紅蓮の騎士様は、射干玉の騎士様と再会する
運命の歯車が噛み合ったのだろうか。
退学以来、連絡すらとらなかったディーンと再会した。なぜか、王都の書店で。
彼はアーチラインではなく、その婚約者のシンシア嬢に従って山のような医学書を抱えていた。
学生時代より顎のラインが細くなって、肩のあたりが逞しくなっただろうか。
「よう。ディーン、久しぶりだな。手伝おうか?」
気安く声をかけると、ディーンは本の隙間からこちらを見て、切れ長の目を丸くした。父方の祖母が東国人らしく、実にエキゾチックな容貌である。
「……ユーコウか! 久しいな! だが、伯爵令嬢を前に無礼が過ぎるぞ」
カートに本を乗せて腕を組むディーンの隣で、茶色の髪をお団子にして丸いメガネをかけた少女が、コロコロと笑い転げた。
「ディーンなんて、アーチライン様をアンタ呼ばわりするし、蹴りまで入れるじゃないですか」
「お嬢様! 俺は、貴女の従騎士としてですねー」
「その一人称からして『俺』ですし? 治さなくてよろしいですわ。ですからユーコウ・クボ様。このシンシア・フルートに気兼せず、どうぞ心のままにディーンに接して下さいませ」
鷹揚を装っていながら、かなり緊張しているらしい。頬は赤いが、小さな顔全体はどことなく青ざめている。本を抱く指も白く、わずかに震えていた。
ユーコウは小さな淑女に敬意を表し、その場で騎士の礼をした。
「初めましてシンシア嬢。寛大な御心に感謝申し上げます」
目が合うと、シンシア嬢はワタワタと視線を外し、ディーンの服の袖を引っ張った。
「わ、私、まだ選びたいから。ゆっくりお茶でもしていらしたら?」
「お嬢様をほったらかして、野郎と茶をすする意味がわかりません」
「え。私の目の保養に、ぜひ」
「ヤです。なあユーコウ、暇なら手伝ってくれないか? 実は、従者と御者が第一便を運んでて、もうひとりの従者が予約カウンターにいてな。肝心のお嬢様の護衛が、心もとないんだ」
「なら、本はオレが持つよ」
「紅蓮の騎士様に戦闘員を譲られるなんて、身に余る光栄だな」
ディーンは学生の頃のように邪気なく笑った。
相当腕を上げたようだ。自然体なのに、全く隙がない。
今のユーコウでは、ちょっと勝てないかもしれない。ぜひ手合わせしたい……じゃなくて。
結局、シンシア嬢のお買い物は、馬車を3往復させて完了した。少しでも心惹かれる医学書に出会うと、ドレスに目のない有閑マダムのごとき購買力で買い漁るのだという。
いつしかフルート家のタウンハウスは図書館と化し、観覧に限って学生たちに無料開放しているという。
「知を民に与えれば、新たな知が還元される。お父様の口癖ですわ」
「御礼に」と、タウンハウスの住居スペースに招待されたユーコウは、塩漬豚と香草の甘くないスコーンと、喉越しがすっきりする冷たいドリンクを振る舞われた。正式なマナーではないが、甘味があまり得意でないユーコウには、菓子と紅茶よりありがたく思えた。
そんでもって、さらに気を遣ったお嬢様に「思い出話も積もりましょうから、どうぞごゆっくり」と、違う護衛を伴って退場されてしまった。
レティシア王女と同じ歳のはずだが、背が低いせいか、細いせいか、服装か、髪型か、見た目はもう少し幼く見える。
「それにしても、ユーコウが医学書のコーナーにいるなんて。なんか意外だな。親衛隊って腕っ節より頭を使うんだっけ?」
お許しを得たディーンはタイを緩め、シンプルだが素材の良いチェアにドンと腰を下ろした。
プライベートは割とガサツな騎士様たちである。
「医学書ってゆーか、神経毒のレポートを書かなくちゃでさ。なんかさー、礼儀だ作法だ学識だ、学生時代よりよほど勉強してるし。お前が退学した時の予言が的中して、びっくり」
「親衛隊には必要なスキルだろ? がんばれ」
「まーね。ていうかお前、やたら強くなってね? アーチライン様の介護だけしてたって身のこなしじゃないだろ」
リラックスしていたディーンが、急に真顔になった。
軽く言ったつもりが、けっこう重く受け取られたみたいだ。
「学べる土壌があるなら、貪欲に学んで身につけるべきなんだよ。知恵でも武力でも。足りなかった俺は、ーーー守れなかったから」
「ディーン?」
ディーンは射干玉の黒髪を、長い指でくしゃっとした。
笑っているけど、笑っていない。
いや、笑えないのか。
「他言は無用だ。2年前、アーチライン様の想い人が亡くなった。俺の家に仕えていた年若いメイドでね。死因は自殺、に見せかけた毒殺だ」
ディーンは語尾だけを一際低い声で、耳打ちした。
ユーコウはあえて表情を動かさなかった。本気で驚いた時ほど動揺を表に出さないのは、親衛隊員の癖みたいなものだ。
「当時はオレも学生で、現場を守る義務はなかった。だが、主君の心も、愛する女も守れず、何が従騎士だ? 射干玉の騎士? いや、抜け作の騎士だろう」
「……。」
「自殺じゃないってわかって、葬式をやり直した直後から、主君の心身が急激に荒廃した。呑気に学園なんか通ってる場合じゃなかったよ。オレは宰相様に紹介状を頂いて、辺境軍で鍛え直してもらった。医学はさっぱりだから、主君の心身はフルート家の精鋭に任せるしかなかったしな」
シンシアの生家フルート伯爵家は、一族全員が医師免許を取得し、国内の医療、看護、介護を包括する医療福祉のエキスパートである。
伯爵自らが現場に立ち、貴賤を問わず重症患者の命を優先するので、社交界での評判は芳しくない。が、廃人寸前だったアーチラインを復学できるまでに回復させた功績から、シェラサードの一門からは神のように崇められているという。
「シンシアお嬢様は、フルート家とシェラサード家の愛し子だ。俺の剣を信じ、従騎士に任命して下さったアーチライン様の為にも、今度こそは守り抜く。それが、俺という騎士の誓いだ」
ディーンの拳は強く握られて、かすかに振るえていた。
これが、この場で彼がユーコウに言える精一杯なのだろう。
ユーコウの脳裏に、フレデリックの言葉が蘇る。
ーーー『はあ。うちの妹、社交界の噂ではすこぶるモテモテなんだよね。アーチが降嫁を望んでるなんて、ありえないデマも消えないし』
ーーー『おかしいよねえ。レティシアを筆頭遣帝女に推してる最大勢力って、シェラサード派閥なんだよ』
ーーー『娘を遣帝女にしたくないアリスト派閥より強硬なんだよ。降嫁と真逆だよねえ。不思議だよねえ。なんでと思う?』
あの日、フレデリックは、なんでもないみたいに笑っていた。
あの抜け目ない王子が、何も知らないわけがない。全てを話すわけもない。
とにかく、ユーコウが進む道は決まった。
「話は変わるんけど。オレ、何故かレティシア王女の親衛隊に移籍したがってるって噂になってるんだわ。不思議なことに。否定すると、照れてるって話になるんだわ」
ディーンの右の眉がピキッと動いた。
「ちょっち剣術トーナメントで優勝して、サクッと転職キメたくてさ。時間がとれたら、鍛えてくれんか? 接近戦はそれなりなんだけど、持久力が落ちた。マジでやべえ」
「……いーけど。やるなら、絶対に負けるなよ?」
「勿論。オレを誰だと思ってるんだよ? 常勝無敗の『紅蓮の騎士様』だぜ?」
「『金糸扇子の棚に潜む、鉄ハリセン』の癖に」
「なんでお前が知ってんだよ?!」
楽しげな男子会は、後日バトルモードに化けた。美男同士のをやりとりを愛でたい趣味のシンシア嬢が、大喜びで差し入れを用意したのは言うまでもない。笑顔も眼鏡もキラキラであった。
護衛対象の腐敗した乙女心を、ディーンは知っていて流しているが、ユーコウは全く気がつかなかった。
知らないって、幸せである……。
1週間後の剣術大会で、ユーコウは全戦3分以内KOという快挙で優勝を飾った。
令嬢がたの黄色い声はなく、きらびやかな闘技場は沈黙に包まれた。
そりゃ、そうだ。
利き手を封じ、左手だけで優勝したのだから。
「学びは平等」が建前の学園時代ならともかく、地位も爵位もないユーコウが、ある種の国民的イベントで『接戦の末、華々しく優勝』なんかしたら、命取りである。
なんて難癖がつくか、どう引きずり落とされるか。考えるまでもない。
ならば、誰がどう戦っても勝てないくらい、ぶっちぎりに強かったら?
負けた騎士のプライドが傷つくどころか「かすり傷ですんだの?! すげえ!」ってレベルだったら?
ーーー難癖は避けられないにしても、八百長疑惑だけは湧くまい。
というわけで、ディーンが考えた作戦というか、無茶ぶりは『得意が知れ渡ってる二刀流を封印して、優勝しろ。制限時間は予選で3分、トーナメントは10分』であった。
それをどう聞き違えたのか、利き手を封じて全試合3分以内に終わらせてしまった。
客席のディーンが「やり過ぎだ。どあほう」と頭をかかえ、シンシアがキラキラ眼鏡で喜んだのは言うまでもない。
「ディーンの元カレ、すごい!」とか興奮してたけど、聞かなかったことにした。
試合前にユーコウが言っていた「ガチな人間兵器たちは公式戦に出ないから、ヨユー」は、もっと聞こえなかったことにしている。
ともあれ、令嬢たちは卒倒し、娘を持つ軍人たちはクボ家へのコンタクトを急いだ。もう、大混乱だ。
たまたま近くを通りかかって、たまたま試合を観賞したフレデリック殿下が、前例なくトロフィーを渡す場に乱入した。
「素晴らしい戦いだった。褒美をつかわそう。このフレデリックの権限が及ぶ範囲だが。して、なにを望む?」
確信犯に笑いそうになりながら、ユーコウは地に膝をついた。この2年で、すっかり男らしく成長した美丈夫を見上げ、恭しく告げる。
「恐れながら申し上げます。フレデリック殿下。近年、辺境に新伯爵家が立ち上がるとのこと。私、ユーコウ・クボは、辺境で己を磨き、国境を守る砦となりたい所存です。どうか私めを、辺境警備隊に配属させてください」
それは、場がひっくり返るような申し出だった。
花形部署に配置されて、武を望む騎士がいないわけではない。海軍への移籍なら、まだ前例がある。
だが、辺境だなんて。
サンドライトで最も貧しく、最も危険な、国防の最前線だなんて。
さすがのフレデリックも、予想外だったみたいだ。
鷹揚に頷きながらも、どこか呆気にとられている。
目をかけられ、世話になったが、同じくらいおちょくられてきたユーコウは、ちょっとだけ清々した気持ちになった。




