方だね。それも面白いけどそれだと落ち着いて研究できないだろうから、場所を決めて他の所に行かないよう結界を張っておこうか」