00.終わりの始まり
"COMPLETE"と空中に表示された時、5人はガッツポーズを決めていた。
高難易度クエストを他の誰よりも先にクリアできたことにより、仲間意識が深まった瞬間でもあった。
「なあっ!俺たち凄すぎねーか!?」
そう大声を上げたのは常に先陣を切る盾役のトルケだった。右手に持つ長剣を振りかざし、雄叫びを上げるように唸った。
「そんな大声出さないでよ。びっくりするじゃん」
迷惑そうな顔をして耳を塞いだのは小柄な種族のマルルだ。成人女性の半分程度の身長しかなく、他の種族と比べて視覚や聴覚が優れている。気難しさもあって、他の種族と旅をするのは珍しいと言われている。
トルケはわりぃ、と謝って身を縮こまらせた。
「しかしこれは偉業であるぞ。儂らだけでは達成不可能じゃった」
長身を屈ませてマルルの頭をそっと撫でる、狼族のジェード。大きな耳を頭上につけ、鋭い牙と爪で闘う戦闘民族だ。
彼は自前の鋭い武器とは裏腹に、優しい目と声色で"2人"を見た。
腰まであるホワイトブロンドの髪をサイドで編み込み、上品な仕草で傷付く者たちを癒す上級ヒーラー、Saku。
そしてサクの恋人とも噂されるほど常に一緒にいる、サーバーランキング1位で最強の双剣士、Zero。
この2人のコンビネーションは常に息がぴったりと合っていて、付け入る隙がないと言われるくらいバランスが取れていた。
「勝ててよかった、ですね!」
ニコッと笑って杖をクルクル回す。彼女の癖だ。嬉しいときや動揺したとき、杖を手癖でいじる。
「ん」
低い声で隣の青年も頷いた。無口なわけではないが、言葉を紡ぐのが上手ではない。
ここはフルダイブVRMMO『クロス・アルカディア』の世界。
世界で初めて開発・運用された、意識まるごとゲーム内に入り込める最新鋭のオンラインゲームだ。
ゲーム内ではまるで現実と同じように手足を動かし、言葉を話し、食べ物を食べることができる。痛みも感じるが、死ぬような怪我や病気は当然緩和されているし、それすらも嫌な人は設定で無痛にできる。
それだけの高機能ゲームだ。まだここまで技術が追いついているゲームは他にない。
そのせいで、クロスアルカディアをプレイするためだけに専用の神経接続型転移装置────リンクポッドを購入しなければいけない。
働き詰めで使う暇もなかった貯金を崩して一括で買ったことに後悔がないくらい、このゲームにどっぷりと浸かっていた。
じゃあまた、と手を振って、ZeroとSakuは街外れの海が見える丘に向かった。クエストが終わるとそこに座って雑談するのがいつもの流れだった。
当たり前のようにそこへ向かおうとして、Sakuが足を止めたことに気付いて振り向くと、彼女は俯いて立ち止まっていた。
「どうかした?」
Zeroの言葉にハッと顔を上げて、潤んだ瞳を逸らす。
「ううんっ、なんでもないよ」
ヘラヘラ笑う表情が無理をして作っていることくらい、Zeroにはすぐ分かる。
そんなに付き合いは浅くない、と自負しているつもりだった。
黙っていても思考がそのまま伝わったらしく、Sakuは手のひらをもぞもぞ擦り合わせていた。
「あのね、別のクエストに誘われてて」
「へぇ、なんのクエスト?」
「ル・ヴェンの双光」
あぁ、別の高難易度クエストだ。
一度のダメージはそう重くないが、状態異常攻撃を幅広く使うため、ヒーラー(回復役)を数人必要とするボスが登場する。
「行くの?」
ZeroとSakuはもうクリアしたことがある。このゲームのクエストは、クリア報酬で目的のものが出るまで何回も受注する人が多い。
なのでSakuがクエストに同行することに何の違和感もないのだが。
「アタッカーは足りてるから私だけ来て欲しいって。でも……」
この様子は行きたくないということだろうな。
ル・ヴェンの双光で手に入るヒーラー用の装備はまだ持っていなかったはずだ。それに、自分用の装備が出なくても高難易度コンテンツのアイテムとなれば高値で売れる。
やって損はない。
「……ごめん。これを見て欲しいの」
ゲーム内の通信端末をこちらに向ける。
チャット履歴が表示されていた。相手はトルケ。先程組んだパーティーのタンク(盾役)だ。
直近の会話はクエストへのお誘いだった。少しスクロールして何時間か前のログを見ると、いかにもな会話が出てきた。
"Sakuさんって彼氏いるの?てかZeroって彼氏?"
"違います。けど一番仲良くしてもらってる大切な人ですよ"
"ふーん。じゃ俺のこと彼氏候補にしてよ笑"
"ねぇ彼氏いたことある?"
"そういう質問はちょっと"
"いいじゃん教えてよ。男の体見たことある?笑 見せてあげよか?笑"
"あんまりZeroと一緒にいない方がいいよ。噂知ってる?あいつニートらしい。キモオタが親の金でゲームやってんだって"
"そうだとしても大切な友人に変わりはないので"
"サーバー内に組んでくれる人いなくなるよマジで。俺の忠告聞いといた方がいいと思うなー笑"
なるほど。Sakuが言いづらそうにしてたのはこれが原因か。
Zeroは自分がどう言われようが構わないが、Sakuは気にするだろうなと納得した。
Zeroがニートだ廃人だ言われているのはランキング1位になってからずっとだし、気にしたこともない。
Sakuの頭を撫でて、彼女の端末を操作した。
"Zeroです。先程は同行ありがとうございました。もし俺からSakuを奪いたければいつでもPvP(プレイヤー同士の戦闘)しましょう。待っています"
タタタッと操作し送信する。
「あっ!」
Sakuは声をあげて端末を取り返した。
慌てて画面を見ると軽くため息をついて、
「これじゃ恋人みたい〜」
と笑っていた。
トルケ、マルル、ジェードの3人は街中で募集をかけていたパーティーだった。
本人たちに実力はあるのだが、戦闘バランスが偏っていたのだ。
攻撃力が低いタンクのトルケ、HPが低いメイジ(魔法使い)のマルル、防御力が低い獣人のジェード。
まずヒーラーは必須と言っても過言ではない。傷の回復、状態異常の治癒、戦闘不能からの復帰。
そしてZeroの双剣士は自身の戦闘力強化と敵への状態異常付与、属性攻撃などが出来る。
今回挑んだ"サンドルゲートの遺灰"というクエストのボスは状態異常が効きやすく、炎属性に弱い。その代わり無属性の攻撃が通りづらく、大打撃となりやすい全体攻撃が一定時間毎に発動する。
炎属性を付与できる双剣士のZeroと、全体回復ができる治癒士のSakuはパーティーにうってつけだった。
いつもの丘に行く気になれず、2人は所属しているギルド『おひるね日和』の溜まり場に向かった。
真っ先に出迎えてくれたのは熊のような巨体を持つ獣人のしおらーめんだった。
彼はへにゃっと笑うと、アイテム生産していた手を止めてお茶の用意をしてくれた。
「おかえりい。遺灰はどうだったあ?」
湯呑みをテーブルに置いて、ソファに座るよう促す。Sakuのお気に入りのクッションも手渡してくれた。
「強かったよ。装備も出なかった」
Zeroががっくしといった表情をするとしおらーめんはわはははっと笑った。
「でも楽しかったよ。いつか……」
そこまで言ってSakuは一瞬言葉を飲み込み、
「いい装備が出るといいね」
Zeroと顔を合わせ、頷いた。
おひるね日和はマイペースに遊ぶギルドだ。
しおらーめんのように戦闘にはほとんど参加せず、一日中アイテム生産をしている人もいれば、ただ街中で雑談してるだけの人もいる。冒険に出かける人もいるが、高難易度に挑戦するメンバーはZeroとSakuだけだ。
ギルドマスターに至っては仕事に忙殺されて週末にしか現れない。
それが居心地良く気に入っているところなのだが、高難易度コンテンツに挑戦するときはギルド外でメンバーを探さなければいけない。
Sakuはよく変な男に絡まれやすい。それもあってあまり外部の男と組みたがらなかった。
今回もあちらのパーティーから声をかけられて組んでみたものの、蓋を開けてみればこの有様だ。意気消沈しているのが手に取るように分かる。
だからSakuは内心こう思ってる────「ギルドのみんなと行けたらいいのに」と。
だけどそれを言葉にするのは2人にとって御法度だった。ゲームスタイルは一人一人違う物だと、Sakuもしっかり理解しているからだ。だから言葉にはしなかった。それをZeroも分かっているから何も言わなかった。
「そういえば、最近変なプレイヤーが増えてるんだって」
しおらーめんが熊のように大きな体を小さな椅子に縮こまらせながら座る。
お茶を一口含みながら、話の続きを促す視線を向けた。
「なんかねえ、BOTのように変な動きしながらPvPしかけてくるんだって」
BOTとは、プレイヤーが生身の人間ではなく自動操作をプログラムされたキャラクターのことだ。
プレイヤーが寝ている時に自動で戦闘を続けお金や経験値を稼ぐBOTや、そもそも最初からアカウントごと売るためにBOTで育ててることもある。
「じゃあBOTなんじゃないの?」
「BOTがPvP仕掛けるかなあ?それに、狩りをしてる様子が見られないらしいよお。フラフラしてはPvPで人を襲ってるだけだって」
ますます胡散臭い。そもそもPvPで勝利したところで、得られるのは勝利数とポイントに応じた景品だけだ。景品狙いだとしたら、相当分の悪い勝負になる。
「PvP申し込まれるのは嫌だなぁ……」
湯呑みを手でいじりながらSakuはポツリとつぶやいた。
ヒーラーは自己回復や防御アップのバフをかけられるものの、相手を倒し切る力がない。やられはしないが得は全くない。
「拒否したらいいんじゃない?」
「それが、なぜか分からないけど強制バトルになるらしい。だから変な挙動の人がいたら距離とってねえ」
「なんでそんなことができるんだ?」
「ぼくにもわかんないよお。とにかく変なプレイヤーからは距離をとること!」
しおらーめんは人差し指を立てて、まるで子どもに諭すように2人に言い含めた。
そのあとは他愛もない雑談をした。
ふと壁掛け時計を見ると、時刻は0時を過ぎたところだった。
「あ。そろそろ寝ないと」
Sakuがそう言うと、Zeroも後を追って時計を見る。
「こんな時間か。俺も寝ようかな」
眠気もないのに何となく合わせてしまう。普段はそんなことないのに。
しおらーめんもニコッと笑って湯呑みを片付け始めた。
「ぼくも寝よ〜っと。2人ともおやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ。また明日」
3人はほぼ同時にログアウトした。
ふっと体に重さを感じる。頭も靄がかかったような鈍さが残った。
仮想世界から現実に戻るといつもこうだ。体は、おそらく快適なベッドとは言えないポッドの中で何時間も同じ姿勢を取っているからだろうと思うが、頭の方が不思議だ。自分の思考や感情の切り替えが出来ていないだけなんだろうか?
「よっ、と」
1DKの狭い部屋を圧迫するリンクポッドから出ると、いつもの見慣れた部屋が待っていた。
ろくに物もない、パソコンといくつかの服があるだけの部屋。何年も住んでいるけど、愛着ひとつわかない部屋だ。
部屋を貶したくなるくらい感情がささくれ立っているのは、苛立っているからに違いない。なんでかって?
「あの野郎……」
トルケだ。Sakuにちょっかいかけやがって。
本当はもっとボロクソに言ってやりたかった。Sakuの目の前でPvP仕掛けてコテンパンに潰してやりたかった。
だけどそれはSakuも望んでないし、そこまでの熱気を見せられても彼女は困るだろう。
所詮ネットだけの繋がりだ。恋人じゃない。それどころか、名前も性別も知らない。
────そもそも、自分が。
「女じゃなきゃ会いに行くのになぁ」
神城玲26歳、絶賛ニート中の正真正銘女だ。
恋愛対象が女性だったことは今まで一度もない。なのに、Sakuには友人やパートナー以上の感情を抱いている。
恋愛感情ではないはず、と思っているが、これがどういった感情なのか分からないまま何年も経過していた。
「〜〜〜っあー!モヤモヤするっ!」
頭を掻きむしりながら脳内を落ち着かせるべく、なんとなくテレビを付けた。夜中にやってるくだらないバラエティでも見て思考の方向性を変えたかったのだ。
チャンネルのボタンをポチポチ押しても、ニュースにしかならない。こんな時間に全部の局がニュースなんて普通あるか?気付かないうちに大きな地震でも起きていたとか?
仕方なく適当なところでチャンネルサーフィンを止め、リモコンをテーブルに置いた。
"昨日午前3時頃、街中で通行人に噛みついたとして、男性が現行犯逮捕されました。"
ふとテレビ画面を見ると、夜中なのに明るい繁華街を歩くリポーターの姿があった。
路上は僅かに血に濡れていた。噛み付いた、というのが正しければ、噛みちぎるほどの力だったに違いない。
"警察によりますと、午前3時ごろ、東京都豊島区の路上で、通りすがりの人に突然噛みついたとして、30代の男性が暴行の疑いで逮捕されました。
目撃者の証言では、男性はふらついた足取りで正常な判断能力を失った状態で街中を歩いており、通行人に見境なく近づいては噛みつこうとしていたということです。
被害者は命に別状はありません。
警察は、男性の身元の確認を進めるとともに、事件に至った経緯を詳しく調べています。"
画面はスタジオに移り、専門家や芸能人がワイワイと盛り上がっていた。
酔っ払いか何かの事件か?相当酒癖が悪いのだろう。全ての局がニュースに切り替わるほどの大事件とも思えないが、もっと別の理由があるんだろうか?
テレビを消してベッドに寝転ぶと、何となく胸騒ぎがした。スマホを開くと、噛みつき男の事件でもちきりだ。
「はぁ?ゾンビ?」
どうやら噛みつき男がゾンビだと言われているようだ。馬鹿馬鹿しい。
しかし噂が噂を呼び尾ひれが付き、すでに避難計画を立てている人もいた。それを馬鹿にして嘲笑う人も多かったが。
しばらく眺めていたものの、
"東京のとある施設で研究しているゾンビウイルスがついにばら撒かれた"
と言い張る人がちらほら出てきたころ、急に飽きが来てスマホをベッドに投げ捨て気付いたら寝てしまっていた。




