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第19話 試験結果

「テオ!? 大丈夫なの!?」


 ヘルヴェリカさんにズタズタにされた右腕を治療するためにギルドの診療室に移動すると、先に治療を受けていたセラくんがベッドの上で驚いた顔をしていた。


「俺は平気。セラくんこそ、お腹をかなり深くやられてたみたいだけど大丈夫だったの?」


 診察台に座り、治療術士が使う『リジェネレート』の魔法のじんわり温かい光に腕を任せる。出血が少しずつ治まり、傷口が閉じていく。


「無理やり当たりにいっても外れちゃうくらいだからね」


 そういってぺろんと服をめくって氷の剣に貫かれたはずのお腹を見せる。真っ白ですべすべなだけで、どこにも傷跡はない。優秀な治療魔法で傷跡も残らないほど綺麗に治してもらったみたいだ。


「でも、出血がそこそこあったからしばらく寝ておいてってさ」


「なるほどね、アルマさんは?」


 見ると、不機嫌そうな顔で部屋のベッドから反対側にあるテーブルにつき、何か温かい飲み物をすすっていた。


「なんだか機嫌が悪いみたい。そっとしておく? それとも慰める?」


「聞こえていますよ」


 それほど広い部屋ではないのだから、セラくんにはもうすこし声を潜めてほしかった。じろりと睨みつけられるような目線。


「それならちょうどいいや、テオに慰めてほしい? それとも放置がいいかな」


 セラくんが恐れ知らずにもずけずけと質問する。アルマさんは飲み物の注がれたカップに目を落とし、ぽそっと言った。注意していなければ聞き取れないほどの声で。


「慰めてほしいです」


 セラくんはすぐに僕の顔を見て、アルマさんが言ったことを聞き取れただろうと確信すると自分は聞いていなかったという風にごろりとベッドに寝転んだ。直前、アイコンタクトで何か応援か強要でもされたような気がする。


 かと言って、慰める言葉も思いつかない。アルマさんはうまく立ち回って追い詰めたけど、あれだけ苦労して負けてしまったのだから。


 少しの沈黙。先に口を開いたのはアルマさんだ。


「……勝ちましたか」


「え?」


「テオさんはあの人に勝ったんですか?」


 聞かれてちょっと迷う。勝ちは勝ちかもしれないけど、降参させただけだし、あの不明な魔法を攻略したわけじゃないし。でも、とりあえずは。


「うん、勝ったよ」


「そうですか」


 アルマさんの纏う雰囲気が和らいだ。「ふふっ」とセラくんの吹き出す声がアルマさんに聞こえていませんようにと思ったけど。


「はーい、試験結果です。ぱちぱちぱち」


 ギルドの診療所で治療を終えた僕らの前に、ぱたぱたと手を叩きながらヘルヴェリカさんが現れる。アルマさんは無傷だったし、僕も腕を少し切ったくらいなので治癒魔法をかけて包帯を巻いて終わりだったけど、セラくんはお腹を深く突き刺されたから一応ベッドで安静にということだった。


 致命傷ではないと分かっていても怪我をすれば心配になるし、事情を知らない治癒術士たちはさらに警戒してくれているみたいだった。ギルドの試験で人死にが出ても外聞が悪いというのもあるのだろうか。


「結果は……全員合格! おめでとうございまぁす」


 にこにこと笑いながら、ヘルヴェリカさんはまた拍手する。ベッドの上で半身を起こして聞いていたセラくんがぽつりと言う。


「負けても合格なんですね」


「ええ、実力を測るのが目的ですし、みなさんすばらしいパフォーマンスを見せてくださいました」


 ヘルヴェリカさんはまずセラくんに向かって言う。


「登録名セラ・ウユラさん。あなたは最大限自分の能力を伏せつつ戦いました。手の内を明かさずに戦う技術は一定の水準を超えていると判断します。さらに、高水準の回避技術を持っていることも推測されます。よって合格するとともに、その隠密性を評価して偽名でのEランク登録を許可します。おめでとうございます」


 セラくんは追われている身ゆえに本名のセラフィノ・ヴァロールで登録するわけにはいかなかったようだ。


 ヘルヴェリカさんからセラくんに鎖付きの小さな銅製プレートが渡される。これがギルドに在籍する証のようだ。


「やっぱり隠し事ってバレるんだね。気をつけるよ」


 受け取って首に着けると、白い素肌に銅の赤い光が煌めいた。


「次に、登録名アルマ・カルメヤさん。あなたは逆に自身の持つ力を最大限活用し、また観察によって私の魔法の弱点を暴いて奇襲を成功させました。私がギルドの試験官になってから文字通りに一矢報いたのはあなたが二人目です。今はまだ未熟ですが、今後の成長が確約されていると判断し、Eランクとして登録を許可します。おめでとうございます」


 アルマさんも銅のプレートを受け取るが、着けるのを渋ったようだった。


「これ、常につけていないとダメですか?」


「いいえ、ギルドにお越しの際や依頼者に会う時だけで結構です。ふふ、女の子ですね」


「そういうつもりでは……」


 いいながら、アルマさんはプレートをしまいこんだ。


「さて、登録名テオ・カルメヤさん。あなたは私を負かしました。その強さは疑う余地がありません。そこで、あなたを実技試験合格とし、次に面接試験を行います。これからギルド長室に移動しますのでついてきてください」


 えっえっ、この流れで僕だけまだ合格じゃないの?


「ふふ、合格とは言いましたがテオさんだけはまだ登録を許可しません。うふふふふ」


 心底おかしそうに笑う。凍えるほどの美人ながら白い花のように可憐に笑う人だ。


*


 二人に見送られて部屋を出る。廊下を通って階段を上がり、いかにも偉い人のデスクだと主張しているような机の置かれた部屋に通された。入り口の脇には応接用と思われるソファとテーブルが置いてあり、そこに座ることを促される。


 入り口をふさぐように立つツバキがいつでも刀を抜ける姿勢になっているのがどうにも気になるけど、先ほどからずっとむっつり無言のままだ。


「いくつか質問があります。虚偽があれば先ほどの比ではない魔法で対応せざるを得ません」


 声は柔らかいままだったけど、明らかに警戒色を伴う発言だ。いや、警戒というより、細心の注意を払って爆弾を処理しようとしている人みたいな緊張感がある。


「なんでしょう? 出来る限り正直には答えますが」


 僕も姿勢を正し、かつ敵意がないことをアピールしようとする。勘違いでさっきみたいに腕をずたずたにされたらたまったものじゃない。


「今からちょうど1週間前、ウユラの町の路地裏で腕部を破壊されたゴーレムが発見されました」


 言われてギクリとする。セラくんを襲っていた連中が操っていたゴーレムだ。


「このゴーレムは外殻こそ通常の金属でしたが、腕の一部に『骨』の役割として石化金属が仕込まれていました。破壊するには強力な魔法の行使か、またはそれ以外の特殊な方法が必要なはずです。これを行ったのはあなたですか?」


 セラくんの事情に関わる話だから言いたくないけど、話すと約束した以上は正直にならざるを得ない。僕は肯定した。


「では次の質問です。ウユラの町の南に位置する森で。“ブラッドムーン”と呼称されていた巨大なイノシシの魔物の死体が発見されました。これもあなたが?」


 あのイノシシ、そんな二つ名がついていたのか……おいしかったよ、ブラッドムーン。


「それは……俺一人じゃなくて、アルマさんと一緒に倒したよ」


「そうですか。最後に昨日ギルドに引き渡された盗賊団の頭領ですが、その証言に『何も分からないまま気絶させられた』というものがありました。また、他の捕縛された手下たちからは『気がついたらお頭が男に座られていた』と証言されています。それなりの手練れだったはずですが、脅威は感じませんでしたか?」


「俺一人なら特には。ただあの時は偶然乗せてくれた商人と、アルマさんやセラくんもいるなかで大勢に囲まれたから少し困ったかな」


 ああいう場面で、いざとなれば3人とも守れる方法はあったけど、やっぱり失敗して誰かしらが傷を負うような可能性もあった。あの時、ツバキが来てくれて本当に良かったと思う。


「なるほど、分かりました。我々ギルドはここ最近の正体不明の異常戦力の出現に困惑し、警戒していました。先の実技試験と今の問答を信じるなら、あなたがその正体ということになります。あなたが市民たちに対し危害を加える意思がなければ、ギルドとしては悩みの種が一つ減り、そして強力なカードを得ることになる。あなたの意思を聞かせてください」


 真剣な表情で見つめられた。氷の剣よりずっと鋭くて、でも懇願するような目をしている。


 僕は、真正面からその目を見つめ返して言った。


「無い。俺は誰かをいじめるなんて馬鹿なことだと思っているから。それはどんな程度の話であってもだ、そんなことをしても何も良いことがない。そして、もしそういうことをしようとしてる人がいたら、俺はそのままにしておきたくない」


 ゲーム内で荒らし行為をする人間は時折見かけた。彼らはそれを楽しそうに、きっと本当に面白がってやっていたんだろうと思うけど、僕は他人に嫌がらせをすることが楽しいことだなんて全く同意できないことだった。


「……ふふ、本当に正直に答えてくれたのね」


 本心からそう答えたのを分かってくれたのか、真剣そのものだったヘルヴェリカさんの顔が緩んだ。彼女は身を乗り出し、僕の手を取るとぎゅっと握った。


 花のような笑顔だと思っていたけど、目の前に迫った彼女の今の顔は、まさしく大輪だと思った。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。ヘリオアン支部長ヘルヴェリカ・フォルキットの名において、テオ・カルメヤのEランク登録を許可します!」


 彼女の白く柔らかい手がするりと離れると、僕のてのひらに冒険者ギルドの登録証である銅のプレートが輝いていた。

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