第2話⑴
「大丈夫かい、嬢ちゃん!」
最初に反応したのはカミラだった。カミラはあわてて少女のそばに駆け寄り、状態を確かめる。
そしてボロボロになった少女の体を調べるカミラの耳に飛び込んできたのは……
穏やかで規則正しい彼女の寝息だった。
「……って、意識を失っているだけじゃないか!」
少女がただ寝ているだけだとわかり、カミラとヴィーラントは胸をなでおろす。
「ふむ……傷は多いけど致命傷はないみたいだねぇ。ヴィーラント、この子をそこのベンチに寝かせて薬草を持ってきな」
カミラは少女を診終わるとヴィーラントに指示をだし、自分は彼女の手当のために準備を始める。しかし反対にヴィーラントは少女を寝かせたあと、深刻そうな顔をし動きを止めたのだった。
「ちょっとまて、薬草? 確かこの前使い切ったきりだぞ……」
「なんだって? 薬草くらい常備しとかないかい。まったく……なら今すぐ取ってくるんだよ」
「す、すまん……。でも薬草をとってこいって言ったって今日は……」
カミラはヴィーラントの言葉を聞いて少し考え込んだ後、なにかに思い当たったようだった。
「ああ、そうか……そういえば今日は満月だったねぇ……。仕方ない、あたしの家にあるからそれを持ってくるんだ」
カミラはため息をつきながらヴィーラントにそう言った。
「わかった。……何から何まですまねぇな、カミラのばあさん」
「いいってことよ。それより……早くおいき!」
そうしてヴィーラントは追い出されるようにして家を出発し、指示に従い薬草を持って戻ると手当はカミラに任せ、仕事に戻ることにした。
正確には手伝おうとしたが何をしていいかわからずウロウロしているとカミラに、「邪魔だからあっちに行ってな」と言われてしまい、仕事に戻るしかなくなってしまっただけなのだが。
ヴィーラントはカミラの包丁を修理しながら思考を巡らせる。
この少女、歳は十代前半くらいだろうか。荷物はバッグが一つと布に巻かれた物体が一つ。それ以外には何もない。
なぜあそこまで衰弱していたのか。なぜ一人だったのか。なぜこんな辺境までやってきたのか……。様々な疑問が思い浮かぶ。だが今考えても答えなど出るはずもなく、まずは少女が目覚めるのをヴィーラントは待つことにした。
そして数時間後。
「ヴィーラント、来ておくれ! この子、目を覚ましたよ!」
少女を看病していたカミラから声がかかり、ようやくか、と思いながら仕事を中断する。これでさまざまな疑問が解けるはずだ。少女がここへたどり着いてから今まで数時間。昇ったばかりだった陽はすでに空高くまで昇っていた。まずは何から聞こうかと考えながら、ヴィーラントは少女の方へ向かった。
「目、覚めたか?」
ヴィーラントは少女に近づきながら尋ねると、少女もこちらを向いて話しだした。
「はい……もう大丈夫です。その、迷惑をかけてしまってごめんなさい! それと、色々とご親切にありがとうございました」
少女は申し訳なさそうにそういった。
「それは気にしなくていい。俺はただ場所を貸しただけだ。あと、お礼はカミラのばあさんに言ってくれ。手当も全部ばあさんがしてくれたからな」
少女はそれを聞くと今度はカミラの方へと向き直り、同じく謝罪と感謝を述べた。そしてカミラはそれに対し、「いいのよ、可愛らしい女の子が倒れるのをみたら放っておけないもの」とにこにこしながら言うと、少女は再び感謝を言う。
このやり取りが永遠と続きそうだったため、ヴィーラントは遮るようにして話し出した。
「で、だ。俺はヴィーラント。ここで鍛冶師をしている。あんた名前は? どうしてこんな辺鄙なところに来た? この辺の人間じゃないだろう」
ずっと疑問に思っていたことを少女に聞き始める。彼女が目を覚ますまでの間、何を聞こうか考えに考えた結果、まずは理由を聞くことにした。カミラも聞きたかったことのようで何も言わずに彼女の言葉を待っている。
彼女は再びヴィーラン卜の方へ向き直ると質問に答え始めた。
「あ、わたしはエマといいます。ここから徒歩で三日ほどのところの街から来ました。その、ここへきたのは……」
そこまで言うと悩むような顔をし、言葉を止めてしまった。言いにくいことなのだろうか、とヴィーラントとカミラは思った。しかし少女は話すことを決心したような表情を変え、次の言葉を言い放ったのだった。
「その、ここは高名な戦士達の武具を取り扱ってきた伝説の鍛冶師の店ですか!!?」
そう、彼女はとても真面目な顔で言った。
しばしの沈黙。
そして、その沈黙をはじめに破ったのはカミラだった。
「あっはっはっはっはっ! ここが伝説の鍛冶師の店かだって? 高名な戦士たちの武具を取り扱う? 周りをよく見てみるんだね。武具なんざ一つもないだろう?」
そう言われてエマは周りを見渡した。すると店には剣どころかマトモな武具すら置いていない。並んでいる刃物といえば、せいぜい鎌や鍬といった農具ばかりだった。
「そんな……」
エマは肩を落とし俯いてしまった。ヴィーラントとカミラは困ったように顔を見合わせたが、ヴィーラントは彼女のあまりの落胆ぶりに何かあると思い、事情を尋ねることにした。
「どうして伝説の鍛冶師なんて探してるんだ?」
するとエマは顔を上げ、悲しそうな顔をしてから再びうつむき、説明を始めた。
「わたしの父は先の大戦で戦った戦士の一人でした。そしてその父は家の家宝として棚に飾られていた剣のことを、『魔素を払い不死のものを斬り殺すと言う白銀の封魔剣なんだ』といつも自慢げに話していました」
「もしかしてあの布で巻かれたものが……」
ヴィーラントが壁に立てかけてある布に巻かれた物体を指差すと、エマは頷いた。
確かに剣なら納得の重さと大きさだ。
「じゃあ、その剣の修理のためにわざわざここまで来たのかい?」
と、今度はカミラがエマに問う。
そのカミラの問いにエマは「はい」と短く返事をし、話を続けた。
「父が言うには、数十年の時を経て刃の鋭さは失われているが、なんでも数々の魔剣を打ってきた伝説の鍛冶師の作品らしいんです。父はいつか機会があれば研ぎに出したいが、すでに引退し育った村に隠居してしまって叶わないものになってしまったと言っていました。そんな父が昨年死んでしまい、それで子守唄代わりに聞いたうろ覚えの歌を頼りに、ここにたどり着いたんです」
「伝説の鍛冶師……か…………」
数々の魔剣を打ってきた伝説の鍛冶師。
その言葉にヴィーラントは覚えがあった。
カミラも同じだったのか、ヴィーラントの方を神妙な面持ちで見つめていた。
ここまで話してくれた彼女には真実を言わなければ。そう思い、ヴィーラントは意を決して話し始めた。
「その伝説の鍛冶師だが…………俺の父親のことだと思う。数年前にあの世に行っちまったな……」
「それなら、その後を継いだあなたなら……!」
「いや……」
エマはそれまでの暗い表情を一変させ、食い入るように言葉を発した。
しかしヴィーラントはそれを遮るように言葉を続ける。
「俺は……だめなんだ。たしかに俺は親父の跡を継いだ。けど農具や鍋やらの専門で、剣なんざ打ったこともないんだ。すまねぇ……」
それを聞き、エマは一度気持ちが浮上した分さらに落胆してしまったようだった。再びうつむき、かけたれたブランケットを握りしめている。相当堪えたのだろう。それを見たヴィーラントは何か言葉をかけようとするも何を言えばいいかわからず、ただ口を開け締めすることしかできなかった。
しかし、それはつかの間のことだった。
突然、エマは体を起こしベンチから降りようとしはじめた。それにカミラはあわてて「まだ寝てないと」と制止するが、エマは止まろうとはしなかった。そして、
「なら、他の鍛冶師を探しに行きます。どうしても……どうしても、この剣は直したいんです!」
先程までの落胆ぶりからは想像できないほどの瞳でそうエマは言った。その様子にふたりは驚き顔を見合わせる。
しかし先程まで倒れ、気を失っていたのである。
「でもその体じゃ……確かに致命傷はないかもしれないけど、傷だらけだし、それに体力だってまだ回復しきってないだろう?」
「それでも……それでもこの剣は直したい……直さなくちゃいけないんです」
カミラはエマを心配して止めようとするも、彼女は静かにしかしはっきりとした口調でそう言った。
彼女の決意は固いようだった。それを受け、カミラは「はぁ……」とため息をつき、真剣な顔でエマに問いかけた。
「どうしても、直さなきゃいけないのかい?」
それを聞き、エマはゆっくりと頷いた。
「全く……仕方のない子だねぇ。おい、ヴィーラント!」
ヴィーラントは嫌な予感がした。このあとに紡がれる言葉は簡単に想像がついた。
そして……
「この子の剣、研いでやりな!」
その予想は見事に的中したのであった。
「まぁ……言うと思ったよ、カミラのばあさんなら……でもなぁ……」
「でも……なんだい? 必要なものならあの頑固親父のがまだ残っているだろう? それに側でずっと見てきているじゃないか。あいつが剣を打っているところを」
たしかにカミラの言う通りだった。
さらにカミラは真剣な顔で、エマは期待のこもった目でそれぞれヴィーラントを見つめていた。
どうやらヴィーラントには逃げるという選択肢はないようだった。
しかしできないかもしれないものを安請け合いするわけにもいけない。
「わかった……わかったよ……。ただしまずはモノを見る。話はそれからだ。おい、あんた。剣、見てみてもいいか?」
ヴィーラントは観念して、まずは刀の状態を確認することにした。
研ぐくらいなら父親がしているのを何度も見てきた。
自分にもできる可能性はある。
そう思いながら刀を抜く。
しかし……
剣は刃こぼれをしているというレベルの話ではなかった。
折れていたのだ。
驚く二人を見て、エマはポツリ、ポツリと重苦しく口を開き、経緯を話し始めた。




