08.知美の『劇団Roman house』
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並木知美はあの世とこの世の間を彷徨っている霊が多いことを知っていた。小児白血病の発作で何度か死にそうになった知美を、霊が助けてくれたからだ。
彼らは大切な生者に思い残しや心配事を抱えたまま、どこにも行けずにいた。生きてさえいれば、生者のためにできることもあるだろう。しかし、死んでしまった魂にはどうすることもできない。彼らに許されたことはただひとつ。愛する生者が苦しんでいるのに、何もできない罪悪感に耐えながら、ただ見ているだけ。それも永遠に。
幼い頃から死と背中合わせで生きてきた知美にとって、他人事ではなかった。
なんとかしてやりたい。いいえ、なんとかしなければならない。彼らの苦しみを知っているのは、自分だけなのだから。何度も、彼らに助けてもらったのだから。
しかし、どうしていいかわからない知美は、無駄に流れる時間を見送ることしかできずにいた。
そんなある日のことだった。再び持病の発作で死にかけた知美が、三途の川の向こう岸に立っている少年から話しかけられたのは……。
♢ ♢ ♢ ♢
少年の姿は深い霧のせいでぼんやりとしか見えないが、声ははっきりと聞きとれた。ただ、普通の会話とは少し違う感覚だった。まるで、スタジオでアフレコしたように、声が澄みきっていた。子どもの声自体澄んでいるものだが、それだけではない。
魂に直接語りかけられているようだ、と知美は感じた。少年の心の声も一緒に漏れ聞こえていたからだ。
少年の話を聞いた知美は、やはりただの夢ではないと悟った。
ノマショウタと名乗る少年は、死者の霊だったのだ。
その少年は30年間も、自分の死が両親を苦しめていると心を痛めていた。なにもできない自分を責めながら。少年のままの小さい心では、どれほど悔しかったことか……。
今度こそ、死者である彼の夢を叶えたい。それが自分の使命だ、と知美は決心した。
そのときだった。
あ……と、知美の脳裏にかつての夢が甦った。
どうして今なの? と余りにも突然過ぎて、知美は戸惑う。紛失した大事なものが、何度も調べた場所で見つかったときのように、嬉しさと不思議さが共存していた。
並木知美と双子の妹・愛合は共に同じ高校、大学に通い、演劇部に所属していた。体が弱い知美は脚本・演出の方で、愛合は役者だった。
その影響で、知美には夢があった。人の夢を芝居で叶えてやる劇団『Roman House』を立ち上げること。キャッチコピーは、『あなたの夢を素敵なシナリオと音楽で叶えます。あなたのRoman House』。
しかし、Roman Houseは同じ演劇部の仲間内でさえ不評だった。他人の夢を芝居で叶えてなんになるのか、と疑問視されたのだ。
それでも知美は信じていた。
『確かに、芝居は嘘ごとだけど、現実にはないパワーがある』と。
以前、友人から聞いた話を、知美は今でもはっきり覚えている。彼女はある映画が自分の人生を大きく変えてくれたと喜んでいた。
「大袈裟だと思うかもしれないけど……」
そう話す友人に対し、芝居だからこそ気づくこともある、と知美も共感したのだった。
例えばドラマで、犯罪歴のある人が真面目に生きていこうと頑張っているのに、近隣から立ち退きを迫られるシーンを観ると、可哀相だと同情することもあるはず。
しかし、現実の生活の中では、人柄や努力は簡単に見えないので、近所の住民にすれば不安になって当然だろう。
それが現実にはない、芝居のパワーだと知美は確信していた。
つまり、虚像の世界とわかっているのに、心が揺さぶられるという既成概念を持つ芝居の力を借りて、感情に訴えるのだ。それが、知美が夢見た劇団『Roman House』である。
かつての夢を思い出した知美は、これだ、と閃いた。『Roman House』の芝居で、今度は死者である少年の思いを、その両親に訴えようと。
すぐに、知美の思考回路はシミュレーションを始める。
もしかすると、否、必ず少年の父親は、
「なにが死者の気持ちだ。馬鹿にするな。それとも詐欺か」
と激怒するだろう。謂わば当然である。
では他に、死者である少年のメッセージを、生者の両親に伝える方法があるだろうか?
それは今まで、知美が嫌というほど悩まされたことだった。
直接、死者が生者に話しかけるのは、物語の世界である。
かといって、霊能力者が死者の思いを代弁しても、生者に信じてもらえる可能性は低いだろう。
では……?
今までの知美は、そこで降参していた。しかし、今は違う。
誰かが伝えなければ、少年の思いは絶対親に届かない。だったら、Roman Houseに賭けるしかない、と知美は再確信したのだった。
確かに、成功率を考えると奇跡に近いだろう。それは滅多に起こらないことだが、絶対に起こらないことを奇跡とは言わないはず。
それに、死者の少年と生者の両親の間に強い絆があれば、奇跡が起こる確率は上がるはず。あとは両者の思いの強さを信じるしかないと、知美は覚悟を決めた。
何故、今まで踏み出せなかったかというと、知美は自分に残された時間があまりないことを感じていたからだ。つまり、長いスパンでRoman Houseの将来が想像できなかったのだ。
しかし、今は違う。自分が死んでも、双子の妹、愛合がいる。
そして、死んだ後の自分の様子も今の知美にははっきり想像できた。
想像の中の知美は……。
♢ ♢ ♢ ♢
死んだあと、知美は異世界に転生し、芝居の国を創る。そして、仲間を集い、異世界『Roman House』を立ち上げ、初代団長になる。知美のRoman Houseは、死んだあと転生した者たちの夢を叶えるための劇団だ。彼らの夢とは、大切な生者を守ること。その想いを、異世界『Roman House』の芝居で、現世にある愛合たちの『Roman House』に伝える。次に、愛合たちが芝居を通して、生者に伝える。
つまり、知美の異世界Roman Houseと、現世にある愛合のRoman Houseとの共同作業である。
♢ ♢ ♢ ♢
それを夢物語にしてはいけないと、知美は覚悟した。
現世と異世界を跨ぐ、並木姉妹の壮大な以心伝心の第一歩である。
但し、もう少し時間がかかりそうだけど……。




