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四十二話

 一真は笑みこそ浮かべているものの、先ほどより強張っている。

 「何かあったなら話して。ずっと助けられっぱなしだったもん。これぐらい相談に乗らせてよ」

 「別になんでもない」

 その言葉は、柔和なそれではない。まるで身を守るかのように余裕なく、刺々しかった。

 「悪夢とか、見てないよね」

 「なんでもないって言ってるだろ!」

 パシ、と真樹の手に痛みが走った。裏返った声。狼狽した眼差し。一真はやはり、何かを隠していた。

 不意に彼の袖がはだけ、シップに覆われた傷口が覗いた。

 この前より紫色のあざが広がっていた。どうみてもさらに悪くなっている。一真は我に返ったらしく、長そでで自分の手首をまくった。

 初めての暴力に唖然としていると、思いつめた表情のまま、一真は蚊が泣くような声で呟いた。

 「すまない。今日は出て行ってくれ」

 「一真……」

 「出て行ってくれ!」

 ヒステリックな声とともに、真樹は一真の部屋から追い出された。


 気づいた時には、自分の家の部屋のベッドでくるまっていた。どうやって帰ったのかは覚えていない。枕には涙の跡が残っており、目も腫れぼったい。

 弟が一階で動き回る気配がする。冷蔵庫でも漁っているのだろう。本来なら姉である真樹が軽食を作るのだがそんな気分ではない。体が鉛のように重いのだ。

 「……一真」

 十中八九、彼は何かしら呪いに触れているのは確定だった。

 「私が、まきこんだ」

 彼が真樹と同じように夜の十二時に忍び込む愚行を犯すとは思えない。ならば原因は真っ先に相談し、協力させてしまったから。それしか思い浮かばない。

 私が一真の精神を追い詰めた。恐怖とは違う、漆黒の黒さをまとった絶望。

 そうだよ。一真は大丈夫。最大で最悪な可能性を危惧もせず、心のよりどころにしていた。そのつけがこれだ。暴力の痛みなど一時的だ。それよりも、心に深く刻まれた生傷が、真樹の精神を蝕んだ。

 「ごめんね、一真……」

 謝罪の言葉は、カーテンを閉め切った暗がりの部屋の中で掻き消えた。


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