第14話「拍動」
「危なかった~…!
ちょっと不用心だったな~…」
聞きたいことは山ほどあった。
先程の一撃を受けて生き延びた人間はいない。
回復魔法で回復した。
だが、そもそも治癒するよりも先に絶命する。
それは、反撃を予測していたのか?
予測していなかったとしても、
反応しきれていたのか?
「成程。
ちょっとやそっとでは壊れないようだな。」
しかしそれ以上の速さで
理性が、忘却の彼方へ追いやられる感覚を覚える。
目の前にいる天使に向ける疑問は、遥か遠くへ追いやられる。
「へぇ…?
それは、スイッチが入ったの?
それとも、壊れたの?」
「さぁな。
もう一回見せてみろ、
さっきの動きを。
俺に剣を振り抜かせた、その動きを。」
「う~ん…
いいけど、ごめん。
その前に、君のさっきの一撃を見せて?
私としても意外だったから、
ちゃんと見せて?」
距離を詰める。
一閃。-殺意
止められた。-興味
走る。見えない。響く。
また、
走る、見えない、一閃、響く、
飛び交う閃光、全て、一瞬。
見えない、当たらない。
衝突、その響きだけ。
まるで打楽器、とてつもなく速い、ビート。
気が付けばクリスも奏でていた。
美しく、鋭い閃光が交錯する、
狂想曲を。
高く高く、跳躍していく。
ビートも和音も、この上なく重なり続けていく。
「やめなさい!!」
最早、引き裂かれた橋に到達しようかとしていたところで
凛とした声が澄み渡る。
「げっ…!!」
遥か上空に跳んだ状態で目の前の天使が初めて焦りの表情を見せる。
「げっ…!!
じゃない!!
早く降りてきなさい。」
クリスも同じように、我に返っていた。
久方ぶりに見せた、『殺意』。
ナイトを辞めて以来、どんな状況に陥っても、それだけは抑えていた。
いや、正確には殺意を感じたことは一度もない。
結果として殺した。それだけのこと。
故に、生まれて初めて生まれた殺意。
それ程まで己を極限化に導いた謎の女性。
そんな彼女が見せる焦りの表情。
少し安堵する。
「…ごめんなさい。」
「分かれば宜しい。
申し訳ございません、うちの娘が…」
「いえ、こちらこそ、申し訳ありませんでした…
ご息女を危険な目に遭わせてしまい…」
「どうせ、このコがちょっかいかけてきたんでしょう?
どうなの、ハンナ!」
「ごめんなさい~~!!」
殺そうとした、殺し合った。
二人とも生きている。
クリスにとって、奇跡、
しかし彼にとって奇跡であるはずの光景が
いつの間にか「ハンナ」と呼ばれた女性と、
その母親の人間らしいやり取りで一気に日常になる。
「全く…何もかもが、狂っているな…」
そんな皮肉をつぶやくクリスは、少しだけ笑っていた。
「申し遅れました。
私は、マリア・ヴァレンタイン。
この子の母親です。
あなた、どうせ自己紹介もしてないんでしょ?」
「だから、ごめんって!!
…本当にごめんなさい。
私はハンナ・ヴァレンタインです。」
「ああ。
…いい名前だ。
私こそ名乗るのが遅くなり、失礼奉った。
私はクリス・ルノワール。」
「…いい名前ね。」
「でも、すごいんだよ、お母さん!
この人…クリスさん、
上の吊り橋に棲みついたズーを倒したんだって!」
「だからって、それがアンタがちょっかいかける理由になってない!」
「ですよね~…
本当にごめんなさい!クリスさん!
お詫びじゃないけど、
疲れてるでしょ?
今日はうちに泊まっていってよ?
詳しい話も聞きたいし、
力になれるんなら、なりたい。
いいでしょ?お母さん?」
「勿論。
ハンナの言う通り、
今日までと言わず、しばらくゆっくりしていってくださいな。」
ハンナの変わりように、驚かなかった。
ただ、静かに、自分のことを思う。
-そうだな…
俺も…そうか…
「分かりました、お言葉に甘えさせて頂きます。」
「ええ。
ただ、クリス君。
聞かせてね?
あのズーを倒すには、何か理由があったんじゃないの?
そして、貴方の強さ。
差し支えのない範囲で構わないから、
貴方の話を聞かせて?」
「…分かりました。」
クリス自身、分かってしまっていた。
逃げられない
その言葉は諦念からくるものではない。
そして自身でも、不思議なくらい分かってしまった。
笑顔なことに。
多分、ホークやソフィアは
「気持ち悪っ!」 と言うだろう。
招かれた家は簡素だった。
しかし、慎ましい。
「何飲む? 一応、お酒もあるけど。」
「いえ、遠慮しておきます。 水で大丈夫です。」
不思議なほど落ち着いていた。
これまでのことを話す。
キングダムを解放して、ギリサへ向かっていたこと。
その道中でズーを倒すために
吊り橋を叩き割って谷底へ落下したこと。
そして、自身が元帝国兵、ナイトであったことも。
その理由までは話さなかった。
まるで、促すかのようなマリアの姿勢。
話すことも、話さないことも、
完璧な誘導だった。
「なるほど。
…じゃあ、橋を渡ったお友達は
もうギリサに着いてるかもしれないわね。
あの橋を渡れば、アクロ神殿まですぐだから。」
「はい。
別に、追いついて、
アルベルト王の言う通りにする必要性は感じていません。
ただ、まだ彼らには僕が必要だと思います。」
「分かりました。
ハンナ? さっきからウズウズしてるみたいだけど、大丈夫。
アクロ神殿まで案内してあげなさい?」
ハンナが天使なら、
マリアは聖母だった。
慈しみ、優しさだけでない。
厳しさ、そして導く強さを抱えている。
母の言葉を聞き、ハンナは喜ぶ。
「貴女は貴女で、クリス君のことをもっと知りたいと思ってるだろうし…
でも、約束して?
余り踏み込まないように。」
「分かってるよ、お母さん。
それに、多分、
クリス君のお友達の力にもなれると思う。」
「慢心は禁止!
…でも、そうね。
不束な娘ですが、あなた方の力になるはずです。
宜しくお願い致します。」
「とんでもございません。
むしろ、申し訳ございません。
大切なご息女を、危険な道中に…」
「そう、だからクリス君も約束して?
知っての通り、ハンナは無茶する。
それを止めてほしい。」
「分かりました。」
そうして夜がふける。
「あ~…何だかんだ疲れたな~…
そりゃあそうか…
あんなに強い人がいるなんて。
初めて本気出したかも。
楽しかったけど。
まぁ…
生きてて奇跡だったかもしれないな。
今度こそ、お母さんに感謝しないと…」
何か話声が聞こえる。
母、マリアとクリスが何か話しているんだろう。
少し気にはなったが、
ほとんど初めて経験する疲労感にハンナの意識は呑まれ、
すぐに眠りに落ちた。
朝が来た。
「クリスさーん、起きてるー?」
ハンナが戸を開けると、
クリスは既に出立の準備を済ましていた。
「…寝たの?」
「少しはな。」
「じゃあ、行こうか。」
始まる。
もう不協和音は消えていた。
それどころか、とても馴染むように感じてしまった。
それは、お互いに世界から隔離された者同士だからなのか、
狂想曲を奏でたという一体感だからか。
今はどうでもいい。
ただ、クリスは感じていた。
「ああ、そう言えば、俺の知り合いの熱血バカが言っていたな。
背中を預けられる安心感…って…」
「え?私、大丈夫そう?」
「本気で言っているのか?」
茶化し合う、
本当にお互いの実力を認め合った仲だからこそ、嫌味にならない
些末なやり取り。
ただし、クリスからは昨日のような笑顔は消えていた。
「え~?笑わないの?
結構、よかったのに。」
「ふん…昨日はたまたま興が乗ったからだ。
どこにいけばいい?」
いつものように、彼、彼女らにそうしたように背を向けてハンナに問う。
「そこに道があるでしょ?
そこを真っすぐ。」
「…森を抜けたりしなくていいのか?」
「うん。実は、ここからそこの道をまーっすぐ行くだけ。
この辺の人達、吊り橋を渡らないとフィレンツェとギリサを行き来できない、
って思ってるみたいだけど、
文字通り危ない橋を渡る必要もないんだ。
橋の前に林間エリアがあったでしょ?
あそこから、ここに降りてくる道があって、
で、そこの道をまっすぐ行けば実はギリサまで行けるんだよ?
急がば回れ、っていうか、
まぁこれぞ本当の意味の「吊り橋効果」、みたいな?」
「こいつは一本取られた、とでも言うと思ったか?」
「はいはい、「そうと分かれば四の五の言わず行くぞ?」でしょ?」
ケタケタ笑いながらハンナが言う。
緩やかな坂道を歩く二人。
静かだった。
視界に映り込む、真っ二つになった吊り橋が、
よりその静けさを際立たせる。
ハンナ曰く、モンスターもほとんど出てこない。
ズーが住み着いたせいで、逆にこの一帯のモンスターが縄張りを失ったそうだ。
そういえば、フィレンツェの人々も言っていた。
安心した瞬間、クリスが構える。
「どうしたの!?」
それに応じてハンナも身構える。
脇に鬱蒼と茂っていた木々の中から、足音が聞こえる。
それも、金属じみた足音。
「どうして…ここにいる…?」
何度も聞いた、うんざりするほど、聞いた。
そしてそのリズムも、飽きるくらい感じた。
「久しぶりだな、クリス。」
目の前には金色の鎧に身を包んだ男がいた。
「あ…」
クリスでさえも、興味の対象と捉えた天使は、
すぐに理解した。
金色は、自己顕示欲の現れ、
細く、鋭くこちらを見つめてくる紅い瞳は
まるで獲物を見つけた蛇のよう。
いや、理解するというよりも、
感じ取ってしまった。
目の前に現れた男の危険性を。




