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『おとぎ国刑事訴訟(けいじそしょう)記録』―主文、被告人おとぎ話の主役たちを— 〜揺れる裁判官の天秤〜  作者: うちの猫
:〜お菓子の家殺人未遂事件:ヘンゼルとグレーテル裁判〜

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第三話『お菓子の家の建築目的』

「……では、本件の審理に戻ります。検察官、弁護人。これより、被害者ホレ氏の『お菓子の家』の建築目的という、本件最大の核心についての審理へと移ります」


木槌が一度、静かに、しかし重く鳴り響いた。

法廷から実の親たちが退廷し、再び、車椅子に乗った全身包帯姿の被害者、ホレ氏が中央の証言台へと進み出る。


(裁判官の心の声):

「第1回公判の冒頭、弁護人は『お菓子の家は児童誘拐の罠である』と主張した。対する検察側は『純然たる善意の創作建築』と主張している。……双方、この不自然極まりない建造物の正体をどう立証するか。ここからがこの裁判の本当の分岐点だ」


私は弁護人席へ視線を向けた。


「弁護人、被害者ホレ氏に対する反対尋問を許可します。始めてください」


「ありがとうございます」


弁護人がゆっくりと起立し、証言台のホレ氏の前へと歩み寄る。その手には、お菓子の家の正確な設計図と、建築資材の成分分析表が握られていた。


弁護人:

「被害者ホレ氏。あなたは先ほど、あの家を『ただの趣味で作った芸術建築物である』と証言されましたね」


ホレ氏:

「……はい。私はお菓子作りが生きがいでございますから……。森の奥で、誰にも迷惑をかけず、静かに自分の好きなものを作って暮らしていただけでございます……」


弁護人:

「なるほど。では、手元の【ギルド提出の成分分析表(乙第14号証)】を確認します。あなたの家の外壁に使用されていたのは、最高級の純糖、高脂肪のバター、そして防腐剤代わりの特殊な魔術的スパイスです。雨や虫に極めて弱い『お菓子』という素材でありながら、何年もの間、腐食せず、むしろ周囲に非常に強い『甘い香り』を放ち続ける構造になっていた。……違いますか」


ホレ氏:

「それは……長持ちするように、私が工夫を凝らしたからで……」


弁護人:

「長持ちさせるため、ですか。ではなぜ、わざわざそんな『周囲に甘い匂いを拡散させるスパイス』を混ぜたのですか? 森林地帯において、これほど強烈な甘い香りを放てば、飢えた野生動物、あるいは――飢饉によって森を彷徨う貧しい村の児童たちが、その匂いに誘引されることは火を見るより明らかです! あなたは趣味などと言いながら、最初から『飢えた児童を誘き寄せるための、違法な撒き餌』として、あの家を建てたのではないですか!」


傍聴席の一般市民:

「……確かに、わざわざ匂いを遠くまで飛ばす必要なんてないよな」

「芸術作品にしては、あまりにも不自然だぞ」


傍聴席の新聞記者:

「(手帳を叩くようにメモする)弁護側の論理展開は見事だ。お菓子の家の『構造そのものの異常性』を突いてきた。魔女の善意の化けの皮が剥がれるか?」


ホレ氏は車椅子の手すりを震える手で握りしめ、顔の包帯を歪めた。


ホレ氏:

「違います……! 私はそんな、誰も誘惑しようなどと……!」


「異議あり。」

検察官が勢いよく起立し、弁護人を指差す。


検察官:

「弁護人の尋問は、客観的な建築データから『誘拐の意図』を無理やり結びつけた、極めて悪質な印象操作です! 原告が実際に児童を拉致したという前科も、誘拐の計画書も存在しません。ただの憶測にすぎない尋問の却下を求めます!」


私は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、両者の視線を受け止めた。


(裁判官の心の声):

「検察の言う通り、弁護人の言い方は少々決めつけが過ぎる。建築データという客観的事実から『誘拐の意図』へと一足飛びに結論を急ぐのは、尋問の枠を超えた論理の飛躍だ。……だが、あの不自然な構造の意味をここで流すわけにはいかない」


木槌をトントン、と二度叩く。


裁判官:

「異議を認めます。……弁護人、被害者の『主観的な意図』を決めつけるような尋問は認められません。客観的事実に基づき、尋問の方法を改めなさい」


弁護人は一礼し、表情を崩さずにホレ氏に向き直った。


弁護人:

「失礼しました。では、事実関係について伺います。被害者ホレ氏、あなたが使用した魔術的スパイスには、広範囲に匂いを拡散させる効果がある。これは間違いありませんね」


ホレ氏:

「……はい」


弁護人:

「その匂いに誘われて、困窮した人間や子供たちが、あなたの家にやってくる可能性について、あなたは予測、あるいは期待していませんでしたか」


ホレ氏は深くうつむき、包帯の奥の唇を噛み締めていた。その沈黙は、傍聴席に「やはりこの魔女は何かを隠しているのではないか」という強烈な疑惑を植え付けるには十分だった。

弁護人が、畳みかけるように一歩踏み出す。


弁護人:

「答えられないのですね。では、さらなる客観的事実を提示します。検察側の起訴状には、被告人ヘンゼルが『檻に監禁されていた』という記述があります。趣味でお菓子を作っていただけの住宅に、なぜ、人間が一人すっぽり入るサイズの『頑丈な鉄格子の檻』が、あらかじめ設置されていたのですか!」


法廷が、どよめきに揺れた。

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