Chapter 2
浮気────特定の交際相手がいる状態で、それ以外の人と恋愛関係になること、もしくは恋愛関係が疑われる行動を取ること。その定義は曖昧であり、個人の価値観に委ねられる部分が大きい。
うーん…。
次会うときまでには答えを出すって言ったけど、やっぱりそう簡単にはいかないよね…。
浮気って、いいものではないし…。かといって彼女にこのことを話したって、結果は目に見えてるわけで。
無理だ………。これは、断ったほうが一番いい。そう思うんだけど…。
「俺なら、今の伊月さんの彼女より伊月さんのこと大事にします」
そのセリフが頭のなかでぐるぐる渦巻く。信じちゃダメだって、わかってるんだけど…。
今付き合っている彼女にも同じことを言われた。それを信じて、裏切られた。そのことも琴梨くんは知っているのだろうか。
「どうしよう…」
「なーんか困りごとか?神宮伊月」
いきなり声をかけられて、振り向いた。
「…びっくりした。咲翔か」
「言ってるわりにはびっくりしてなさそうだけど」
僕の肩に腕を回し、クスクスと笑うのは僕の幼馴染の暁月咲翔。明るい性格で、人懐っこい。いつも冷静さを保っている僕とは正反対だけど、これが意外と気が合うんだ。
「何の用?」
「いや、用ってほどでもないんだけど…飯食いにいかないのか?」
…………………ん?
「昼休みだぞ。教科書しまってないの、お前だけ」
言われて周りを見回すと、確かに僕だけが教科書やペンをだしたままボーッとしていた。他のみんなは既に昼ご飯を広げて食べていた。
うわあ、目立つ。
いそいで教科書やペンをしまうと、咲翔がまた笑った。
「笑うなよ」
恥ずかしさを隠すように、僕は咲翔の腕を軽く叩く。
「あはは、わりいわりい。んじゃいくかー」
うなずくと、僕と咲翔は教室をでた。
僕らの通うA高には、メニューが豊富な学食がある。うどんやカレーなど定番なメニューに加え、洋風のメニューもあるのだ。例えば、フィッシュアンドチップスやパスタ、フレンチトーストなど。ていうか、何でもあるって言ってもいいのかもしれない。マニアックなものを頼んでも、「作れますよ」ってニッコリスマイルが返ってくる………という噂がある。クラスメイトが話してるのを聞いてた程度だから、よく知らないんだけどね。
僕がカレーうどん、咲翔がカレーを頼んで空いている席に着く。いただきますと豪快に叫び、カレーに手を付けると同時に咲翔が質問を投げかけてきた。
「それで、さっきの悩み事って何?」
少し考え、第三者の意見が必要だと判断した僕は「友達がね」と話を始めた。
「5歳年上の家庭教師に告白したんだって。今返事待ちらしいんだけど、そういう場合、普通ならどういう答えが返ってくるのかが知りたいって僕に聞いてきたんだよ」
「へえー」
「咲翔なら、どう答える?」
「俺かあ。んー…。その友達って、何歳?」
「高3」
やっぱり、歳は大事なんだ。
「え、てことは相手って中学生!?マジかよ」
そういう反応すると思った。
「なら断るかなー。流石に中1はヤバくね?」
「…だよね。ありがとう」
わかりきっていたけど、ストレートに言われると少し複雑な気分になるのはどうしてだろう。
モヤモヤとした気持ちを抱えて、僕はうどんを口に運んだ。
放課後、四時きっかりに碧天邸にいくと琴梨くんが玄関の外に座って黄昏れていた。
サラサラの黒髪が吹いてきた風に揺れて、すごく綺麗。
「あっ、伊月さん!」
無邪気な笑顔で僕の名前を呼ぶ琴梨くんは、あの小悪魔と同一人物なのだろうかと本気で疑問に思ってしまうほどに純粋に見える。
でも僕が軽く会釈して家の中に入ると同時に、またあの悪魔の笑みを浮かべた。
ううっ…。
「今日は母さん、家にいないんですよ」
「そ、そうなんだ」
琴梨くんと二人きりなのか…。
「あー、今俺が変なことするかもって考えたでしょ?」
ニヤリと笑って、琴梨くんはとんでもないことを聞く。
「お、思ってない。ほら、勉強しなきゃダメだよ」
「怪しいなあ」
嬉しそうに僕の顔をのぞき込んでくる琴梨くんをうながし、やや強引にシャーペンを持たせた。
あと二週間でテストがあるらしく、そのために猛勉強中…と言っても、科学以外は全部完璧だから猛勉強とは言わないかな。その科学も、最近では随分上達してきてる。本人はそのことに気付いてないみたいだけどね。
「やっぱり科学は難しいよー、伊月さん」
いつの間にか無邪気な琴梨くんに戻って、ぷくっと頬をふくらませている。
「専門用語が多すぎるよ。伊月さんは一体どーやって全部覚えたの?」
「僕の覚え方は、琴梨くんには合わないと思うよ」
「うー、ぼくなりの覚え方を探せってことー?」
普通の教師と生徒の会話をし、今日はとくに何も起きなかった。答えをだすって言ったこと、忘れてくれたのかな。だといいけど。
琴梨くんが忘れてないってことがわかったのは、帰り際だった。
「そういえば伊月さん、あの件、考えてくれたよね?」
「へっ?…あ…」
僕の答えがわかりきっているかのような笑みで、琴梨くんは首を傾げる。
少しだけ後ろめたい気持ちが込み上げてきたけど、それを押し殺して答えた。
「………ごめん」
「そ…っか、ですよね。ごめんね?変なこと言って。伊月さんにとっては、俺、初対面だもんね…」
へへっ、と泣き笑いのような表情で謝ってくる琴梨くんの顔を見ているのが何故か辛くて、僕はそれ以上何も言わずに碧天邸を後にした。
「俺のこと、覚えてくれてるわけないよね……」
そう呟くと、琴梨は静かにドアを閉めた。




