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第3話

 それからは怒涛の日々だった。


「ところであんた、剣術を誰かに習ったことはあるか?」

「幼い頃、父に少しだけ……」

「そうか……よし、なら手始めに俺に向かってこの剣を振るってみろ」

 

 そう言ってヴィーラントはエマに木の剣を手渡した。

 

「で、でも……ヴィーラントさんは……」

「ん? ああ、車椅子(これ)のことか? まあ確かに激しく動くのは難しいが、ある程度なら問題ない。遠慮なくかかってきな」

「そうですか……わかりました」

 

 エマは剣を取り、遥か昔の父親との思い出を脳裏に思い浮かべる。

 彼女は、ふぅと息をつき剣を構えると、エマは一息にヴィーラントへ斬りかかった。


「やぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ──その時。

 それは一瞬のことだった。気がつくとエマの手からは剣がなくなっており……

 その消えた剣は自身の遥か後ろにカランという音を立てて落ちたのだった。


「……てんでだめだな」


 エマは信じられないというような表情でヴィーラントを見つめる。

 幼少期とはいえ多少なりとも父に剣の扱い方を教えてもらっていたのだ。エマはもう少しくらいやれるだろうと思っていた。


「これじゃあまずは基礎からだな。圧倒的に筋力が足りてない。そうだな……」


 ヴィーラントは辺りを見渡すと、なにか思いついたのかエマを連れて移動する。


「まず朝ここに来たらこれでもやっておけ」

 

 ヴィーラントの指差す先……

 そこには斧と大量の丸太が置いてあった。

 

「手始めに薪割りだ」

「薪割り……ですか?」

「ああ。これでまずは剣を振るうのに必要な筋力をつけてもらう」

「はい‼」

「それと……こっちにこい」


 二人は再び別の場所に移動し、今度は鍛冶師の家の近くにある森の手前にやってきた。


「おっ、いい感じじゃねぇか」


 そこにはヴィーラントが村の人に頼んでいた剣の訓練所が出来上がっていた。

 立ち並ぶ木々の枝からは幾本ものロープが垂れ下がり、その先端には丸太が結び付けられている。


「すごい……」

「ああ。俺一人じゃさすがにこれは作れないからな……。村のみんなに手伝ってもらったんだ」

「村の皆さんが……。あとで戻ったらお礼を言わなきゃ」

「それがいい。じゃあ当面は……そうだな……まずは朝来たら薪割りを昼飯まで。昼飯を食ったら少し休憩して夕方までここで訓練。そして晩飯まではうちで俺の手伝いだ。いいな?」

「わかりました! がんばりますっ‼」

「いい返事だ。俺は俺で、まずはあんたの剣を修理する術を探してみる。家には居るから何かあったら呼べ」



 そう言い残すとヴィーラントは、少女を置いて家へと戻って行った。

 ドアを開けると彼は、険しい面持ちで工場の奥にある物置部屋へと入っていく。


「さて、と……。くそ……こんなことになるんだったら親父に武器のことについても教えてもらっておくんだったな……。たしかこの辺に親父が書き残していたノートが……」


 ヴィーラントは昔の記憶を頼りに、奥に埋もれていた棚から一冊のノートをみつけた。


「あったあった。これだな。これに剣の作り方……防具の作り方……これだ! 剣の修理について」


 誇りまみれにすすけたそのノートを手に取り開くと、そこには今は亡き父親が試行錯誤したであろう様々な武具の修理方法が書き連ねられていた。


「よし、俺もさっそく取り掛かるとするか」



 こうして二人は各々やるべきことに取り組みはじめた。


 白魚のような少女の手は何度も豆をつぶし、血を流し岩のように固く。

 細かった二の腕は少しづつ女戦士のそれに近づいていき。

 そして一か月も過ぎた頃、目も当てられぬほど愚鈍だった薪割りは、いつしか軽快なリズムを刻み、ものの数時(すうとき)で薪束の山ができるほどになっていた。


 するとヴィーラントは昼食を迎えるまでの空き時間、より筋肉を鍛えるためにと少女に崖登りの訓練を課したのだ。 

 しかしそれも、当初は数メートルほどしか登れなかった少女であったが、持ち前の固い意志と、ワーウルフへの執念により、ものの数週間で、三十メートルはあるであろうヴィーラントの軒先にある崖を登りきるほどに成長していた。


 また、そのころには村人が作った訓練所でも目まぐるしい成長を見せ始める。

 同時に襲い来る丸太を避けるだけではなく、剣撃をも与えることができるようにまでなっていたのだ。



 一方、剣の修復を引き受けたヴィーラント。

 当初こそ父の残したノートの内容が、全く理解できずに苦労していたものの、理解を深めるごとに新たな修繕方法を極めていった。

 それは鍋の蓋を強固な盾へと変え、刃こぼれした包丁は勢い余ってまな板すらも真っ二つにしてしまうほどに。



 ──そうして試行錯誤が繰り返されること数ヶ月。



「完成だ」


 少女から修理を託された白銀の剣は、元の姿に修復されるだけではなく、岩をも一刀両断できるほどにまで鍛えあげられていた。


 そして同時に、エマの方もこの数か月の間にかなりの成長を遂げていた。

 その腕は並みの人間や獣では勝てないほどに。


「これで準備は整った。あとはどうやって探し出すか、だ」


 ワーウルフ達の姿かたちはわかっているものの、奴らは神出鬼没なのである。

 今どこでなにをしているのか、そんなものは誰にも知る手段は無かった。


「そうですね……。見た目以外でわかっていることと言えば、『満月の日にやってくること』でしょうか……。ですがこれだけでは何処に現れるのかはわかりませんし……」

「ああ……。まさか運を天に任せ、色々な村や町で待ち伏せるって訳にもいかないしな……。どうしたものか」


 しばしの間、答えが出ない問題に頭を捻らせていたが、一向にいい案が浮かばなかった二人。

 そのまま数時が過ぎヴィーラントは、埒が明かないと少女を連れ村へと降りると、村長であるカミラの家にみんなを集め、ワーウルフを見つけ出す意見を聞くことにした。

 ヴィーラントは村の皆を集めると、簡単な説明を始めた。


「ということなんだが……、誰かいい案はないか?」

「なるほど……。確かにあやつらの居場所を探ることは難しいな……」

「情報屋に行って最近の被害報告を聞く、なんてのはどうだ?」

「いや……それなんじゃが、珍しいことにここ最近ワーウルフが出たという情報がなくてのぉ……」

「ふむ……」


 知恵の宝庫である村の老人たちも、お手上げとばかりに黙り込んでしまった。

 情報すらないのでは本当に探しようがない。

 そんな絶望とも言える空気を打ち破ったのは、裏の台所で料理を作っていたカミラだった。

 

「あんたらショボくれた男共は、相手を追いかける事しか考えられ無くってダメだねぇ……。イイ男ってのはね、自分から追いかけるんじゃなく、相手を追いかけさせるもんなんだよ!」

 

 鍋を両手に意気揚々と恋の手練手管を語るカミラ。

 

「何をしわくちゃのばーさんが偉そうに男と女の駆けひっ────ぎゃぁぁぁ!」

「何か言ったかい?」 


 熱々の鍋を肩に乗せられ、叫び声をあげる眼鏡の老人。

 その様に何か言いかけた村人達は、一斉に自分の口を塞ぎ黙り込む。

 

「もしかして、何か良い案があるのか? カミラのばあさん」

 

 ヴィーラントの問いかけに、満面の笑みを浮かべ大きく頷く彼女。

 

「こっちからワーウルフ共を探すんじゃなく、向こうから来てもらえばいいんじゃ!」

『────‼』


 場の空気が変わった。先程までの重苦しい閉塞感のある空気に一筋の光がさす。

 そしてカミラの提案を皮切りに、次々と言葉が飛び交い始めた。


「そうか、それじゃ!! やつらは金目のものに目がない」

「なるほど。例のワーウルフを名指しにしつつ、この村に襲う価値があると奴らに知られればいいのじゃな」

「それなら、噂を流したらどうだ? この村には金目のものがたくさんあるぞ! って噂を」

「ふむ……しかしこの村にはワーウルフ共がやってくるような金目のものなどありゃせんぞ?」

「たしかにのぉ……」


 再び考え込み始めることになってしまう村人たち。

 するとカミラが更に現状を打破するアイデアを口にする。


「バカなのか? オマエさん達は揃いも揃って、全く……。物なんかありゃせんでも良いんじゃ。例えば……ほれ、そこの眼鏡爺がハゲを帽子で誤魔化しとるようにの!」

「────なんじゃと⁉ それを言うなら無い胸を有るように見せとるおヌシの方が──ふぐっ!」

 

 雉も鳴かずば撃たれまいに……。

 

「頼むから夫婦喧嘩は後にしてくれ。で、カミラのばあさんよ。無くても良いって……それじゃあ金貨一万枚とか報奨品に書くのか? いくらなんでもそりゃあ信憑性がないように思うんだが……」

 

 ヴィーラントの懸念を他所にカミラは、その場にいた全員を震え上がらせるほど悪辣(あくらつ)な微笑みを浮かべると、戸棚から紙を取り出しペンを走らせる。


「金は無くともアンタにゃ、爺さんが残した立派な店と一流の腕があるじゃろ?」


 そう言って彼女が書き記した内容に、一同は驚嘆の声を発し称賛の拍手を送った。


「なるほど確かにこれなら……! やっぱカミラさんはすごいのぉ」

「いいねぇ! 手配書の複製はうちで作ろう。俺の娘は飛び切りセンスがいいんだ! まかせてくれ」

「そうだ! 明日でいいならちょうど旦那と隣街に行く予定があるんだ。ある程度街の人たちに顔も聞くし手配書を張らせてもらえないか頼んでみるよ」


 それからはあれよあれよという間に話が進み、その数日後。

 近隣の村や町に貼り出された手配書に目を見張る住人や旅人達。

 そこには片目片耳を失ったワーウルフの絵とWANTEDの文字、そして(あお)るかのようにこう(つづ)られていた。

 

『片目片耳のワーウルフを退治せし者には、今は亡き伝説の鍛冶師ザッハルトが鍛えた一品【白銀の封魔剣】を進呈する!』と。



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