09.姉の死
そういえば、と並木愛合は思い出した。
「ねぇ、メグの夢って、なに?」
双子の姉の知美から訊かれた。
あのとき、愛合は、ん~と唸ったっけ。夢自体よくわからなかったからだ。
夢といえば、アイドルになりたいとか、お金持ちになりたいとか、愛合はそんな単純なことしか思いつかなかった。恥ずかしいと思いながらも……。
テレビから、
「最近の子どもは夢がなくて情けないねぇ」
と、非難めいた言葉が聞こえる度に耳が痛くなる。
でも、それって、そんなにいけないことなの? 叶う人なんて極僅かなのに、どうして人は夢を持つのだろう?
愛合には不可解な世界だった。
そう、愛合は一度も夢をもったことがない。
以前、大学の友人から、「あなたには夢を見る必要がないのよ」と軽く笑われたことがある。彼女は愛合を呑気な社長令嬢だと思っていたのだろう。
確かに、家族に恵まれていることは、愛合も認めている。
中小企業ではあるが、社長の父と優しい母は健在。双子の姉はいつも妹の愛合を応援してくれる。そのお陰で、愛合は不自由なく暮らしていられるから、感謝もしている。だから、友人に反論するつもりはない。
ただ、それと夢を見ないのとは、違うような気がするんだけどなぁ、と愛合はそんな気がしたのだ。
かといって、夢自体よくわからないから、姉の知美から訊かれたときも、愛合は、
「仕方ないでしょ。わからないんだもん」
と少し自棄になってしまった。それが彼女の癖でもある。
愛合は、『夢とはなにか?』 などと深く考えることが苦手。自他共に認める感情派だ。
好きだから好き。やりたいからやる。理由なんてどうでもいいし、夢とか型に嵌める必要はないでしょ、と彼女は思っている。
要するに、大雑把なのだ。
両親や姉の知美は思慮深く、温厚な性格なのに、なぜか愛合だけがすぐに感情的になる。つまり、考えるより先に、口や態度に出るのだ。だから、誤解されることも多かったが、いつも姉の知美が、
「メグはそのままでいいのよ。ううん、そのままがいいのよ」
とフォローしてくれた。
その度に、
「やっぱり、あたしって甘ちゃんなんだよねぇ」
と愛合は自己嫌悪。
そのくせに、「ま、仕方ないか」で済ますから、悪質なんだとも、愛合は自覚していた。
そんな妹と対照的に、しっかり者の姉の知美は、よく自分の夢について熱く語ったものだった。
「自分ではどうすることもできない夢ってあるでしょ。そんな夢の手助けをしたいの。もちろん、叶えてやるなんて、わたしには無理。だからね、素敵なストーリーと音楽で、芝居仕立てで、夢を感じさせてやるの。ただ、一時の幻かもしれない。嘘かもしれない。でもね、素敵な嘘ってあると思うのよ。その小さな嘘によって、少しでも自分を好きになれて、前進しようと思ってくれたら嬉しいなって。それが、わたしの夢、劇団『Roman house』。ちょっと、かっこつけすぎかな」
並木家の双子姉妹は揃って、高校時代から演劇部に所属している。体が弱い姉の知美は演出や脚本の方で、愛合は役者だった。
しかし、同じ演劇部でも、愛合には知美の『劇団Roman House』を理解できなかった。芝居で夢を叶えてなんになるのだろう、と。
それでも、その時の少し恥ずかしそうに微笑む姉の表情を、愛合は今でもはっきり覚えている。キラキラ輝いていたから、きっと一生忘れないだろうとも思った。
双子は容姿がそっくりという理由で、性格まで似ていると思われがちだ。しかし、知美と愛合は全く違っていた。雑草のような元気だけが取り柄の妹と違い、小児白血病の姉は子供の頃から何度か生と死の狭間を彷徨ったことがある。だからなのか、誰に対しても優しい姉は、いつもみんなから慕われる人気者だった。多くの人は妹の愛合を名前で呼ばず、『トモちゃんの妹』と呼んでいたほどだ。
だからといって、愛合が人気者の姉に嫉妬しているという期待は、ドラマの見過ぎである。愛合にとって、知美は大好きな自慢の姉だった。「トモちゃんの妹」と呼ばれることも喜びだったのだ。
ところが、大好きな姉の知美が死んだ。何か月も準備し、やっと劇団『Roman house』を立ち上げられると喜んでいたのに。
知美が死んで、三ヶ月が過ぎた。ひとり残された愛合は、まだ立ち直れないでいる。
取り敢えず、愛合は劇団『Roman house』を白紙に戻した。今はなにも考えられないからだ。
よく、心の中にぽっかり穴が空いたようだといわれるが、愛合は違う気がした。姉とは生まれたとき、いや、生まれる前からずっと一緒にいたから、生活自体が変わってしまったという感じだった。
双子だからだろうか? とも考えてみた。
いや、それも違う、と愛合は否定した。
「トモちゃんの妹でなくなったら、一体、あたしってなに者?」
愛合は自問してみたが、答えはでなかった。その代わりに再確認させられた。
自分は考えるのが苦手なのだ。
思い出してみると、いつも姉が守ってくれたから、そんなことを気にする必要がなかっただけだと、今更ながらに気づいた。
やはり、自分は甘ちゃんだなぁと思った途端、また涙が流れてきた。
あまりにも思い出が多すぎて、どこにいても、なにをしていても、頭の中に姉の知美が登場する。
もう、「トモちゃんの双子の妹」と言われなくなるのかと思うと、愛合は不安でたまらなくなった。
そんな沼から抜け出せない気がした頃だった。『天国からのメッセージ』の野間夫婦から挨拶状が届いたのは……。
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トナカイに感謝したくなる季節を迎えましたが、いかがお過ごしでしょうか。
子ども染みた挨拶ですが、翔太がトナカイを好きだったことを思い出したので書きました。これも『Roman house』さんのお陰です。有難うございます。
劇団『Roman house』の立ち上げの挨拶状、確かに受け取りました。
おめでとうございます。
人生の楽しみがまたひとつ増えました。
ただ、失礼ですが、団長名が愛合さんに変更されていますが、知美さんの体調はいかがでしょうか?
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あまりに唐突すぎて、愛合は面食らった。
「劇団『Roman house』を立ち上げた? しかも、団長があたし……? どうなってるの? あ、もしかして、トモちゃんの仕業……?」




