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13/20

それぞれの再会、薄れゆく恋慕


辺境警備隊長ユーコウの朝は、腕相撲から始まる。


「だーー! 今日も負けた! ダノンさん強すぎっす!」


「惰弱だなー。都会のモヤシは。しがない鶏農家にも勝てんかー」


机ごと倒され、尻餅をつくユーコウ。

勝利のマッスルポーズを決める鶏農家。

見学と卵拾いにきた子どもたちから、歓声が上がった。


「けーびたいちょー弱えー!」


「またじーさんに負けてやがるのー」


鶏農家のダノン爺の経営は、たいそう杜撰である。

鶏小屋は常に開放され、近所に住む子どもたちに卵を拾わせ、最近では辺境警備隊長のユーコウにも拾わせている。


腕相撲に勝てば、卵拾いは免除。

労働せずにオムレツにありつけるって塩梅だ。


ユーコウと子どもたちが去って15分後。

ダノン爺がだらだらと新聞を読むテラス席に、パトレシアがやってきた。

本日はお日柄も良く、王都のお土産を館周辺の民家に配りにきたのだ。

辺境の地は自給自足が原則で、民は互いに助け合って暮らしている。お土産は、必須なのだ。


「おや、パトレシアお嬢様。おはようごぜーますだ。美味そうなジャムですな」


「おはよう。ダノン爺。王室御用達ですって。それにしても、朝から精が出ますわね。腰は平気なの?」


「へへ。剣術大会とやらでお嬢様を負かした、敵討ちでごぜーますだ」


「嘘おっしゃい。腕相撲の相手ができて喜んでるくせに」


ダノン爺はかつて、風龍イフリートを駆るドラゴンライダーだった男だ。

南国生まれの流浪人で、龍と共に世界を飛び回っていたが、腰を痛めてライダーを引退し、この地で隠居を決めた。

イフリートは空のお散歩に出かけ、ここ15年ほど不在である。


「先輩ったら、あの様子では、あなたのこと本当に一介の農夫だと思ってますわよ?」


「いやー、流石に思ってないっすよ」


いつの間に戻ってきたのか。両手に6つの卵を集めたユーコウが、パトレシアの背後から声をかけてきた。


「あら?」


「お久しぶりっすね。辺境候令嬢パトレシア様。自分のこと、覚えていらっしゃいますか?」


「ええ、もちろん。ユーコウ先輩。ウェンディの恩人を忘れたりなんかしませんわ? 先輩のワイバーンはウェンディの彼氏ですのよ。ご存じ?」


「はい。全然乗れてないのに、面目ないです」


「ご謙遜を。ワイバーンは、素質がない人間は騎手に選びませんのよ」


「光栄っす」


言葉は雑だが、すばらしく堂に入った騎士の礼だ。

ダノン爺は、1ヶ月前の新聞を畳んでニヤリと笑った。


「なーんだ、隊長にバレておったか」


「ドラゴンライダーは気配でわかるっす。前の職場にいたし。奥さんの3メートル以内に近づくと威嚇してくるんで。仕事だっつーの。あ、学校にもいましたね」


「……聞かなかったことにしますわね。それ」


パトレシアはそっと目を逸らした。

多分これ、国家機密だ。まあ、ワイバーンやシーサーペントと会話できる時点でそんな気はしてたから、公然の秘密なんだろうけど。口に出したらいかんやつだ。


「しゃあない。ドラゴンライダーは一途なんじゃ。ワシかて、婆さんの位牌に近づく男は、もれなく投げ飛ばしたくなるでの」


「下宿先を掃除してたら投げ飛ばされるって、それもすっげー理不尽っすよ?!」


代々、辺境警備隊長は、この老人の家に下宿している。

そして、もれなく投げ飛ばされている。

ユーコウも前任者に「一度は投げられるから、覚悟するように」と忠告されたクチだ。


それでも下宿先をチェンジしないのは、爺が作るオムレツが絶品だからだ。

他の隊員たちも概ね近所に下宿して、ふわふわのオムレツ目当てに卵を拾いに来るくらいだ。


「さて、朝餉を作ろうぞ。お嬢様も食べていくかね?」


「もちろんですわ! ダノン爺のオムレツは世界一ですもの! ね? 先輩!」


「あ……はい」


満面の笑みに、ユーコウは思わず真顔になった。

走ってもいないのに、何故か心臓がバクバクしはじめた。

「なんだ、これ?」とひとり混乱するユーコウ。

んなこたー知ったこっちゃない。オムレツ楽しみ! なパトレシア。

腰痛持ちの老人は「春の兆しかのう」とニヤつきながら、勝手口に向かった。






新辺境伯の領地は、辺境候領の南部にある。

やはり国境に面しているから帝国の猛威もあるが、大蛇獣バジリスクの被害が最も多い地域でもある。


パトレシアは早速、人員の配置を決め、実際にかかった費用や、報告書をまとめる業務についた。

パトレシアが学園に行っている間、家族が頑張ってくれてきたのだが、いかんせん義姉ヒミリ以外は、事務仕事の苦手な人たちである。そしてヒミリは辺境候でいっぱいいっぱいである。


「なんといことでしょう。書類が全員迷子だわ……」


執務初日から、パトレシアはがっくりきた。

たまたま護衛をしてくれたユーコウも、なんか唖然としている。


「ヤバイっすね、これ」


「全てが問題だらけですが、まずは、あなたたちの給料明細が資材の明細と混ざってますわ……!」


「自分、手伝います。建築現場からも、学園卒の騎士を引き抜いてきます」


結局、辺境警備隊が新辺境伯の事務補佐を引き受けることになった。

ユーコウは、若手騎士を3人つれてきた。

ふたりは学園時代からユーコウに憧れていて、ユーコウの転属についてきた准騎士だ。実家の領地運営を補佐した実績がある。

もうひとりは、なんと放課後演習倶楽部の先輩だった。正騎士試験に合格したタイミングでパトレシアが新辺境伯になると知り、転属希望を出したという。


「自分、パトレシアお嬢様のお陰で正騎士になれたんで。恩返しにきました。こき使ってくださいね」と。


学園卒の騎士たちは、実に優秀だった。

書類のラベリングを安易と行い、急ぐものとそうでないものを仕分けし、父たちが突散らかした執務室を綺麗に掃除してくれた。ユーコウに至っては、紅茶まで淹れてくれた。


「実はうちの家令、8桁の計算までしか役に立ちませんの。

私とヒミリ義姉さま以外の家族は、6桁でギブですわ」


辺境侯爵領の運営は、実質、兄嫁のヒミリが牛耳っている。

南の小国の末姫は、どの国に嫁ごうが降嫁しようが適応できるよう教育を施されてきたのだ。

結果、数字が絡むと、子飼いの子爵や男爵の家令たちまで泣きついてくる。ヒミリは金品はうけとらないが、子どもの髪を切りたがる。領内でマッシュルームカットの子どもを見かけたら、親がヒミリに泣きついた証拠である。

パトレシアの打ち明け話に、男たちが吹いた。


「いや、ありえねーっす!」


「ヒミリ様すごい! えらい平和に征服されてるし!」


「でも、お嬢様も、数字にお強いですよね」


「私は、フレデリック殿下の側妃候補でしたもの。ヒミリ義姉様から、ご自分と同等かそれ以上の教育が必須と仕込まれました。まさかこんな形で役に立つなんて、人生は何があるかわかりませんわね」


言いながらパトレシアは、あれ? と首を傾げた。

失恋から半年。馴染みの悲しみが、切なさが、悔しさが、湧いてこない。嘘みたいに凪いでいる。

周囲の方が、気を遣ってワタワタしているくらいだ。


「自分も、親衛隊で『これ、一代騎士に必要か?』って知識を大量に課せられましたが、まさかお嬢様のお役に立てるなんてね。習得してみるものですね」


少々重くなりかけた空気を、ユーコウがサラッと流してくれた。


「隊長、紅茶淹れるの上手いっすもんね」


「確かに。王宮の侍女でも、こんなに上手い方は、なかなかおりませんわね」


「妃殿下が茶会で無茶振りするんですよ。騎士の紅茶はいかが? って。猛特訓しない選択肢がないんですよ」


「まあ! それはミネルヴァ妃殿下に感謝しなくては!」


パトレシアが笑い転げると、ユーコウは「うし、ミネルヴァ妃殿下に、乾杯」と、ティーカップを持ち上げた。

部下たちも「乾杯!」と、気持ちよくティーカップを掲げた。




隊長の人柄か、今回の辺境警備隊は、明るくて元気な若者が多い。

閑職の悲哀がない。

ベテラン勢も「先輩の測量技術、すげーっす!」「投石器の演算、パネェっす!」と若手に持ち上げられて、いつもの年より表情が明るい。


辺境警備隊長のユーコウは、部下といるときは明るくて人当たりが良いが、ひとりでいるときは辺境槍をさらいなおしたり、相棒のワイバーン「ラウド」の騎乗練習をしては、初動で転げ落ちたりして、何かしらの「鍛錬」をしている人だ。


学園時代は追放竜の一件以来、たいした接点がなかったから、やたらモテるけど鼻にかけない気さくな先輩くらいにしか思っていなかった。近くで仕事をしてはじめて、存外負けず嫌いでプライドが高く、自らを追い込む性質に気がついた。


「せーんぱい」


見かねたパトレシアは、夜明け直前の屋外闘技場でひとり槍の型をさらいなおしていたユーコウに、声をかけた。

槍を持つ横顔は痛々しいほど真剣だったが、パトレシアの姿が目に入ると、自然に人懐っこい笑顔を浮かべた。


「パトレシアお嬢様。おはようございます。もしや、石材の書類と格闘して徹夜ですか?」


「はい、仲卸の仕入れ先を変えれば、質を落とさずに安くできますもの。諦めませんわよ」


「ははは。あまり無理なさらないで下さいね」


朗らかに笑うユーコウに「先輩もですよ?」と、持っていたハンカチーフを渡した。自分とウェンディと試合した時は汗ひとつかかなかったのに、額にも頬にも玉のような汗が流れている。


「先輩、ちょっとお時間あります?」


返事も聞かず、パトレシアは自らの角笛を吹いた。

輝きはじめた東の空から、深紅のワイバーンがやってきた。パトレシアのウェンディだ。

ワイバーンは陽が落ちると眠くなり、朝日を浴びると目が覚める、やたら健康的な生き物である。

ウェンディが軽やかに着地すると、パトレシアはユーコウに手を差し伸べた。


「先輩に、見てほしいものがあるんです」と。




赤い翼の飛竜は、沼とも湿地ともつかない巨大な水溜りを旋回し、やがて小高い陸地に着地した。

ワイバーンは初動なしで停止するのだ。ユーコウはしょっちゅう投げ飛ばされているが、「3のタイミングで体を後ろにそらしたら、私に思い切り抱きついてください。1、2、3!」の指示で、わけなく着地できた。

前に乗っていたパトレシアを後ろから抱きしめる形になったわ、うっかり豊かな胸に腕が当たったわ、髪からは良い匂いがするわで、ユーコウは内心焦りまくりだ。

本人は「できたじゃないですかー!」とニコニコしているが。


「お嬢様……。なんつうか、いろいろ心臓に悪いっす」


「先輩は運動神経が良いですから。たくさん乗れば、慣れますよ」


ついでにいえば、会話が噛み合ってない。


追求するのも野暮なので視線を外すと、巨大な水溜りのそこここに、銀の翼竜ーーーデュポンが浅瀬で眠っている様が見わたせた。


「え?!」


デュポンたちは極力浅瀬に潜り、顔だけ出して、小さな子どもが真ん中にくるような陣形で眠っている。寝息もそよ風みたいに穏やかだ。

ユーコウが一度だけ戦った、命のやり取り以前に敗北した「追放竜」と同じ種族には、とても見えない。


「デュポンは同族愛が強いから、他種族に興味がありませんの。落ちた鱗を拾っても、全く怒りませんわ。卵の密猟者と他の人間を区別し、密猟者だけ攻撃するほど高い知能を持っていますの」


パトレシアの言う通り、まどろみから覚めた個体と目があったが、ユーコウなんか気にも留めずに二度寝に入った。


「……」


「老衰で亡くなる100体に一体ほど、死の直前に脳障害を引き起こして暴れる個体がいますの。同族で弔いますが、まれに生き延びる者がおりまして。それが追放竜です」


「ウェンディを追って来たやつ、病気だったんですね」


「はい」


「なんか……可哀想っすね。こうやって仲間と寝起きしたこと、覚えないっぽかったし」


ユーコウの呟きに、パトレシアは目を見開いた。

王都でこの話をすると「デュポンを絶滅させられないのか?」と、高確率で聞かれる。

『辺境槍で「追放竜」を倒せるのは、脳の一部が溶けて目玉の細胞が柔らかくなっているからで、健康な個体は目玉も硬くて槍を刺せない』と答えてはいるが、あまり良い気分はしない。

逆に、竜の眷属に騎乗を許される人間は、追放竜に同情する傾向が強い。相棒のワイバーンや退治に向かった仲間が殺されれば、殺した個体を恨みはするが、デュポンという種を根絶やしにしたいという発想にはならない。

ユーコウも、こちら側の人間だったのか。

ラウドがユーコウを選んだのは、愛しいウェンディを助けた恩人枠だと思っていたのだが……どうやら、違ったらしい。


「元ドラゴンライダーのダノン爺が言っていました。同族愛の強いデュポンは、自らが追放竜になることを恐れていると。なったら、即座に殺害して欲しいと望んでいると」


「……!」


「だから、私たちは沼の賢者デュポンを尊敬しているし、追放竜の殺害を迷わないんです」


「……そっか」


人懐っこいユーコウが、陽気者の仮面をかぶりそこねて、翼竜たちを見渡している。

その横顔があまりに真剣だったから、パトレシアはそれきり何も言わなかった。

朝日を浴びる眩い水面も、デュポンたちの銀の鱗も、風に揺れる湿原の草も、ウェンディの可愛くて大きな黒い目も、ユーコウのまなざしも、目に映る何もかもが、美しく光り輝いて見えた。




それ以来、ユーコウは自らを追い詰めるような鍛錬をしなくなった。自らを高める鍛錬をするようになった。

対人面は、彼らしい自然体のままだ。

人を拒まない。過剰に求めない。

ありのままの関係を、そのまま肯定する。

それでいて人が好きだから、人に好かれる。

新興伯爵として人の上に立つ者として、見習うべき点がたくさんある人だ。やっぱり、すごい先輩だな、とパトレシアは思う。


日々、春の色が濃くなる故郷で過ごし、辺境警備隊員たちと仕事をしているうちに、パトレシアはいつしかフレデリック殿下の夢を見なくなった。


初恋の王子様を、思い出さなくなっていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 何だか和みますね、辺境侯領。いわゆる牧歌的な風景じゃないのに何故でしょう。猛者と筋肉の産地なのに。むっちゃ帝国との火種が燻ってる場所なのに。不思議。 でも好きです。 [一言] >奥さんの3…
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