隠し事ってのは僅かなほころびからばれる
そんな訳で、日常が戻ってきた。
たった数か月。
されど数か月。
別に、元の生活に戻ったに過ぎない。
好き勝手にやっていた割に、妙なところで律儀というのか。私の同居人達は、自分達のいた痕跡を全く残していなかった。荷物はおろか、髪の毛一つ残さぬような徹底ぶりに、どんな顔して掃除していたんだろうとか、そんなどうでもいい事が思い浮かんで、笑いが止まらなかったくらいには。
魔力は使わないって言っていたけれど、これだけ何も残らないって、普通じゃ考えられない。
本当は、何かの術でも使って、時間だけ遡ったんじゃないかって、疑ってしまうくらいで。窓の外を見て、それが馬鹿げた考えだと、初めて気が付く。
結局、留守にするとは言われたけど、何処に行くのか、何をしに行くのか、彼らの事情は何も分からないまま。
私の手の上に乗る、この赤い石だけが残っていた。
こつん、と音がした。
はっと振り返ると、壁からにょきっと生えた手。
普通ならば、何処のホラーかと騒ぎになるところだが、嬉々として私は立ち上がった。
「勅使河原さん!」
「よっ」
部屋に入ってくるなり、急いでいるから、と、何やらごそごそ部屋の片隅でやっていた勅使河原さんは――綺麗に片づけたかと思えば、戸棚の後ろだとかなんだとか、そんなところに私物を隠していたのか――布包みを抱えてこっちに戻ってくると、で、と促すように私の顔を見た。
「何が?」
「いや、調子はどうかなって」
「相変わらずですが」
「ふうん」
すっと、勅使河原さんが目を細めた。何かを探るように彼方此方を見ている。別に対して変わり映えもしない部屋だし、配置も変わってないのに。
何だろうと思っていれば。
「へえ」
ほっと息を吐いた。感嘆の音に聞こえて、首を傾げる。
「見事なくらい変わってねえ……あ?」
「へ?」
勅使河原さんは、匂いを嗅ぐ時のように鼻をうごめかすと、ぐいっと指を突き付けた。
「都、もしかして木崎から何か受け取ったりしてるんじゃねえか?」
「あ……これの事?」
結局、何時も持ち歩いてしまっている赤い石を取り出す。
「どうかした?」
「まじかよ」
目を丸くした彼は、やがて、ぶっと噴きだした。
「なるほどなあ、それなら都が変わりなく安全なのが納得いくわ」
「安全?」
「いや、こっちの話」
急ぐとはいっても、何もないのもなんだしと、出した麦茶をぐっと飲んで、ごまかすように手を振って、勅使河原さんは話を続ける。
「それ見たら、色々と腑に落ちたわ……お前それ、絶対失くすなよ」
「それ、木崎さんにも言われた」
「だろうな、失くすと大事だもんな」
「そんなすごいもんなの?」
「話には聞いてたけど初めて見るな、俺は」
「……超レア?」
「そんなところだな」
ハハハッと笑って。
勅使河原さんが、私の肩をバシッと叩こうとした時。
びきっという、聞いた事のない音がした。
「いってえ……」
「え?」
私の方は何ともないけれど、飛び上がるようにして手を放した勅使河原さんが、眉を顰め、指先をふーっと吹いた。まるで冷ますかのように。
「な、何事!?」
「あの野郎、俺は敵じゃねえっつうの! 戻ったらただじゃ置かねえ」
不機嫌そうにそう呟くと。
「じゃあそろそろ行くわ」
そう言って、勅使河原さんは、立ち上がった。
「もう行くの?」
「ああ、まだちょいとかかるんだわ……今日は忘れ物探しがてら、都の顔見に来ただけで」
「……そう」
悪いな、と片手をあげて、壁の方に歩き出した勅使河原さんが、ふっと足を止めて振り返る。
「俺らいない間、用心しろよ、一人暮らしなんだから」
そもそも、彼らが来る前はずっと一人暮らしだったんだけどね。でも、勅使河原さんの好意は嬉しかったので、素直に頷いた。
「はいはい」
「その赤いの、必ず持って歩け」
「つまり、お守りみたいなもん?」
「まあそう思っててくれてもいいな……詳しくは木崎から聞けよ」
どうやら、よほどの代物らしい、この赤い石は。
よくわからなかったけど、そもそも木崎さんから渡された訳だし、勅使河原さんは、詳しく説明する気はなさそうだし。なさそうっていうより、触れたくなさそうっていうのが正しいかな。
「うん、そうする」
遅くとも、誕生日には、聞けるだろうから。
(2011/5/19)