第八話『巨大な竈の真実』
「被告人グレーテル、自席へ戻りなさい。……検察官、ただいまの被告人の供述、並びに証拠図面にある『竈』の特異な寸法について、明確な説明を求めます」
私の冷徹な指示を受け、検察官が深く一礼して起立した。
グレーテルの幼くも悲痛な訴えは、法廷内の全員に「焼き殺される恐怖」を生々しく想起させた。防獣ケージという医学的ロジックで得た有利は完全に相殺され、法廷の天秤は再び混沌の中へと揺れ戻っている。
検察官:
「はい、裁判長。弁護側、並びに被告人は、あの竈のサイズを『人間を調理するため』と決めつけていますが、これこそが最大の誤解、すなわち人間不信による被害妄想です。検察側は、王国の製菓建築ギルドによる【業務用大型オーブンの基本規格書(甲第25号証)】を提出いたします」
検察官は空中を指差し、魔術投影機の図面を拡大させた。
検察官:
「被害者ホレ氏の自宅は、ただの住居ではありません。外壁や内装の全てを可食性物資で維持する『お菓子の家』です。このような特殊な建築物を維持・修繕するためには、毎日、大量の外壁用クッキーやレンガ大の特製パンを一度に焼き上げる必要があります。そのため、一般家庭用とは比較にならない、人間が丸ごと入れるほどの『業務用大型竈』が必要不可欠だったのです。これは建築物の維持管理のための、純然とした工業用設備にすぎません!」
傍聴席の新聞記者:
「(手帳を素早くめくる)……なるほど! お菓子の家を維持するための工場、と考えれば、あの巨大な竈の存在理由も辻褄が合う。物理的証拠の不気味さが、また一つ合理的に解体されたぞ」
傍聴席の一般市民:
「確かに、おうちの壁を毎日焼き直すなら、小さなオーブンじゃ追いつかないわねえ。でも、あの子に『中に入れ』って言ったのはどうしてなんだい?」
傍聴席の市民が抱いた疑問を逃さず、弁護人が鋭く起立した。
弁護人:
「設備としての理由は認めましょう。ですが、被害者は実際に、幼いグレーテルに対して『中に入れ』と指示したのです。なぜ、燃え盛る巨大な業務用竈の奥を、子供の目で覗かせる必要があったのですか! これは明確な殺害の予備行為、あるいは不審な誘導です!」
検察官:
「それについては、被害者ホレ氏本人の口から、当時の『正確な発言の意図』を説明していただきます。裁判長、原告への補充尋問の許可を」
私は車椅子のホレ氏を見つめ、静かに頷いた。
「許可します。原告ホレ氏、証言台へ」
ホレ氏は、車椅子の車輪を不器用に進め、中央の証言台の前へと着席した。全身を覆う白い包帯が、法廷の灯りの下で痛々しく光る。
裁判官:
「原告ホレ氏。あなたはあの時、被告人グレーテルに対し、本当に『竈の中に入れ』と言ったのですか。その真意を述べなさい」
ホレ氏は震える声を絞り出すようにして、ゆっくりと頭を振った。
ホレ氏:
「……裁判長様、私は先ほども申し上げた通り、目がほとんど見えません……。あの日は、遠くの村の子供たちにもお腹いっぱい食べさせてあげたくて、大量のパンを竈で焼いておりました。ですが、火の加減が強すぎるのか、奥の方が焦げるような匂いがしたのです……」
ホレ氏は包帯に包まれた手を胸の前に置き、切なく声を震わせた。
ホレ氏:
「私は目が悪くて、奥の様子がよく分かりません。ですから、グレーテルちゃんに……“おばあさんは目が悪くてよく見えないから、パンが焦げていないか、竈の(手前の)入り口から、奥の方を(目を凝らして)見ておくれ”と、そう頼んだのです。決して、火の中に飛び込めなどと言ったわけではございません……。あの子を傷つけるつもりなんて、本当に、これっぽっちも……」
老婦人の包帯の隙間から、大粒の涙が溢れ、床へと落ちた。
法廷全体が、押し黙るような静寂に包まれる。
(裁判官の心の声):
「……目が不自由な老人の、言葉足らずな頼み事。だが、実の親に二度も裏切られ、『大人は全員自分たちを殺しに来る』という極限の恐怖と人間不信に陥っていた子供たちには、それが“火の中に飛び込んで死ね”という、魔女の冷酷な命令に聞こえてしまった。悪意はどこにもない。あるのは、社会の貧困が生んだ深い絶望と、見た目の恐怖による、決定的な『言葉のすれ違い』か……」
傍聴席の一般市民:
「……そんな、じゃあ、お婆さんは本当に良い人だったの?」
「ただの勘違いで、あんな大火傷を負わされちまったっていうのかい。あんまりだ……」
裁判官は手元の資料にペンで厳かにチェックを入れ、前を見つめた。
裁判官:
「原告ホレ氏、自席へ戻りなさい。……検察官、弁護人。これより本廷は、原告の発言に対する子供たちの『誤認(誤想防衛)』の成立余地、並びに、現場から持ち出された『魔女の財産(宝飾品)』の略奪容疑について、さらなる審理を行います」
木槌が一度、厳かに鳴り響き、真実の天秤はさらに深く、残酷なまでの「すれ違い」の核心へと傾いていった。




