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終わりの世界より  作者: あなぐまこさん
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第十三話 終わりのあの日の教会にて

早いものでこの河沿いの町に滞在してから一週間が経つ。

どうやらこの町は『白い・霧・光』の名を冠する『レ・ィミ・トゥン』

あるいはレィミトゥンの町と呼ばれているらしい。


さて、ここ数日は領主館から見つかった巻物の解読が随分と進んだため、

この世界に関する様々なことがわかってきた。


この世界、即ち現地民の間で『世界』の名を冠する『ヴァルダ』と

よばれている世界は、地球と同規模の惑星の中に存在する巨大な大陸の中心

近くを、南北に走る深く広大な亀裂の中に存在する一地域を指しているようだ。


つまり現地民、ヴァルダ人にとって『世界』とは日本の本州程度の大きさの

『大地の亀裂の内部』を指し、その外側は外世界と呼ばれ、生物は

生きることすら許されない不毛の大地が広がっている信じられおり、

外世界をも包括するような呼称や概念は存在しない。

ちなみに、このレィミトゥンの町は、河沿いにある町の中では

最も北に位置しており、周辺に20ほど存在する小規模な村落や

町の中心として栄えていたとのことだ。


また、季節や暦についても解読は進んでいる。

セルカさんによる、この世界にも四季はあるそうで、今は丁度夏に向かって

気温が上がりはじめているのではないかということ。

なお、暦については日の入りと日の出が1順する毎に1日として数え、

それを48回繰り返す毎に1周期として月と数える。

さらに、それを8回繰り返して1年と数えているようである。

即ち一年は384日となり、元の世界と多少のずれがあるようだ。



このほかにも、政治や歴史、地理等のほか、神話や宗教、植物学に疫学、

といった様々な分野の巻物が揃っているとのことだが、これらの解読は

一筋縄ではいかないようでまだまだ時間がかかるそうである。



さておき、セルカさんが大量の巻物の解読にいそしむ間、

オレはといえば、今日も今日とて町の探索に出かけている。


いつものように宿から出た通りを抜けて西側へと目を向けると

町の外れのあたりに小高い丘があり、その丘の上には高い尖塔をもつ

宗教的なシンボルが掲げられた教会のような建物が建っているのが見える。


そういえば、あれは歴史の授業だっただろうか?

中世のヨーロッパにおいて教会は学問や文化の中心となっていたのだと

熱弁する頭の禿げ上がった歴史好きの担任の話をおぼろげに思い出す。


領主館のように役に立つ資料が見つかればいいのだか。

多少の期待をしながら、クロスボウを片手にこの日は町外れの丘へと足を

のばしたのだった。






―走る。走る。


丘へと続く細い道を全力で駆け上がる。


背負い袋を放り捨て、もつれそうになる足を無理やり

前へ前へと進めて必死に走る。


細い道のそこかしこに散乱する背負い袋や割れた陶器の壷を飛び越え、

蹴飛ばし少しでも速くと、走る。走る。


後ろからは4足歩行の猛獣が全身をバネのように弾ませて

猛然と追いかけてくる。


あ・・ぁあ゛あ゛ぁっ!!!


僅か2百メートル足らずの距離があまりにも遠い。


背後に迫る強烈な死の気配に意識が加速する。

空気が重い。体が重い。思考の速度に、足がついていかない。


一秒が一分にも感じられる加速した思考の中で一向に前に進まない

自分の体への焦燥感だけが募っていく。


ダンッ!ダンッ!という激しく地を蹴る音が、

すぐ後ろまで迫っている。


そこにあるのは、鋭い牙か。鋭利な爪か。


怖い。怖いっ。


そんな恐怖さえも前に進むための推進力に変えて。


走る。走る。走る。只ひたすらに前へ前へと。




「はぁっ。はぁっ。あれって、ドゥルアヌヴだろ!

 なんであんなのが町の中にいるんだよっ!?」



間一髪、教会のような白塗りの建物に駆け込むと大急ぎで閂をかける。

心臓はバクバクと高鳴り、全身が酸素を求めて止まずに金魚のように

大きな口をパクパクとあけてゼーゼーと息を吐いている。


息を整えエントランスの2階に上って、窓から下を覗き込むと、

体長が1.8m程で熊のような巨体に狼のような頭をもった凶暴そうな獣が、

諦めきれないといった様子で扉の前をウロウロとしている。

この獣は『ドゥ・ルアヌ・ヴ』と呼ばれており、『獰猛な・大熊・狼』

名を冠する肉食の凶暴な猛獣だ。


討伐難易度はグラニアヴィレノスと同じ「難」に設定されている。

とはいえ、こいつはグラニアヴィレノスとは異なり野犬並みにすばやく

走って獲物に襲い掛かるため、逃げるといった選択肢を取ることは難しい。


通常は森の奥といった人里から離れたところに縄張りを持っている

そうなのだが、どういうわけかオレは町から出てこの丘へと踏み入った

とたんにこいつに運悪く遭遇することとなった。


幸い70mほどの距離があったので、全力で走ってこの教会に逃げ込む

ことはできたのだが、入り口の扉の前で待ち伏せしたまま立ち去る気配

もない。


2階の窓からクロスボウで狙ってみようかとも思ったが、下手に

手を出して相手を怒らせることで状況を悪化させてしまっては堪らない。

そもそも、こいつの分厚い毛皮と皮をクロスボウのボルトで貫き

致命傷を与えることができるのかといえば、実に心もとない言わざるを

得ないだろう。

今のところ、力ずくで扉を破ろうとするような様子もない以上、頼みの

綱となる矢を無為に使うことはできる限り避けるべきだ。


はぁ~。しばらくはこの中に缶詰か。


とはいえ、ため息をついても仕方がない。特にできることもないので

当初の予定通り、教会のような建物の内部を探索することにしよう。


8畳ほどの広いエントランスには、教会を頼って逃げ込んできた人の

ものだと思われる家財道具のようなものが乱雑に並べられている。

それらの隙間を縫うように体を滑らせるように移動し、礼拝堂へ

続くと思われる重厚な扉の方へと進んだ。


消毒液と洗剤を塩酸に赤ワインを混ぜた薬品のような微かな匂いがする。


その匂いは扉に近づくにつれ強くなり、次第にその中にある種の腐臭

が混ざってくる。


扉の近くには羽虫の死骸が散らばっている。


ドクンっと心臓が大きく跳ねる。




―ああ。


わかってしまった。


想像できてしまった。


この先の光景を。




喉がからからと渇く。

呼吸の仕方を忘れて酸素を求める体が金魚のように

無様に口をパクパクと動かしている。


足と手はガタガタと震え、どんな表情をすればよいのか

分からずに混乱した表情筋が奇妙な笑みを作り出す。


そんなに嫌ならば開けなければよかった。

そんなに怖いのならば開ける必要などなかった。


それでも、縋り付くように祈るように手には力が入っていく。


見栄でも好奇心でもなく、心が叫んでいる。

『それでも、この先の光景を視なければならない。』と。


そして、ギィっと重く鈍い音を立てながら扉が少しずつ開く。



扉の内側からは物音一つしない。

高窓から差し込む光があるからか、内部は思ったよりも明るいようだ。

ただ、強烈な腐臭と薬品の匂いが漂っている。



そして、視た。


石造りの広い室内の一番奥には穏やかな聖母像が祀られ、

一段高い祭壇には聖職者の衣服を着たヒトであったものが静かに

座っている。

会衆席には20人を超えるヒトのなれはてが、あるものは座ったままに。

あるものは崩れ落ちて眠っているかのように、その時のままに

残されていた。


口の中に大量の胃液が溢れ、目と鼻からは体液がとめどなく流れ出る。


彼らの多くは子供や老人、或いはその家族であるように見える。

そして席に座っているものや崩れ落ちているものは、皮膚は乾き

若干ミイラ化しているが生前の姿をよく保っている。

その彼らの傍には一様に銀色の小さな杯が転がっていた。


震える足はもはや体重を支える用を成さず、崩れるように膝をつく。


聖母像の足元には元は何人であったか伺い知ることができないほどに

崩れた遺骸が重なりあっている。


床に目を向けると大量の羽虫の死骸が積もり、部屋の隅には

ネズミのようなこぶし大の小動物の骸が転がっている。



その場で吐く。


胃の中の物をすべて吐瀉し、最後は胃液を吐く事すら出来なくなるまで。




畜生。悔しいなぁ。


なんとか、ならなかったのかなぁ。





きっと、俺がこの世界へと転移してきたときには全てがおわっていて。

オレに出来る事など無かったのかもしれないけれど。


自分の身の安全を放り出してこの世界の誰かを救う為に全力を尽くしてきた、

なんて言えないオレには、こんなことを思う資格はないのだろうけれども。




ああ。それでもさぁ、悔しいんだよ。

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