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終わりの世界より  作者: あなぐまこさん
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第十二話 川辺の町にて

出発から5日目。

日暮れ時になってようやく河沿いの町へと辿りつくことができた。


今までの町や村落とは異なり、石を積み上げたような壁がぐるりと

町全体を囲んでおり、町の中心部には緑色のレンガのような建材で

建てられた立派な建物がいくつも立ち並んでいる。


町の入り口から中心部に向かって足を運んだが、やはり人の気配は

まったくといってよいほどない。


やはり、獣などに荒らされた遺骸と思わしきものが道のそこかしこに

散乱していたので危険な生き物が隠れ潜んでいないとも限らない。

周囲の警戒を緩めることなく慎重に歩を進めると、立派な構えをした

『宿』を意味する文字が書かれた看板のかかった建物が見えてきた。


隣には大きく『湯』を意味する文字が書かれた建物が併設されており、

名称からすると公衆浴場のような施設なのかもしれない。


日の入りが近かったため、その日は公衆浴場のような施設の探索は

断念し、宿に入って夜を明かすことにした。



宿は、今までの入った建物に比べるとかなりしっかりした造りであり

レンガのようなが建材に使われているようだ。

残念ながら食料や酒、そのほかの価値のありそうなものは

あらかた持ち出された後のようである。

とはいえ、ベッドや調理器具などは幸い持ち出されていないので、

当初の予定通り、今後はここを拠点することにした。



河沿いの町に到着してから2日目。

早朝からはセルカさんの強い希望によって、宿の隣に併設されている

公衆浴場のような施設を調べることになった。

建物の内部の床は、外縁から中央に向かって緩やかに窪んだ形をしており、

淡い緑色をした一辺2メートルほどのプラスチック質の立方体が

中心に設置されている。

その周りから水が滾々と湧き出しているので、この建物全体が

浅く広い浴槽の役割を持っていたのかもしれない。

残念ながら水温は少々低いものの、今の季節であるならば

水浴びと割り切って身を清めることは十分にできるだろう。


河沿いの町にやってきてから3日目。

この日はセルカさんの体調が良くないようだったので、

オレ一人で町を探索した。

ほとんど歩くこともなく、すぐ近辺で領主館といった感じの

豪奢で立派な建物を見つけたので、探索を開始する。

貴重品はほとんど持ち出された後のようであったが、書斎や応接間

のような部屋で、それぞれ大量の巻物を見つけることができた。


巻物を持ち帰るとセルカさんが暖かなスープを作って待っていてくれた。


「キョウタ様。おかえりなさいませ。」


オレも軽く手をあげてセルカさんに「ただいま。」と返す。


―ああ。もう、ここがオレの居場所なんだな。


もうすぐ、前の世界が終わってから。そしてこの世界へとやってきてから

一ヶ月が経つ。


結局、親父やお袋、友人たちはあの時どうなったのだろうか?

今までは生きることに必死でほとんど考えることはなかった。

できるだけ考えないようにしていた。


それでも、誰かに憶えておいてほしかったのかもしれない。

この日、すこしだけ家族のこと、友人のこと、そしてオレ自身のことを

語った。自己満足でしかなかったそれに、セルカさんは静かに微笑みながら

付き合ってくれた。




続く4日目の朝。

朝霧に包まれた幻想的な町を、セルカさんと並んで歩く。

川辺に程近い場所に、高さ20m程の灯台のような建物を見つけたので

二人で上ってみる。


町を一望できる眺望は圧巻であった。

朝日を浴びてきらきらと輝く水面から

静かに流れる白い霧が、たなびく雲のように地を覆い隠し、

そこから歴史を感じさせる建物が僅かに頭を覗かせている。


「まるで空の上に迷い込んでしまったようですね。」


セルカさんもこの光景に魅入っているようで、

風に流される髪を押さえながら静かに佇んでいる。

その姿はまるで一枚の絵画のようで、なんとなく

惜しくなったオレは残り少ない電池をきにかけながらも

スマートフォンの電源を入れた。


セルカさんを被写体にパチパチと写真を撮っていく。

「何をしているんですか?」

気づいたセルカさんに怪訝な顔をされてしまったので

無断で写真を撮ってしまったことを詫びて撮ったばかりの画面をみせる。


「これは・・・すごいですね。」


画面を見ながら感動していたので、撮ってみる?と誘ったのだが

使い方がわからないので辞退するとのこと。

実は、機械音痴なのだろうか?




5日目になると少し食料が心もとなくなってきた。

セルカさんは巻物の解読作業に忙しいとのことで、

今日もオレ一人で町を探索した。


最初に入った薄暗く怪しげな雰囲気の建物は

どうやら薬屋であるらしく、植物を乾燥させたものや

動物の骨や、怪しげな粉末などが所狭しと陳列棚の

中に並べられていた。

棚の前には木板で効用の説明が書かれているようでは

あったのでそれを書き写し、薬のようなものを少しづつ

持ち帰ることにした。


次に入った建物は食料品の卸問屋のようだった。

広い店内のスペースや、物置と思われる場所には

様々な食材があふれていたのではないかと思われるが

現在はその殆どが持ち出されており、僅かに残ったものも

カビが生えたり腐ったりしているものが大半であった。

鼻をつまみながら店の奥へと入っていくと、壁際に

壷に入った土のようなものが置いてあった。


指につけてその土のようなものを嘗めてみると、

強い塩味と独特の風味を感じ、思わず笑みがこぼれる。


これは良いものだ。


かなりの重量があったがこれを持ち帰らないという

選択肢はありえない。

宿への帰りの道は実に重労働ではあったが、こうして味噌の

ような物が手に入ったのだから文句は言うまい。


セルカさんもこれには驚いたようで、何度か味を

確かめていた。

何か希望はないかと聞かれたので定番の味噌汁をリクエストする。

セルカさんはシステム手帳をパラパラめくりながら、すこし

困ったように笑いながら明日の朝食に作ると約束してくれた。


味噌汁は日本人の心である。




翌朝、セルカさんが作った具のない味噌汁を食べた。

柑橘系の酸味がすこし気になったが、紛れもなくそれは

久しぶりに口にする懐かしき故郷の味であった。

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