Chapter 3
本当に断ってよかったの?
もう少し考えるべきだった?
土、日はそれしか考えられなかった。違うことをしようと思っても、琴梨くんのことを思いだしてしまう。
やるべきことは沢山あった。やらなきゃいけない課題がいくつかあったし、家事もしなきゃいけない。なのに、何をやっても気が散って集中できない。そんな状態のときに人に勉強を教えたって何も教えれないと思い、今日は断りの電話を入れておいた。
手にしたプリントをボーッと見つめ、僕は大きなため息をついた。ダメだ、頭が回らない。
「何で告白を断っただけでこんな気持になるんだろ…」
自分に問いかけても、もちろん答えは戻ってこない。
「もう一回琴梨くんと話してきたほうがいいのかな」
スマホの連絡帳をいじり、電話をかけようかかけまいか迷っていると、着信音が鳴り響いた。思わずスマホを放り投げ、画面をのぞき込む。…朱里さんだ。
慌ててスマホを拾うと、電話にでる。
「…もしもし?」
「伊月さんですか?朱里です。すみません、今お時間はお有りでしょうか?」
普段より丁寧な言葉遣いで、朱里さんは言った。少し緊張しているような口調に、何かあったのだろうかと不安になる。
「はい。何かあったんですか?」
「大したことではないと思うのですが、琴梨の成績が最近落ちていまして…少し気になったものですから…」
「…え?琴梨くんの?詳しく聞かせてください」
…僕が振ったからそれを気に病んで…………?
ありえないことを考え、頭を強く振った。まさかそれだけで成績が落ちるとか、ないよね…?バカげたことを考えるのは止めよう。
言い聞かせ、朱里さんの話に耳を傾ける。
「伊月さんからの宿題とか全然手を付けていなくて…そのときはそれほど気に留めていなかったのですが、今日あったテストでいつもの琴梨ならありえない成績を取ってきて…。得意なはずの国語だったのに…」
「…調子が悪かった、とかではないんですか?」
「これまでずっと100点だったのに、今日は20点だったんです。調子が悪い…としても、少し低すぎませんか…?」
確かに。高1の問題をやっても相当いい点数を取れていたのに、中1の問題で詰まるとは考えにくい。
なら、やっぱり……。
「あの、今琴梨くんは?」
「家にいます」
「そうですか…今から会うのは可能ですか?」
聞きながら、既に支度をする。
「はい…有難うございます」
電話が切れると、僕は家を飛び出した。
息を切らしながらもインターホンを押すと、数秒経ったあと朱里さんが門を開けてくれた。
「琴梨くん!」
2階の琴梨くんの部屋にノックもせずに入ると、琴梨くんがびっくりした表情で振り返った。
「え、伊月さん?どうしたの?」
「あ、えっと…」
「………母さん、ちょっと伊月さんと二人きりで話してもいい?」
うなずくと、朱里さんは部屋をでていく。同時に小悪魔スイッチが入ったように、琴梨くんはニッコリ微笑む。でも、今日はこの笑顔に惑わされるわけにはいかない。
「で、どーしたんですか、伊月さん?まあなんとなくわかりますけどねー」
「うん…琴梨くんの成績が落ちたって聞いて」
「母さんったら、大袈裟。小テストでちょっと悪い点取っただけなのになぁ」
のんびりと言いながらも、気まずそうに琴梨くんは笑った。
「何か…気にかかってることでもあったの?」
「うーん…こーゆーの言っていいのかわかんないけど、あの告白の件でちょっと…ね?何か勉強する気が失せたっていうか…」
……完全に僕の責任じゃないか。
何とかしないと、これは流石にこっちが気まずい。
そう思った僕は、真っ直ぐ琴梨くんに向き直った。
「…わかった。明後日…ううん、今日から、琴梨くんに勉強教える日を増やして、またその”気”を取り戻すようにするから。それと…次のテストがあったときに全部全問正解したら、一つだけ琴梨くんのお願いを聞いてあげる」
あまりにもベタなセリフだったけど、そうでもしないとこのままどんどん成績が下がってしまうような気がした。それだけは何としてでも避けないと。
予想通り、琴梨くんはパッと表情を明るくさせた。
「…ほんと?やった、母さんに聞いてくるね!」
言うなり、部屋を飛びだしていく。
……これで、よかったんだよね…?




