シーン 96
皇帝からドワーフとの対話を命じられた日の夜、夕食の食卓はちょっとした討論会の場となった。
議題はもちろん北方遠征の先遣隊についてだ。
討論会と表現したのは賛成派と反対派それに中立派の三つにわかれているからだった。
まず、反対を主張したのはニーナだ。
今までの経験や常識からノースフィールドへ向かうのは危険だと警告している。
その理由としてミッドランドとノースフィールドの境界に広がる「不干渉領域」と言う手付かずの荒野の危険性を訴えてきた。
この地域には多くの亜人や魔物が生息し腕に覚えのあるハンターでも迂闊に近付けば命を落とすとされている。
皇帝が考える北方大遠征のような大部隊ともなれば話は別だが、少人数のパーティーではノースフィールドにたどり着く前に物資や兵力を消耗してしまうらしい。
また、不干渉領域から北のノースフィールドは永久凍土に覆われた極寒の地なので、寒さに弱い馬は使えず途中から歩くことになると付け加えた。
ただし、寒さに強い北方原産の野生馬を使えば話は変わってくるようだ。
それでも野生馬は非常に貴重なため希望して手に入る可能性は低いらしい。
他にも全てのドワーフがコルグスのように友好的とは限らないため、仮にノースフィールドにたどり着いたとしても生きて帰れる保障はないと言うのが彼女の言い分だった。
この説明を聞く限りニーナの意見も一理あると思う。
何事も命あっての物種だ。
一通りニーナの主張を黙って聞き終えたところで賛成派のペオが口を開いた。
彼は僕への信頼や忠誠心は他の誰よりも強く、大抵のことであれば成せると胸を張って主張した。
ただ、これについての根拠は曖昧だ。
彼は初めて参加した大会で優勝した例を引き合いに出し、僕の持つ不可能を可能にする未知数な部分には十分に期待が出来ると付け加えた。
他にもニーナが指摘した野生馬の確保や少数のパーティーの問題については、彼に考えがあるらしく事前に準備をすれば不可能ではないと進言した。
ペオ自身その手の根回しは得意な分野になるため自信をのぞかせている。
問題があるとすれば目的の人物に会えなかった場合だ。
コルグスを頼りに訪ねて行くのだから彼に会えなければ対話の望みは薄くなる。
その辺りは一種の賭けになるため必ず成功するとまでは言い切らなかった。
僕としては皇帝と約束をした手前行かないわけにはいかない。
この作戦を成功させるためにもペオのような前向きな意見は心強い味方になる。
二人の意見を聞いて答えを決めかねていたのは中立派のサフラだ。
以前、コルグスの一件で危険な目に遭っていることを考えれば決断を渋る気持ちもわからないわけではない。
ただ、僕が対話するところを間近に見て実際に助かって居るため、どちらとも言えない立場でいるようだ。
一方でニーナの意見にも賛同するきらいがあるため危険なことは極力避けたいと考えている。
触らぬ神に祟りなしの精神らしい。
ただ、これまでも僕の良きサポーターを務めてきた彼女だから最終的な判断が下った場合は全力で協力してくれるだろう。
話し合いの中で如何にしてサフラを納得させるかがこの討論会の鍵を握っている。
「お互いの主張はわかった。賛成にせよ反対にせよそれぞれの理由には納得だ。だけどな、俺は陛下と約束をしてしまったんだ。だから出来れば前向きにこの作戦が成功するような話し合いがしたい。その中で不備が見つかって作戦が遂行不可能と判断すれば俺も無理を通すつもりはないよ」
両者の意見を尊重しつつ話し合いのまとめ役に徹する。
ここで僕が強引に意見をまとめてしまえば後々不満が出るかもしれない。
ニーナもそれがわかっているから敢えて問題点を強調しているようだ。
仲間を頼り集団戦に長けたハンターとは違い頼れるのは自分だけと言うバウンティーハンターらしい考え方だった。
自分の手に余る問題なら初めから手をつけないと言うスタンスだろう。
物事の決定は消去法で是か非を決めて最終的な判断をと言うわけだ。
「バウンティーハンターの立場と経験から言わせてもらえば…この作戦、成功率は限りなくゼロだ」
ニーナから今日一番のネガティブな発言が飛び出した。
そう言い切るには何か大きな問題があるのだろう。
せめてもう少し見込みがなければこの作戦をそのものが暗礁に乗り上げる。
「何故そう思う?」
「さっきも言っただろう。不干渉領域だよ。我々の戦力だけではそこを渡るだけで消耗してしまう。まあ、より強力な仲間が居れば話は別だがな」
「そんなに危険なのか?知っている限りでいい、何故危険なのか教えてくれないか。それがわかれば解決の糸口が見つかるかもしれない」
ニーナは不干渉領域について知っていることを話し始めた。
まず、不干渉領域は渡りきるには最短距離を進んでも馬車で丸一日ほどかかるようだ。
もちろん領域内に人は住んでいない。
つまり不干渉領域に滞在する間は野宿が必要になる。
注意するべきは「サンドマン」と呼ばれる土色をした亜人だ。
見た目はゴブリンに近いが普段は名前の由来にもなっているように砂の中で生活をしている。
そして、獲物が近付くと砂の中から現れ集団で襲いかかってくるのだとか。
サンドマンに襲われないために必要なのは砂地に近付かないこと。
しかし、不干渉領域にはサンドマンの好む砂地が多数確認されているためそれらを全て避けた場合の移動距離はかなりのものになる。
「早くて丸一日、長くなると未知数か」
「これはあくまでも目安だ。まあ、グリプトンの討伐に向かった時のように一度の戦闘を極力短くすれば時間は早くなると思うが」
「確かにな。じゃあ、余裕を持って多めに食料を持って行けばいいんじゃないか?そうすれば消耗することを考えても不干渉領域を越えられる」
しかしニーナは浮かない顔をしている。
どうやら他にも問題があるらしい。
「私もサンドマン程度ならここまで後ろ向きにはならないさ。むしろ、サンドマンなら私でも対処できるからな」
「じゃあ、何が問題だ?」
「マンイーター…不干渉領域最強の魔物さ」
「マンイーター?」
サフラはマンイーターを知らないらしい。
それを聞いてニーナは説明を始めた。
マンイーターはその名前の通り「人喰い」の魔物だ。
ただし、マンイーターが食べるのは人間だけではない。
ドワーフや亜人、魔物さえも餌にしているため極端に言えば「命あるモノの捕食者」だ。
特徴的なのは細長い筒状の身体で、その姿は大蛇とも巨大な芋虫とも言われている。
また、翼や四肢のないドラゴンを「ワーム」と呼ぶらしく、マンイーターもその一種と考えられているそうだ。
ワームの多くは砂地や水辺を好み近付く生物を待ちかまえている。
身体は全長数メートルから十数メートルあり地形に合わせて保護色を使っているそうだ。
胴回りの長さは大きいもので直径数メートルに達する。
そのため餌のほとんどは丸呑みにされ気付いた時には腹の中と言うことも珍しくない。
また、獲物を襲うときは視覚に頼らず嗅覚と「ピット器官」と呼ばれる赤外線感知器官で相手の位置を把握する。
特にこのピット器官は蛇が同様の器官を持っているがその精度は数倍にもなるそうだ。
つまり、よほど周囲の状況を察知する能力に長けた者がいなければ気付いた頃には手遅れになってしまう。
「ワームか」
「マンイーターはドラゴンの亜種と言ってもいい。仮にヤツが翼と四肢を持っていればワイバーンですら餌扱いさ」
「そんな化け物どう対処するんだ?」
「弱点はまだ見つかっていない。元々、目撃例が少なすぎて情報も曖昧なんだ。そいつをどうにかしない限りノースフィールドに着く前に全滅だ」
「詳細不明の化け物か。だがソイツさえどうにか出来れば話は別なんだろう?」
「そうなるな。何か考えでもあるのか?」
「うーん…どうかな?」
歯切れが悪い答えになってしまったのはまだ確証がないからだ。
まだ出発までには余裕があるためそれまでに解決できればと思っている。
ちなみに出発予定日は二週間後だ。
「私はレイジが行くと言えばそれに従おうと思っている。ただ、考えもなく行くと言うなら断らせてもらうぞ」
「もちろんだ。俺も死にたくはないからな」
「そうだな。正直なところ、レイジは行くつもりなんだろ?」
「あぁ、みんなが反対しても行こうと思っている」
「決意は固い…か」
ニーナは深い溜め息をついた。
彼女なりに僕を心配してくれているのだろう。
普段なら飄々とした態度で厄介事を避けて歩く彼女だが今回ばかりはそう思っていなかった。
黙って話を聞いていたサフラも浮かない顔をしている。
自分の中で答えを決めかねているからだ。
それでも僕が行くと言うのであれば断るつもりはないらしい。
ただ、それが無謀と決まっているなら必然的に足取りは重くなってしまう。
元より僕はサフラを危険さらすつもりはない。
最悪の場合、彼女をおいて一人で行くことになるだろう。
もちろん戦闘要員にならないペオも置いて行くためサフラが孤独になることはない。
平行線の話し合いは深夜まで続いた。
今日は答えが出そうにないため改めて時間を取り話し合うことにする。
一晩寝れば冷静にもなれるだろう。
それに、時間があれば心当たりのある人物に接触することもできる。
それさえうまく行けば状況が好転する兆しになるはずだ。
翌朝、朝食を済ませると一人で家を出た。
行き先はアルマハウドの家だ。
ニーナが懸念するマンイーターは並みの人間では太刀打ちできない。
ならば化け物退治の専門家をパーティーに引き込めば話は早いだろう。
アルマハウドの家は居住区画の北側にある。
事前に管理事務所で場所を聞いているので目的の家はすぐに見つかった。
彼自身、男爵と言う爵位を持つ立派な貴族ではあるが以外にも家は質素だ。
二階建ての家は豪邸と言うには程遠い。
初めに受けた印象は少々インパクトに欠ける。
ただ、一年の半数近く家を空けると聞いているので住居にあまりこだわりを持っていないのだろう。
宿泊料を必要としない宿屋の代わりにでも使っているのかもしれない。
扉をノックして呼びかけるとアルマハウドが出てきた。
家の中にいたため甲冑は着ていないものの、鍛え抜かれた筋肉はそれそのものが鎧のようになっている。
「朝早くにすまない、昨日の件だ」
「わかった、中へ入れ」
リビングに通され皮製のソファーに腰をかけた。
室内に家具はあまり置かれておらずスッキリとした印象だ。
無駄なものがないので部屋が広く感じられる。
「早速ですまないが、頼みがあるんだ」
「先遣隊に参加しろという話か?」
「話が早いな。そうだ。お前の力を借りたい」
「ノースフィールドに向かうためには不干渉地帯を通る必要があるからな。戦力は多い方がいいと考えたのだろう?」
「その通りだ。それで、この話、乗ってくれるか?」
どうやら事前に僕が尋ねてくることを察していたらしい。
僕としては説明する手間が省けて助かるところだ。
アルマハウドは一呼吸置いて首を大きく縦に振った。
「お前から申し出がなくとも参加するつもりだったさ。この目でドワーフと言う種族の本質を見極めるいい機会だからな」
交渉にはかなりの時間を要すると思っていたがそんな期待をよそに了承をされてしまった。
何はともあれこれで課題であった大幅な戦力の増強は果たされたことになる。
アルマハウドがいれば百人力だろう。
「お前、マンイーターと戦ったことはあるか?」
「ワームか。もちろんだ。過去に何匹か始末しているよ」
「それは心強い。さすがは竜殺しと呼ばれるだけはあるな」
「ヤツを倒すのはそれほど難しくはない。教えてやろうか?」
アルマハウドはマンイーターの大胆な対処法を教えてくれた。
それはわざと丸呑みにされ体内から解体する方法だ。
ただし、あまり長い時間中にいれば消化液で溶かされてしまうためあまり多用できる方法ではないらしい。
そうでなければ正面から剣で斬り伏せるだけだと言われた。
「内部から…それは恐ろしいな」
「ヤツの持つ感知能力は範囲が広いからな。万が一食われた時には慌てず対処すればいい」
「できれば食われないことを祈るよ」
アルマハウドは他にも戦力に心当たりがあるらしく、可能であればもう一人増えるかもしれないと言った。
こちらとしてはアルマハウドだけでも心強いが腕に覚えのある仲間は多いに越したことはない。
ただ、戦争を仕掛けにいくわけではないためあまり大所帯で動くのも得策ではないだろう。
彼が一体どんな人物を連れて来るのかはわからないが申し出に対して了承をしておくことにした。




