シーン 74
本部へ引き上げる途中、ニーナに救護所へ行くよう伝えたがきっぱり断られてしまった。
彼女曰く精神的な疲労は適度の休息と栄養補給ですぐによくなるらしい。
そのためわざわざ救護所へ行かなくても平気なのだとか。
ただし、重度の場合は回復までに数日を要することもあるそうだ。
以前クオルがバレルゴブリンの時に数日間目を覚まさなかった例がわかりやすい。
本部へ戻ると近くに居た運営委員に声を掛けて即席の休息スペースを作ってもらった。
横になって休めるよう三人掛けのベンチを設置してもらい仮眠ができるよう毛布も準備されている。
ニーナは即席のベッドに腰を下ろし大きな溜め息をついた。
「大丈夫か?」
「あぁ…何とかな。少し休めばすぐに良くなるさ」
「そうか。眠たかったら眠れよ?」
「すまない、そうさせてもらうよ。そうだ、右手の具合はどうだ?」
「平気だ。凍傷にはならなかったからな」
「試合とは言え酷いことをした。すまなかったな」
「いや、気にするな。それに元々どちらかが先に倒れるか降参するまで戦うんだ。お互いに大した怪我もなく終わったんだから、ここは素直に喜ぶべきだろう?」
ニーナの精神疲労を除けばお互いに外傷や装備の損傷がなかったのは不幸中の幸いだ。
下手に後遺症の残る傷や命を落とすようなことがあれば後味が悪い。
「レイジ、私は少し休むよ。私に勝ったんだ、必ず優勝するんだぞ」
「次の相手はあの化け物みたいなオッサンだからな…まともにやって勝てる相手だとは思わないがやれるだけやってみるさ」
「次に目が覚めた時キミが生き残って居る事を期待している…よ…」
ニーナは目を閉じるとすぐに眠ってしまった。
よほど疲れていたのだろう。
すぐに規則正しい寝息が聞こえてきたので身体が冷えないよう毛布を掛けてやった。
エルフのみが作れる魔具と言う武器は便利だがこうした代償のこともよく理解しておかなければならない。
よく考えれば僕の使う鞭もエルフが使っていたものだがニーナやクオルのように動けなくなるほど疲弊したことは今のところなかった。
これは仮説だが氷や炎を操る能力と武器その物が意志を持って動くのでは精神的な負荷に違いがあるのかもしれない。
持ち主から離れた場所の相手に影響を及ぼす場合は特に消耗が激しい印象だ。
しかし、これはあくまでも仮説なのでそれを証明するものは今のところ何もない。
つまり「鞭を操っている最中に突然…」と言うことも無いとは言い切れなかった。
本部内を見渡すと対戦相手であるアルマハウドの姿が見えないことに気が付いた。
どこを見渡しても姿はない。
トイレにでも行ったのだろうか。
しばらくするとギシギシと言う金属同士が擦れあう音が聞こえてきた。
振り向くと頭の先から爪先まで重厚なプレートアーマーを纏った彼の姿を見つけた。
左手には身体の半分を覆う巨大な盾を持ち背中にはツーハンデットソードを背負っている。
全身真っ黒の装備はテイタン製だろうとすぐに察しが付いた。
どうやら僕の銃に対応した装備なのだろう。
ホリンズとの戦いで銃の対処法がバレてしまったらしい。
僕らはお互いに一瞬だけ視線が合いすぐに逸らした。
試合前の緊張からわずかに脈が早くなっている。
無事に生きて帰れるのか、そこが問題だった。
運営委員たちが慌ただしく走り回り決勝戦の開始が近付いている。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより決勝戦を行います。それではこれまでの激戦を勝ち残った勇者を紹介しましょう。前回、前々回大会の覇者、アルマハウド男爵。そして、本大会初出場ながら数々の死闘を演じた若き戦士、サヤマレイジ!それでは登場してもらいましょう。皆様拍手でお出迎えください」
運営委員の合図で僕らは会場へ向かった。
四方八方から聞こえる拍手に包まれつつお互いに所定の位置に立ち開始の合図を待つ。
改めてアルマハウドが纏う真っ黒な装備を見ると何か禍々しいもののように見える。
対する僕は先ほどと変わらない鞭と銃の両手持ちだ。
特に鎧や盾と言った身を守るものは装備していない。
彼に比べれば見劣りする装備だがこれ以上のものは持ち合わせていなかった。
「小僧、よくぞここまで勝ち残った。だが貴様の命運もここまでだ」
「オッサン、随分大袈裟な装備じゃないか。これからドラゴンでも狩りに行くのかい?」
「ふん、これは貴様の使う奇っ怪な武器に対応したものだ。本来なら貴様の言う通りドラゴンを狩る時に用いる装備ではあるがな」
どうやら本当に対ドラゴン用の装備らしい。
鉄よりも硬いテイタン製であれば巨大なドラゴンの攻撃にも耐えられるのだろう。
全身を覆う装備の総重量は少なく見積もっても平均的な成人男性の体重と同じかそれ以上の重さはあるだろうか。
並みの人間なら着ただけで身動きが取れなくなる重さだ
それを平然と着こなしているところを見るとやはりこの男が化け物じみた力を持っていると実感する。
先ほどの戦いでも人間離れした動きで巨大な剣を振り回していたので油断をすれば命の保証はない。
「それでは両者準備が整ったようです。これより決勝戦を開始します。両者…始めッ!」
運営委員長の合図で真っ先に飛び出したのはアルマハウドだった。
超重量の鎧をものともしない軽快な動きは彼が人間かと疑いたい気持ちになる。
大剣の間合いに接近されれば無事では済まないため僕は拳銃を放って牽制した。
「無駄だ!」
放った弾は盾と鎧に弾かれてしまった。
銃への対策は先ほどの試合を参考にしたようだ。
事前に手の内が知られているだけでこれほど不利な戦いを強いられるとは思ってもみなかった。
甲冑だけでなく盾でも身体を守っているため付け入る隙が見当たらない。
「アンタ化け物かよ!」
弾を無視して突っ込んでくるアルマハウドを罵ったが彼は気にせず大剣を振り上げて迫ってきた。
身長は二メートル近くあるため剣を振り上げると地上から頂点までの高さが四メートルほどに達する。
そこから振り下ろされる一撃は風圧を伴って凶器へと変わった。
この一撃は僕らを苦しめたバレルゴブリンに匹敵するものがある。
これが本気の一撃でないとすれば恐ろしい怪力の持ち主だ。
それをギリギリで攻撃を交わして距離を取った。
振り下ろされた剣は地中十数センチまで沈み込んでいる。
「あぶねぇ…アンタ、バレルゴブリンかよ!?」
「私をあのような下賤の化け物と同一視とは。そう言えば聞いたことがある。バレルゴブリンを倒したのはハンターの男たちとバウンティーハンターの女、それと少女を伴った異国の旅だったな。そうか…貴様がそうなのだな?」
「情報が早いな。さすがと言っておこうか」
「なるほど、そうであったか。それは面白い、小僧、死にたくなければ全力で向かって来い!」
アルマハウドは素早く剣を振り上げ再び攻撃の態勢に入った。
振り上げてから振り下ろすまでのスピードは時間にして約一秒弱だろうか。
その間少しだけ隙が生まれるのを見つけた。
しかし、正面からでは全身を覆う鎧に阻まれて銃は無力化されてしまう。
何発弾を撃とうと鎧の表面にわずかな傷を付けるだけでダメージには繋がらない。
他にもっと効果的な方法を見付けなければ勝つことはできないだろう。




