02.序章
寝静まった夜中に通知が1件届いた。
暗闇に青い光が僅かに輝く。
寝ぼけた目を擦ってスマートフォンを見ると
『政府、ゾンビウイルスの存在認める。院内集団感染か』
「はっ!?」
嘘ニュースじゃない?集団感染?何を馬鹿なことを。
慌ててSNSを立ち上げるもアクセス集中で繋がらず。掲示板サイトや連絡アプリ、普段使わないようなメールまでチェックするが何一つ接続タイムアウトしたのを見て、回線がパンクしていると理解した。
カーテンを開けるが、いつもと変わらぬ景色。ここは静岡だ、感染が広まるにしてももう少し先のはず。
ニュースが流れて、回線がパンクするほど世間が騒ぎ始めてもなお、ゾンビなんて嘘にしか思えない。
ゾンビ……正式名称"行動制御喪失症候群"と名付けられたこの感染症は、どうやら血液の交わりで感染するらしい。
鼻水や唾液では感染せず、口内出血を起こしているゾンビに噛まれ、そこでゾンビの血液が体内に入り、蝕まれていくとのことだ。
備蓄は……ある。いざとなったら逃げ出せる災害リュックも準備してある。戸締りも大丈夫。
なんとなく気になってリンクポッドに入り、フルダイブを試みる。
回線繋がるまで数回チャレンジした後、フルダイブに成功した。
「Zeroっ!」
ログインした途端、Sakuが駆け寄ってきた。今日も可愛い、なんて一瞬思うけど、今の状況を考えるととてもそんなこと口走れない。
「Saku!大丈夫?」
「う、うん。まだ都内の話だから」
何が、と言わなくても伝わるあたり、彼女もニュースを見て即ログインしたのだろう。
いつもなら寝ているはずの深夜2時。普段なら人もまばらになるはずなのに、今日は賑やかだ。
ただし楽しそうな雰囲気ではない。みんな動揺していた。
「通知が来て眠れなくて。ついログインしちゃった」
恥ずかしそうに笑うSakuは、きっと怖かったのだろう。Zeroとともにログアウトした地点から動いてなかった。
Zeroがログインしてくれると信じていたに違いない。
「みんな考えてることは同じだな」
ギルドの面々も次々とログインしている。動揺しながら話す内容は全てゾンビの話だった。
「なぁ。現実がゾンビまみれになったらよ、ここ(クロス・アルカディア)に籠ってるのと、現実で死に物狂いで逃げ続けるのと、どっちが生き延びられるのかな」
何気無しに誰かが言った言葉に、シンと静まり返った。
リンクポッドはとても頑丈に出来ている。外から開けられない仕組みだ。
緊急時のためにポッド下部にある緊急脱出ボタンを押すと開くようになっているが、パスワードの打ち込みが必要になる。
購入時、必ず家族や血縁の人を同伴させ、パスワード設定と同意書のサインを書かされるのだ。
ゾンビがもしリンクポッドをひっくり返そうが殴り掛かろうが肉体に手出しは出来ないはずだ。パスワード入力できる知能もきっとないはず。
本当にゾンビパニックが起きたら、きっとポッド内の方が安全になる。
「でも家族もいるしなー。1人でこっちに居座れねーよ。それにさ……」
「もしかしたら自分が知らない間にゾンビになってたり死んでたりするかもって思うと怖いよね」
「私は一人暮らしだけど、本当に危なくなったら家族のもとに帰りたいな……」
どいつもこいつも馬鹿め、とZeroは心の中で悪態をついた。口には絶対出さないが。
ゾンビ問題が解決するまで安全地帯に引きこもっている方がいい。なに、有事の際は神経接続しなくても、中からゾンビどもがいなくなるのを待っていればいいだけだ。
「Sakuは一人暮らしだよね?実家帰らないの?」
上京ならば、実家は埼玉より東京から離れているはずだ。彼女にはできるだけ安全なところにいてもらいたい。
「うーん。仕事もあるし……実家は兄夫婦が住んでるから、帰るわけにはいかないよ」
そういえば、お兄さん夫婦には子どもが2人いると聞いたことがあった。それだと確かに実家に駆け込んでも居心地が悪いだろう。それに都会から来たとなると、嫌疑の目を向けられやすい。要は、すでに感染しているのではないかという疑惑だ。
「まあでも大丈夫でしょ。病院で食い止めてるんでしょ?」
誰かが言った軽口に肩の力が抜ける。
まだ速報で出たばかりで、どの程度の感染力があるかや感染者数の把握も済んでいない。現時点の情報だけならば、感染者は全員院内で拘束し、身動きが取れていないはずだ。
「すぐに日本壊滅するとかはないだろうが、たった数日でひとつの病院の医療従事者や患者がまとめてやられたってなると、時間の問題だろう」
別の誰かが言ったその言葉で、また静まり返ることになった。
ゾンビ化と言えば、アルフのこともある。現実でゾンビ問題が注目されてからゲーム内でも異常プレイヤーの話を聞くようになった。
全く別の問題とは思えず、かと言って現実のゾンビたちがゲームをやってるとも思えない。
アルフや他のゾンビ化したプレイヤーとリアルで交流があれば、と思ったのだが、Zeroは人との関わりを避けてきたせいで情報も入ってこない。
人はこういう時のために交流するのか、と痛いほど思い知った。




