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 らせん状に上へと延びる階段を、足元だけを見て登ってゆく。

 一歩一歩階段を踏みしめ、天辺を目指すが、カイエンの気分を反映してか、足取りはどうにも重かった。

 これが最後の機会だと思っていたが、たぶん……おそらく兄は笑って首を横に振るだろうとも思っていた。

 それでも、もう一度問わずにはいられなかったのだ。


 このまま、己が交わしたわけでもない“約束”に縛られてゆくのか、と。


 塔の最上部に辿りつき、重い扉を押しあけると、薄暗い階段に慣れた目には眩しいほどの光が飛び込んでくる。

 強い風にあおられ、髪が顔の前を覆った。思わず目を瞑り、近くの壁に手をついて体を支えたカイエンの耳に、呆れたような兄の声が聞こえてきた。

「ほら、危ないだろう、ここは風が強いんだから」

 お前はいつもこうだなあと兄はやわらかな声で笑う。

 そしてカイエンの手をひいて階段の傍から離れ、遠くまで街を見下ろせる場所まで連れて行った。

 その頃にはカイエンの目も外の光に慣れていたが、繋がれた手を振りほどかず、そのままにしていた。

「どうした、何かあったか」

 兄は繋いだ手を離し、カイエンに尋ねた。

 兄はよく塔に昇るが、カイエンは殆ど昇る事はない。

そのカイエンがわざわざやってきたとなれば、何事かがあったのではと思ったのだろう。

 いつもと変わらない、穏やかな表情の兄に、カイエンは唇をかみしめた。 ごう、と強い風が唸り声をあげながら吹き抜けてゆく。

「……なんで……」

「何か言ったか?風が強くて……」

 喉の奥から絞り出した声は、風にかき消され兄の元へは届かなかった。首を傾げた兄の肩を掴み、カイエンは声を張り上げた。

「なんで兄さんが背負わなきゃならないんだ?あんなの、母さんが勝手にした約束だろう!それを兄さんが……子孫が引き継ぐ言われなんてない!」

 兄は目を大きく見開いた後、僅かに苦笑した。兄の肩に置いた自分の手を、宥めるように細い指先でとんとんと叩く。

「そうだな、そう、思ったこともある」

「だったら、ここを出て行こう。今ならまだ間に合うだろう?」

 勢い込んで言ったカイエンに、兄は首を横に振ってこたえた。

「いいや、ここに居るよ。ここで自分の出来る事を、する」

 なんで、と声を荒げたカイエンだったが、兄が仕方ないよと言って、もう笑うしかない、そんなふうに笑うので、何も言えなくなった。

「仕方ないよ、あんな声、聞いちゃあ、ね。仕方ない」

 笑いながら、どこかさばさばと言う兄に、カイエンは泣きたいような気分でため息をつく。

「……兄さんは、多分そう言うと思っていたよ。でも」

 兄は……兄の血筋は“約束”に縛られる。それを兄自身が納得していても、カイエンには納得できなかった。だからこそ……母を送った今が、ここを離れる最後の機会だと思い、兄に尋ねたのだ。

 しかし、結果はなかば予想していたとおり。

 兄はどこかのんびりした笑みを浮かべて、引き継ぐのがおまえたちじゃなくてよかったよと言う。

 カイエンはもう何も言えなくて、兄の細い肩に額を押しあてる。頭に兄の手が触れ、ぽんぽんと犬猫でも撫でるような手つきでかきまわす。

 たちまち鳥の巣のようになった頭に、カイエンは抗議とばかりにぐりぐりと頭を擦りつけた。

「いたた、痛いって、それ」

「痛いようにしてるからな。人の気も知らないんだから、これぐらい我慢しろ」

 すっかり不貞腐れたカイエンだったが、次に聞こえてきた兄の言葉に顔をあげた。

「父さんはさ、お前の好きにすればいいって言ったよ。引き継ぐも終わらせるも、お前の自由だと。あれは母さんがした約束だからって言ってね」

 わざと破棄したら後が怖いのにね、なんたってかみさまとの約束なのにさと兄は少しも怖くなさそうに言う。

「そのうえで、あの約束を引き継いでいくつもりだよ。そしてあとの事は、子どもや孫の好きにすればいいと思ってる」

 いわば、問題解決を先送りにしてるだけとも言うねと兄は言い、ふと視線を空に向けた。

 空の奥を見透かすように、じいっと見上げているから、何が見えるのかとカイエンも兄の視線を追った。

 そこには良く晴れた青空が広がるばかり。

 何をそんなに見ているのか怪訝そうな顔をしたカイエンに、兄はこれならもしかして見えるかなと呟いて……カイエンの手を握りしめた。

 そうして、ほら、見えるかとささやいた。

 

 高い空のどこからか。

 花が降っている。

 あとからあとから降り続くそれは、まるで地を覆いつくし、花の色で染めかえようとするかのようだった。

 白いしろい、はな。

 降り積めば真白い雪のような。


 カイエンは言葉もなくその光景に見入っていた。

 兄に手を握られる前は、まるで見えなかった、花。

 今は絶え間なく降る雪のような……そんな光景が、この目で見ても信じられなかった。


「これを降らせてるの、誰だかわかるか?」

「それは、もしかしなくても……」

「そう、母さんと約束をした相手、だよ」

 そう言って兄は空を見上げる。降り続く花を受け止めようと、手のひらを上にかざす。

その手に花が触れたと見えても、兄の手には何も残ってはいなかった。

 殆どの人が見えない、そして触れることも出来ない、花。

 母を送るのに、それを見るのは……母自身であればいいとでも言うような。

 誰の目にも映らずともいいとでも、いうような。

「本当は約束をした母さん自身こそを望んでいたんだろうけどね……人にはそこまでの時間がないから。約束を引き継いだとして、どんな形であれば果たした事になるのか、まだわからないけど、ね」

 とりあえずは、次に渡すことにするよと兄は言う。

 その声には悲壮感も何もなく、どこまでも穏やかだった。


 

 兄がそう言う以上、わかった、とカイエンは答えるしかない。

 視界の隅を、いまだ降り続く白い花がかすめていった。

 いつか約束が果たされる日が来たとして。

 その時、何か手段があるのなら、文句の一つも言ってやるのにと、悔しく思いながらカイエンは目を閉じた。

 

 白い花を視界からしめだすように。




                               END


お読みいただき、ありがとうございました。

これで「こぼれ話」も完結です。

ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました。

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