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2-32. 矛盾した答

他人に頭の中をまるごとぐちゃぐちゃにされたような、そのままミキサーにかけてしまったかのような衝撃に僕は襲われた。

立っているのもやっとなほど。スミレの記憶と僕の頭の中がリンクした瞬間に強烈な痛みが走った。

時にして一瞬。それでも僕は彼女がテトラス・エドに助けられた時のことを鮮明に思い出すことができる。

スミレの中にはっきりと残っているからだろう。同じくらいの強度で僕も共有することができた。


「ちょっと、大丈夫?」


急にぐらついたもんだから珍しくスミレが僕のことを心配してくれた。


「あ、うん。ありがとう」


正直なところ僕はまともにスミレの顔なんて見ることができなかった。

何故なら僕はスミレがエドに助けられた時のこと以外の、彼女のこれまでの生き様や気持ちまでも共有してしまったからだ。

果たしてそれは眼の効果なのか、それともスミレが望んだのか、はたまたエドに助けられた時に関連することだったのか、僕に今すぐ判断しろと言われても困り果てるしかないのだが、それでも素直にスミレに対する印象がガラッと変わったのには間違いない。


「で、どう?伝わったかしら」


「うん。僕にもわかったよ。スミレがエドに助けられた時のこと」


「本当!?それでどうだったかしら!テトラス・エドは実在するわよね!」


あれだけのものを見せつけられてしまってはエドが存在しない、とは言えない。

それはもうはっきりと、テトラス・エドは存在していた。

四神の名前で互いを呼び合う影のテトラス。

スミレを無償で助けていたことからも彼らを正義の味方といっても差し支えはないだろう。

それに犯罪を犯すような悪人には彼らの名前が知れ渡っていたことも事実のようだ。

スミレの祖父から記憶を奪ったあの男ははっきりと、「エド」と口にしたのだから。


「そうだね。テトラス・エドは実在したんだと思う」


「それで!私を助けたあの青いフードの彼は……」


「待って、スミレ。その前に僕は君に謝らなくちゃいけない」


早く同意が欲しいのかスミレは回答を僕に求めてきたけれど、僕は彼女に謝らなければいけないことがたくさんあるんだ。

それを差し置いていろいろことを前に運ぶことは僕にはできない。


「なによ」


「僕にはスミレがエドに助けられた時の記憶がはっきりとある。だけど、それに伴ってスミレの辛い過去や気持ちまで知ってしまったんだ。それだけは、謝っておきたい。ごめん」


僕はスミレに向かって深々と頭を下げた。

数刻の後、スミレはため息をついて、


「はぁ……、覚悟の上よ。当たり前じゃない」


「えっ」


「過去に沈んではいけない。当時はその言葉に何の意味も見出せなかったけれど、今の私はこの意味をしっかりと理解することができるわ。貴方に与えて後悔する私の過去なんて、今の私には存在しない。むしろこれは私が前に進むためのいい機会なのよ。今日があるから、貴方に私のことを知ってもらったから、私は二度と戦いで足を止めることはないはず。それは私のプライドが許さない」


仮面の襲撃の後にスミレが僕とアカネに対して激昂したときがあった。

自分が弱いんだ、それを笑いにきたんだろうというスミレの台詞も今となってはすごく合点がいく。

魔法は強くても心の弱いスミレはその辛い過去を僕に曝け出して心を強くしようとしている。

自分の内面をひけらかすというのは僕にはできない真似事だけれどスミレらしいといえばスミレらしいのかもしれない。


「……わかったよ」


それ以上は何も言わず僕はスミレの言葉を飲み込んだ。

それ以上のことを僕はすでに知っているからだ。

彼女の置かれた境遇も、背負ってきた使命も、彼女のこれまでの行動の意味も。全て。


「早く教えなさい。貴方の見解を。青龍と呼ばれていたあの人はロイなの?」


スミレの憧れ。そして目標。

青龍と呼ばれていた彼をスミレがロイと考えるのは、妥当、だと思う。

僕も彼女の記憶を共有しているから同じことを思った。

記憶狩りの時に感じた雰囲気や声色は今のロイにそっくりなのである。

青龍の顔は残念ながら拝むことはできなかったが、身長やぼんやりとわかった体格からもロイと言って差し支えないのかもしれない。


「僕もそう思った。だけど、そうだとしてもだ。ロイがそのことを覚えていないのはおかしくないかい?」


はっきり言おう。僕の中には矛盾しか生まれなかった。

スミレの見た青龍、それは僕の感じた青龍と同義だが彼はほとんどがロイだった。

しかし、ロイはそのことについて全く覚えてないという。

これには嘘、偽りは間違いなくないのだ。

もしロイの証言が嘘だと仮定するなら彼は心眼を偽ることができるということだが、はっきり言ってそれは考えにくいしあえてロイがそうする理由もないように思う。


「やっぱり、ロイに酷似した別人かあるいは青龍って人がロイを騙っていたか、何だと思う」


「ロイを、騙る?」


この矛盾だらけの事実に対して無理やりに回答を出すのであればそれまた無理やりな答えになるのだった。


「影のテトラスなんだろう。それなら自分の正体も隠すはずだ。ロイという形を真似ていたのかもしれない」


「ちょっと無謀かしら。私はそうは思わなかったけれど」


僕もはっきりと自信を持って言えるわけではない。

曖昧な答えなんだ。


「ただ僕には思いつかないよ。もういっそのことロイの記憶まで書き換えられてるんじゃないのか?」


「そんなことがあるのかしら。記憶の改竄や消去というのはそれ相応のリスクが伴うものよ。現に記憶狩りという未だ謎めいた事件は他に起こっていない。私も財閥という立場上様々な魔法を目にしてきたけれどそういった類のものはほとんど見たことないわ」


対象者からは目的の、行使者からは全ての記憶が消去される、だったっけか。

僕はいまいちそのルールにもピンとこないけれど記憶狩りのように逃げ道だってあるはずだ。

魔法は試行錯誤の結果確立された学問。僕たちの知り得ない解答があるのかもしれない。


「でもそう考えたら全ての辻褄が合わないか?青龍と名乗ってスミレを助けたのはロイで、ロイはその記憶をなくしている、あるいは改竄されているから嘘もついていない。全てが丸く収まるじゃないか」


「それはそうだけれど、誰が一体、何のために?」


「そんなの僕にはわからないさ。ひょっとして青龍もあの後記憶狩りにあったんじゃないのか?」


それが一番考えやすいシナリオなんだけれど。


「それはないわ」


「どうして?そこまで見たわけではないんだろう?」


「青龍があんな奴に負けるとは考えられないもの」


なんと強引な考えだ。

まぁそれでもスミレの言っていることは正しいのかもしれない。

1対4という戦闘状況で、無敵のテトラスの一員で、そしてロイであろう青龍という人物。

仮にロイだと考えても負けるとはそんなに考えにくいか。


「じゃあロイの記憶がおかしくなってるっていう説も違うかなぁ」


「そんなことはないかもしれないよ」


スミレではない。不意に後ろから声をかけられたもんだから心臓が飛び出るのかと思った。

だいたいこういう間の悪い時に現れるやつといえばチャイなんだが、あいにく今日に限っては議論の対象。本人の登場。


「ロイ、聞いてたのか」


「ごめん。ちょっと気になって」


これはとんだ失態をおかしてしまった。

ロイに隠れて彼のことをコソコソ調べようとしていたんだからどう思われても仕方がない。

いや、ちょっと待て。

どうしてロイがこの話に積極的に参加してくるんだ。


「いろいろ謝りたいことはあるんだけれど、その前に一ついいかい。そんなことはないって、どうしてそう思うんだ」


「君たちの考えていた通りだよ」


僕たちが、考えていた?


「ショウ、俺の本当の記憶が知りたい」

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