九話
家に帰る頃には、空は暗くなっていた。秋の涼しい風に吹かれながら、真樹は自分の家に入る。両親は共働きで、弟はまだ部活にいるため、必然的に一人だ。
家に入り、真っ先に自室に飛び込む。その場に鞄を放りだし、ベッドにダイブした。電気をつけず、ぐったりと倒れる。いつもの一日が、ひどく疲れた。
「なんで私がこんな目に……」
出刃包丁は家庭科室のであることが判明した。しかし持ち出した形跡もなければ、四組は家庭科室に行く授業をしていない。
それに、あの威力。半分以上机に刀身が埋まっていたのだ。
焦燥にも似た恐怖心が、心拍数を上げる。
ピロリン♪
「……!」
ラインの着信を告げる、軽快な音。見れば、なんてことはない、一真だった。
『大丈夫か? 何かあったらすぐに僕に連絡しろよ?』
簡潔な文章だが、彼からのラインは珍しい。心配してくれているんだと思うと、少しだけ気分が楽になった。そうだ、私には心配してくれる友人がいるんだ。
『大丈夫。ありがとう、一真』
打ち込んだ途端に既読が付き、おう、という一言だけが帰ってきた。
「あいつ不器用だからな~。ニシシ」
一しきり笑った後、電源を落とし、ごろんとあお向けになる。見慣れた天井。一真はいい奴だな、ともう一度口に出す。本人に言ったらぶっ飛ばされるだろうが。
ガチャ。
家じゅうに響き渡る、ただいま~というのんきな弟の声。
「お帰り~。部活遅かったね」
「姉ちゃん帰ってたんだ。あ、ポストの手紙が入ってたよ」
野球をして泥だらけになった手で渡された白い封筒。あて先は確かに『西条 真樹様』と記入されていた。直接入れられたのだろう、差し出し人は不明だった。……一転して、憂鬱な気分になる。思い当たる節は一つしかなかったから。
「ほら、彼氏のだろ? 一真先輩」
「ち、違うよ。そういう関係じゃないし」
封筒を奪い取り、自室にこもる。なんで家のポストに投函されているのだ? 封筒を切り、中身を取り出す。一枚の白い紙が折りたたまれていた。……何かが書かれてる。茶色い文字。
真樹は紙を開き、それに目を通す。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
無数に刻まれた、文字列も大きさもフォントもバラバラの、死ねという文字。狂気をはらんだ手紙に、真樹の心は凍り付く。反射的に手紙を破り捨てていた。乾き、変色した血液が使われていると気づいたが、近くにあったゴミ箱に突っ込んだ後だった。