シーン 97
夕食の討論会で今日の成果を報告すると三人の視線が一気に集まった。
印象的だったのはニーナの驚いた顔だ。
ペオは何故かニコニコと笑っている。
サフラは見たところ少し動揺した程度だった。
「アルマハウドが同行してくれることになった。それともう一名心当たりがあるらしいから相談してみるそうだ」
「まさか彼に声を掛けるとは思わなかったな」
「案外波長が合うんだよ。これで戦力については目処が立った」
「あ、あぁ、そうだな」
「これを踏まえた上でもう一度確認する。協力してくれるか?」
「私はレイジに着いていくよ。何処へでもね」
最初に声をあげたのはサフラだ。
中立派とは言え何があっても僕に着いてくるつもりだろう。
あまり危険な目に遭わせたくはないが彼女もこの数日で驚くほど強くなっている。
師匠であるニーナも目を見張るほどだ。
今なら銃を使わない僕を十分に上回る実力だろう。
いつも模擬戦をしているニーナでも三回に一回は一本を取られている。
元々サフラは基礎が出来ているためニーナも応用を教えているだけだ。
「僕も行きますよ」
「…わかった。私も全力を尽くす」
サフラに触発されて二人も声をあげた。
ただ、僕にはもう一つ考えがある。
「ありがとう。それと、悪いんだがペオには留守番を頼もうと思う」
「え…?」
ペオは電池の切れたおもちゃのように元気がなくなってしまった。
本人としては同行するのが当たり前と思っていたのだろう。
しかし、ここはあえて心を鬼にする。
その代わりに彼にしかできない仕事を任せるつもりだ。
だから彼の近くまで行きこっそり耳元で用件を伝えた。
「…ほ、ホントですか?」
「あぁ、お前にしか出来ない仕事だ。必ず成功させてくれよ?」
「わかりました!全力で頑張ります」
「少年、一体何を頼まれたんだ?」
「何だろう?」
二人には耳打ちの内容が聞こえてはいなかった。
別に秘密にすることでもないが敢えて伝えないと言うのも一興だ。
ペオにアイコンタクトを送ると意図が伝わったのか笑みを浮かべた。
「それは無事に帰って来ればすぐにわかるさ。な、ペオ?」
「はい。おまかせください」
「気持ちがいいものではないな、男同士で内緒話とは…。まぁいい、楽しみにしておくさ」
「悪いな。とりあえず出発は二週間後だ。それまでに必要なモノを準備する。思い当たるモノをあげてくれないか?」
ミッドランドとノースフィールドでは気候が大きく違う。
まずは防寒対策を徹底しなければならない。
防寒具は別途用意するとして、急務なのは馬車の寒冷地仕様に作り直す必要がある。
ニーナによれば町の馬具職人に依頼をすれば改修工事をしてくれるらしい。
費用はそれなりだが必要なことなので依頼しようと思う。
次に保存食の確保だ。
今回は長い旅になるため用意する量も膨大になる。
長旅になると栄養バランスも偏りがちなのでその辺りの配慮も必要だろう。
次に携行品の調達だ。
ノースフィールドは常に氷点下を下回るため暖を取るために必要な烈火石を多めに持っていた方がいいらしい。
「とりあえずこのくらいか?」
「そうだな。あとは各自必要なモノを用意すればいいだろう」
「そうだな。ペオ、この他に準備してもらいたいものがある。お遣いを頼めるか?」
「わかりました」
後日ペオには買い出しのリストを書いた紙を渡すと伝えておいた。
これで二日に渡った討論会は終わりだ。
あとは出発までの間を準備に費やし万全の状態でノースフィールドに向かえるよう英気を養うだけとなる。
翌日から総出で準備が始まった。
その翌日もその翌々日も準備に明け暮れ気付けば出発の日となった。
「レイジ、いよいよだな」
「あぁ、そろそろアルマハウドが来る時間だ。揃ったらすぐに出発する」
しばらくするとアルマハウドがやってきた。
傍らには見知らぬ女性が立っている。
銀色の鎧を纏い二本の剣を脇に差している。
立ち姿から並みの使い手ではないだろうと察しがついた。
「すまん、遅くなった。連れの準備が手間取ったんだ」
「その人が前に言ってた凄腕の相方か?」
「あぁ、彼女はセシル。フランベルクのリーダーだ」
「せ、セシル公爵殿…」
隣にいたニーナの驚き方が尋常ではなかった。
いつもの冷静さはどこにもない。
ここで以前フランベルクのリーダーに憧れていると言っていたことを思い出した。
憧れの人物に会って明らかに動揺している。
「ほう、私をご存知とは…」
「知るも何も、アナタは私の憧れだ」
「そうか。歳はそう変わらないと思うが、そう思ってもらえるなら私も嬉しいよ」
「俺はレイジ。まさかアンタほどの人が協力してもらえるとは思わなかった」
「キミのことは知っている。この堅物を負かしたあの試合も実際に見ていたよ」
彼女は普段皇帝の警護をしている。
あの大会でも皇帝のすぐ近くで見ていたのだろう。
「セシルは陛下から直接命令が下っている。お前に不穏な動きがあれば殺せとな」
「そう言うことだ。キミが万が一寝返れば私は容赦しない」
「なるほど…それで選ばれたわけか」
「レイジ、悪く思わないでくれ。これも陛下が苦心された結果だ」
「大丈夫だ、気にしないさ。それに万が一にもドワーフ側に寝返ることなんてないよ」
「こちらもそう願っている」
セシルは不敵な笑みを浮かべた。
装備を見てもわかることだが彼女は二刀流の剣士と見て間違いはない。
どれほどの実力を持っているのかは未知数だがアルマハウドも一目を置いているところを見ると相当強いのだろう。
僕らは帝都を出て北を目指した。
北へ続く道は「補給路」と呼ばれる石畳の道が続いている。
しかし、それが続くのは不干渉地域の少し手前まで。
そこからは道なき道を進むことになる。
ちなみに今回馬車を引くのは北方原産の野生馬だ。
この馬は皇帝が所有していたものでとあるルートを通じて借りることが出来た。
それを裏で尽力したのはペオだったのだが、大人顔負けの巧みな交渉術が行われたらしい。
だだ、ペオに聞いても詳細は教えてもらえなかった。
「アルマハウド、この先で気をつけておくことはあるか?」
「まずは亜人と魔物の対処だな。私とセシルが前衛を務めさせてもらう」
「わかった。俺は銃で後方支援をする。ニーナ、お前も後衛を頼む」
「了解だ」
しばらく進むとさっそくオークが現われた。
アルマハウドは何も言わず馬車から飛び出すと物凄い勢いで剣を振り、あっと言う間にオークの胴体を真っ二つにする。
後に残ったのは物言わぬ肉塊となった元オークだったものだけだ。
「相変わらず凄い剣だな」
「ふん、オーク程度では肩慣らしにもならんさ」
「それは心強い」
馬車の旅は敵に襲われさえしなければ快適そのものだ。
流れていく風景を眺めながらゆっくり昼寝ができれば最高だろう。
ただ、それを邪魔するのはいつも亜人か魔物のどちらかだ。
次に僕らの行く手を遮ったのはトロールの二人組みだった。
「今度はトロールか。私が出よう」
そう言って今度はセシルが馬車の外へ飛び出していった。
刹那、たった一歩の跳躍で上空数メートルまで飛び上がり、落下の勢いを使ってトロールの脳天に剣を叩き落した。
狙われたトロールの身体は真っ二つになり、残っていたもう一匹も左手に構えた剣でまるでチーズを切るように首を切り落としてしまった。
驚いたのは彼女が馬車を飛び出して瞬きをするわずかの時間で二体のトロールを倒してしまったことだ。
さらに驚いたのはあれほど派手に斬り殺しているのに返り血を一切浴びていない点だろう。
彼女は剣に着いた返り血を払うと慣れた手つきで鞘に戻し馬車に戻ってきた。
「に、ニーナ、見たか今の?」
「あ、あぁ…なんて跳躍力だ」
「あれがセシルの戦い方だ。まあ、あれでも実力の半分も出してはいないがな」
馬車に戻ってきたセシルは涼しい顔をしている。
彼女もまた準備運動にもならない程度の出来事だったらしい。
アルマハウドと言い彼女と言い、とても心強い味方になってくれたと改めて感心してしまった。
「トロールと言うのは動きが鈍くて狩り易いな。まるで動きが止まっているようだ」
セシルは荷台に乗り込んでリラックスしながら今の戦闘を振り返った。
トロールは並みのハンターでもそれなりに苦戦をする相手だ。
それを簡単に片付けてしまうところを見ると、彼女の底知れない実力に身震いさえする。
アルマハウドもそうだが彼女もまた決して敵に回したくない相手の一人だ。
「えっと、キミはニーナと言ったかな?どうだい、次はキミが戦ってみては?」
不意にセシルはニーナに話かけた。
ニーナにしてみれば予想もしていない事態に動揺している。
しかし、これは願ってもないチャンスだろう。
うまくすればセシルとの距離を縮めることができるはずだ。
しばらくすると今度はコボルトの群れが現われた。
コボルトは昼行性と夜行性のタイプがいる。
ちなみに以前サフラの村を襲ったコボルトは夜行性型だった。
コボルトは先ほどのトロールより戦闘能力は劣るものの集団で行動するため連携が取れた動きは注意が必要だ。
「コボルトか。見たところ六匹ほど居るが、加勢しようか?」
「いえ、あの程度なら私一人で十分です」
ニーナはセシルの申し出を断って外へ飛び出した。
馬車の中から確認できる限りではクロスボウを持ったコボルトが一体確認できる。
他のコボルトは短剣と棍棒を持っているためこの一体を対処が勝利の鍵だ。
ニーナはポシェットの中から釣り糸のような細長いモノを取り出した。
その先端には鋭利な金属の刃が付いている。
隣にいたアルマハウドによれば「錘」と呼ばれる投擲用の武器らしい。
使い方は遠心力を使って先端の刃を操り対象を攻撃すると言うもの。
投げつけた錘の先端はクロスボウを持っているコボルトに向かって一直線に向かっていった。
錘には細くて丈夫な糸がついているため素早く引き戻せば手元に戻ってくる仕組みだ。
場合によっては使い捨てになる投げナイフとは違い何度も再利用可能になっている。
「なるほど…彼女は技巧派の戦士と言うわけか。そう言えば大会で見せた氷の能力も持っていたな」
「彼女はサフラの剣術の師匠も務めているんだ」
「ほお、それでは御者の彼女もそれなりに戦えるのか?」
「あぁ、オークくらいなら余裕だ」
「そうか。それなら自分の身は自分で守れるわけだな」
ニーナの戦いに感心しているセシルを横目に僕は周囲の気配に集中した。
そんな中僕は別の気配を感じ取った。
「…何か来る」
「キミも感じたのか?私はかなり前から気付いていたよ」
「お前の悪い癖だ、セシル。気が付いているのならすぐに言え」
「すまない、試すつもりはなかったんだがな。レイジもなかなか感覚が鋭いらしい」
話を聞く限り僕よりも早くにコボルトとは別の気配に気が付いていたようだ。
僕は仕方なく荷台の外へ飛び出し気配のする方に銃口を向けた。
この気配は以前に感じたことのあるモノだ。
茂みの奥から現われたのはゴブリンだった。
相手は一体でこちらにはまだ気が付いていない。
攻撃を仕掛けられる前に眉間を撃ち抜いてゴブリンは動かなくなった。
振り返るとニーナも戦いを終えていた。
「コブリンも居たのか。レイジ、助かったよ」
「あぁ、俺よりも先にセシルは気付いていたみたいだったがな」
「ほお、さすが公爵様だ」
馬車に戻るとセシルは笑みを浮かべていた。
どうやら僕らの戦いを見て感心しているらしい。
大会で僕らの戦いを見ていると言っていたが、こうした実戦での動きはまた別ものだ。
いかに効率よく戦うかで戦況は大きく変わることを彼女は誰よりも理解していた。




