王妃親衛隊ユーコウの3年目
パトレシア 高等部1年
ユーコウ 正妃親衛隊3年目 少尉
深くものを洞察する性質ではないが、3年も在籍すれば身の振り方が見えてくる。
王妃親衛隊は確かに「場を豪華にする添え物」だが、決して無能ではない。知れば知るほど、騎士服を纏う頭脳集団だった。
だからーーー。
「正妃親衛隊ユーコウ・クボ! 違法薬物所持の現行犯で、コクトー子爵を逮捕しました!」
とある夜会のバルコニーにて、親衛隊長にグラスを渡そうとした男を取り押さえた。
「な、何をいっているのだ?! この男は」
「このグラスの中身を調べれば、私の部下と子爵のどちらが間違っているか、一目瞭然だな」
「くっ……!」
後ろ手で緊縛されながら、コクトーは周囲に視線をやった。
「あー。子爵様の私兵なら、まとめて昏倒させて縛っておきましたんで。誰も助けにこないっすよ?」
「ば、バカな!!」
「たかだか40人ぼっちで親衛隊長を誘拐しようなんて、ザルすぎっすよ。ねえ、キャピテーノ?」
「…………それは、警備隊の仕事ではないかね? クボ少尉」
「ノン。遅いっす。たったひとりの『お飾り親衛隊員』に遅れをとるなんて、ダメダメっす。警備隊のヤツら、鍛え直すべきっすよ?」
「…………………そうだな」
とまあ、親衛隊随一の武闘派として活躍していた。
親衛隊員は、出自の高い爵位持ちが多い。
貴族同士のいざこざで、強請られたり、狙われたりすることが多々ある。
だからユーコウは、「親衛隊の先輩と後輩を守る騎士に、オレはなる!」と決めたのだ。
本来の護衛対象のミネルヴァ王妃は、国王陛下の愛(物理)で過剰なほど守られているし。
フレデリックの推察通り、「王妃への襲撃を企む者は、する前から陛下に潰されている」のだろう。
大魔王…いや、国王陛下の大結界……いや、愛(妄執)ってすごい。
それをフツーに受け入れて、たまにしれっとスルーする正妃殿下もすごい。あれぞ、フレデリック殿下の両親である。
そんなわけで、近頃のユーコウは「紅蓮の騎士さま」にプラスして「金糸扇子の棚に潜む、鉄ハリセン」と呼ばれている。
間違ってはいないが、学友たちに会うたびに爆笑される花形騎士って、いったい。
秋のバラが綻び始める頃だった。
自主鍛錬を終えたユーコウの前に、ひとりの少女が現れたのは。
「正妃親衛隊ユーコウ様。昨夜は、大叔父様を救って下さったのですね。ありがとうございます」
それは、高貴で可憐な少女だった。
学園の制服に身を包み、手を胸に当ててユーコウを見上げている。
「王女殿下の御前だ。頭が高い」
姫君の従騎士が、軽蔑した眼差しでユーコウを嗜める。
膝をついて騎士の礼を捧げると、少女は控えめに笑みを浮かべた。少女の背後には、従騎士がふたり。侍女が3人。やんごとなき王女殿下の御成である。
「大叔父様の恩人ですもの。発言を許しますわ。ユーコウ様」
それは、心に染みいるような、可憐で優しい声だった。
「ありがたきお言葉。自分は、ただ任務を遂行しただけにございます」
「まあ。ご謙遜を」
王女の笑みを見上げ、鈴が鳴るような声を聞いていると、何故だか頭がぼんやりしてきた。
言わなくちゃ。
この白魚のような指に口付けを捧げ、騎士の誓いをーーー
「やあ、レティシア。こんなところで寄り道してたのかい?」
その時、王太子の涼しげな声が、ユーコウの誓いを遮った。
一瞬にして我にかえるユーコウ。
自分は今、何をしようとした? 言おうとした?
「まあ、お兄様。おはようございます」
相変わらず、レティシアは楚々とした笑みを浮かべている。
「今日は詩篇の発表会だろう? 本番前に、けなげな成果を兄様に聞かせてほしいな」
「まあ。お恥ずかしいですわ。失敗してしまうかも……」
「心配しないで。小鳥のさえずりよりも愛らしいから。さあ、朝餉に行こうね」
「はい、お兄様。それではユーコウ様、ご機嫌よう」
温室の花のように嫋やかな王女様に、希少な輝石のごとく麗しい王太子。朝っぱらから、実にキラキラしい兄妹であった。
その日の夜、寮の私室には、クッキーと飴玉が下賜されていた。
クッキーはレティシア王女から。誰が検分しても問題なしの、礼儀正しいメッセージつきである。
もうひとつは、フレデリック殿下から。
瓶詰めの蜂蜜飴のようだ。成分表示によれば、媚薬と幻覚剤と自白剤の解毒薬が、けっこうな濃度で濃縮還元されている。
ていうか、もはや飴に扮した解毒剤である。
さらに、「信じる方の菓子を食せ」と、意味深なメッセージつき。
ユーコウは迷わず飴の蓋を開けて、3つほどまとめてボリボリ噛み砕いた。
ぶっちゃけ、すっげー不味かった。
飴を下賜されてから、1週間後の非番の夜。
フレデリックに謎の質問をされた。
「ユーコウ先輩、レティシアの親衛隊に移動したいって本当?」と。
現在、窓枠に踵をひっかけて絶賛腹筋中である。
王宮最上階の王太子の私室の窓を使って、腹筋。
下は石畳だ。
ちょっといや、かなり頭がおかしい。
「いや、ナイっす。ぜんぜん」
「だよねえ。じゃ、正式に内示を受けたら?」
「そりゃ、断る理由もないっすけど。ところで、なんで命綱ないんすか?」
「高所から落とされた時の受け身、教えただろう?」
王太子師匠のスパルタは、なかなかエグいかった。
おかげさまで、無手の至近距離戦術が向上した。なによりである。
「ま、解毒剤を10種類くらい追加するから。お大事に」
「はい?」
「気がついてるよな? レティシアの親衛隊が、少なからずみんなアレだって。健康診断じゃひっかからない種類の」
「……」
「証拠はナイけどね」
ユーコウは腹筋を続けながら、思案した。
物事を深く洞察する性質ではないが、その裏を想定できない愚鈍でもない。
レティシア王女については、「噂通り見た目は綺麗だけど、噂ほど出来たお姫様ではない」と思っている。
自己主張をほとんどしないので、優しいだの慈悲深いだという人物評価の裏付けがとれないからだ。不敬だから言わないけど。
真っ直ぐな金髪を背中に流し、緑色の瞳を細めて名もなき花を愛でる姫君。忠誠を捧げた騎士も少なくないと聞く。
ユーコウもあの日、確かにその衝動を覚えた。呆れるほど不自然な衝動を。
かといって、何かされた覚えも形跡もない。
だから、飴を選んでクッキーを捨てたのだ。
「近頃、宮廷雀たちがざわめいてるんだよ。紅蓮の騎士様が絶対可憐な王女への片恋に目覚めたって」
「ぶ!」
吹いたら踵が滑った。
「うわ!」
浮遊感の直後、力強い掌に足首を掴まれた。
フレデリックだ。片手でユーコウを持ち上げると、軽くはない体を軽々と引き上げてくれた。
ひらひらした瀟洒なブラウスがお似合いのキラキラ王子のくせに、すごい腕力と瞬発力だ。
そのまま室内にポイっとされたので、ユーコウは難なく受け身をとることができた。
「気をつけたまえ。本当に落ちたら死ぬから。さすがに」
「えーと。ありがとうございます?」
普通なら怒るところである。が、ユーコウは怒りの沸点が高いので、このくらいだとイラッともこない。
フレデリックは宝石みたいな青い目をパチパチさせて、「温厚かよ」と、ため息をついた。
「つうか、そのデマなんなんすか」
「まあ、エリシア側妃によく似た妖精系美少女ではあるけど。でも、まだ13歳だし。君、21歳だよね? まさかロリ……」
「いやいや、自分、子どもはムリです! 適齢期の家つき美女となら、すぐにでも結婚したいっすけど!」
「……正直すぎるだろ。はあ。うちの妹、社交界の噂ではすこぶるモテモテなんだよね。アーチが降嫁を望んでるなんて、ありえないデマも消えないし」
「アーチライン様が、降嫁を???」
なんか、どこかで聞いた話だ。
レティシア王女はアーチライン・シェラサードに降嫁する、とか。
ああ、去年、王太子妃の控室に呼び出してきた侍女が言っていたのか。
「いや、でも、違いますよね。アーチライン様は、シンシア ・フルート伯爵令嬢と婚約されたんですから」
「そうなんだよ。おかしいよねえ。アーチラインは自分の親より、さらにフルート伯爵を尊敬してるのにねえ。それに、レティシアを筆頭遣帝女に推してる最大勢力って、実はシェラサード派閥なんだよ。当主の娘を遣帝女にさせたくないアリスト派閥より強硬なんだよ? 降嫁と真逆だよねえ。不思議だよねえ。なんでと思う?」
「……えーっと」
もしかして今、ユーコウは、一介の騎士としては、遊泳禁止区に浮かんでいるのではなかろうか。
それも、めちゃくちゃ無防備に。プカプカと。
「大叔父が心配してたよ。キミはキミの身分じゃ断れない、めんどくさいタイプの女性たちに妄執されがちだって。これ以上モテたら、守りきれなくなるかもしれないって」
「隊長が……?」
「私が引き抜いてやりたいけど、うちの親衛隊には腹芸できない子はいないんだよねー。ま、ひとりくらいはお人好し枠があってもいいかな? 腕は悪くないし」
自らの親衛隊に、腹芸だけを求める王太子って、いったい。
そんな腹黒王太子から最大級に警戒される、一見可憐な王女って、いったい。
「手遅れになる前に、王宮騎士団剣術トーナメントへのエントリーをお勧めするよ。褒賞として、王太子親衛隊か、海軍への転属を希望したら? 」
美貌の王太子は、いつもの笑顔でサラッと言った。
欄外うんちく
正妃親衛隊の隊長はミネルヴァ正妃の叔父なので、側妃の娘のレティシアの親戚ではありません。
が、親衛隊の人事を掌握する素敵な大貴族なので、「大叔父様」と呼んで懐いてます。




