ぽた、ぽたりと滴は落ちる
雨の降る中、聞きたい事は、喉まで出かかっているけれど。
それきり、振り返る事もなく歩き出した木崎さんと。
後ろをついて歩く私と。
相変わらず、傘と雨が生み出す、色のない音楽。それに混じった、二人分の足音。
全てが水に濡れている。
そんな中を、会話もないまま、ただ歩き続けて。
「木崎、さん?」
あと少しで、私達の暮らす建物の前。
重たい沈黙に耐えきれなくなって、思わず、その名を呼んだ。
「何ぞ」
振り返った木崎さんは。
何時もと変わらない顔で、声で。
少しだけ首を傾げて此方を見ている。
「あ、あのね」
「どうした?」
あまりにも、その人の反応が普通すぎて、聞きたかった筈の内容が、バラバラ零れ落ちた。
――何かあったの?
――どうかしたの?
――何故、今日に限って、帰り道にいるの?
言葉が、形を失って。
掌をすり抜けて消えていく。
「その……」
佇んだ彼は、黙って逡巡する私を見つめている。
穏やかで優しい色の瞳が、かえって、私の中にある、ざわざわとした得体のしれない不安を煽るのに。
でも、その瞳があまりに優しいから、ずっと見つめていてほしい、なんて。
自分でも何を考えているのかわからなくなってしまう。
「あのさ、誕生日って知ってる?」
「は?」
あまりに唐突な話題に、流石の木崎さんも、驚いたように目を見開いた。
「生まれた日、という意味か?」
「うん、お祝いをするんだけど、そういうのって、魔界にはないの?」
「……特に考えた事もない」
「ふうん」
魔界自体にそんな風習がないのか、それとも、彼自身がそんな事と関係ない、という意味か。
「ちょっとつまらないね、お誕生日だって言うと、お店とかでもおめでとうって何かちょっとしたサービスとかしてもらえたり、友達に祝ってもらえたり、欲しかったものをもらえたりするんだよ」
「ほう」
それで、と木崎さんは先を促す。
「その誕生日とやらが、今、話題になる理由はなんだ?」
「その、ですね」
ちょっと照れ笑いをした。
「その誕生日が、来月、なんですよ、私」
「ふむ」
「一つ歳を取る訳ですけど、まあいくつになっても嬉しいというか、そんな訳でね……その、木崎さんに、ちょっとくらいおめでとうって言って欲しいかな、なんて……」
あ。
と慌てて付け足した。
「その、勅使河原さんも一緒に、さ」
くくく、と木崎さんが喉を鳴らした。
笑ってる?
「ずいぶんささやかな願い事だな」
「悪い?」
「いや」
楽しげな顔で、首を振って。
「悪くはない、そうだな、いいだろう」
「いいの?」
こっちの方が驚いた声を出してしまって、怪訝そうに見られた。
「何を今更、言いだしたのはそなただろうに」
「そうなんだけどさ、でも」
そんなにあっさりOKもらえると思わなかった、そう言うと、さらにおかしそうに体を揺すって、木崎さんは。
「そなたの願い叶えてやれば、我が願いの成就に近づく、それだけの事」
「……はあ」
あー、あれですね。
私が木崎さんに落ちれば、自分は無事に魔王就任って訳ですね。
「そんな簡単に、話なんて進みませんよーだ」
「フン、全くもって見る目がない、節穴だな」
「何それ、自分で自分がお勧めだなんて言うんだ、自信過剰」
「優れてる者が、己を優れていると言って何が悪い」
「普通はそういうの、嫌われると思うけど」
顔を見合わせて、どちらからともなく、噴出した。
途端に、互いの傘から、ぽた、ぽたりと水滴が落ちて、音を立てる。
「何日だ?」
「へ?」
「そなたの誕生日とやら、よ」
「ああ」
日付を告げると、木崎さんは頷いて。
「結城、手を出せ」
「手?」
言われて、おずおずと差し出した手に、彼がそっと何かを乗せた。
「綺麗……これ、何?」
石なのだろうけど、綺麗な赤だった。中心でまるで燃えているかのように、光が揺らめいている。
「宝石?」
「ちょっと違うが……まあ説明してもわかるまい、大事に持っていろ」
「これを?」
「約定の証だ」
「えと、誕生日おめでとうって言ってくれるって約束の印って事?」
「わかったな」
くるりと、木崎さんは背を向ける。
「……木崎さん?」
振り返りもせず、彼は。
「しばし、留守にする」
(2011/05/08)




