庇護欲と独占欲
凛は隣にある兄の部屋の扉をノックした。
3つ年上になる理玖は、最近家にいる時間が減った。
扉はすぐ開いた。
「どしたー?」
眠そうな顔の理玖が、少し扉を開けて顔を覗かせる。
「入っていい?」
「だめ。今友達来てる」
目を擦りながら、理玖が言った。気怠げなその様子も、やたらと格好がつく様相だった。
「だれー?」
中から声が聞こえた。聞き覚えのない女の子の声だ。また違う人かと凛は思った。
理玖は上半身に何も着ていなくて、何をしていたかなんて隠そうともしない。
「ん? 弟。おれの」
振り向いて理玖が言った。中から「えー、絶対可愛い、見たいー」と甲高い声が上がった。理玖は無視して向き直った。
「で、どした、凛」
「りっくん、後でいいからおれの部屋来て」
凛が見上げて、理玖の手を掴む。凛の成長期はまだ訪れておらず、理玖の胸の高さくらいが視界だった。細く薄い、けれどきれいな筋肉のついた胸板を見て、凛はいつかこうなれるのかなと思った。
見上げられた理玖は、少し眉を寄せて凛の頭を撫でてから、少し屈んだ。
「なんで? なんかあった?」
昔から変わらない、甘く優しい声音だった。
「うん、怖い動画見てたら寝れなくなった」
「はは、何やってんの。おまえ怖がりなのに、ひとりでそんなの見たら駄目じゃん」
「ごめん。でも、ホント怖くて一人でいるの無理。一生のお願い」
理玖が溜息を吐いた。
「一生のお願い何度目だよ。ーーちょっと待ってな」
一度扉が閉まり、それから、中で話し声がして、女の声が少し強くなった。5分ほどしてまた扉が開いた。廊下にきんきんとした声が響いた。
「こんな時間に女の子一人で帰らせるなんて、理玖最低ー。来週学校で全部言うよ」
「駅まで送るって言ってんじゃん」
「そーいう問題じゃなくない?」
理玖は返事をせず、廊下を歩く音がした。
「ちょっと、理玖」
「まだ文句言うならもういいわ」
理玖は先に立ったようで、さっさと一人で階段を降りる音がした。
「え、ちょっと、待って。待ってってば、」
慌てた高い声が続いて階段を降りていく。その後玄関の扉の開閉音とともに、家の中は静かになった。
凛はベッドで布団に潜り込み、携帯でくだらない動画を見て時間を潰した。
半時間ほどして、玄関の扉が開いた。一人分の足音が階段を登ってくる。そのまま、凛の部屋の前に立った。
「りんー? 寝たー?」
理玖の声だった。凛はすぐさま起き上がり、「りく、来て」と大きな声を出した。すぐに扉が開いた。
「うあー。外、寒かった」
「入る?」
「入る」
冷たい空気を纏い、理玖は凛のベッドに潜り込んだ。
「おそいー…」
「ごめんて。でも友達来てたんだから仕方ないだろ」
「さっきの人、帰ったの」
知らないふりをして、凛がたずねる。布団の中で、理玖は答えないまま凛を抱き込んだ。冷たい腕は、強く凛を抱く。
「りっくん、ごめんね」
分かっていて、凛は謝罪を口にする。理玖は自分にはすこぶる甘いから、理玖は必ず許してくれる。そしてこうやって抱きしめてくれる。
それを知っていて、凛は理玖の前で可愛い弟の顔を見せる。
「いい。なんかめんどくさかったし、凛大事だし」
理玖はとても容姿が良くて、相手の女の子は引くて数多でキリがない。
凛は腕の中で少しだけ息を止める。誰かの気配がまだ残ってる気がして、服の端を強く握る。
「おれも、理玖が一番大事だよ」
理玖が「そっか」と笑って、凛の頬を撫でる。その手の温度は、まだ冷えたままだった。




