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第18話 一矢

「ええ、お覚悟を」


 言うと同時、アルマさんは素早く矢を放つ。しかし案の定というか、地面から生えた幅広の剣が盾となって矢を受け止めた。


 しかしアルマさんは動じることもなく次々と矢を放つ。矢は氷の剣で出来た壁を突き抜けることは出来ず、そのまま止められてしまう。ヘルヴェリカさんは涼しい顔だ。


 矢の無駄撃ちを気にした風もなく、アルマさんは氷の壁へ向かって駆ける。魔力の風を纏い、氷剣に突き立てた矢を足場に駆け上がった。


「この氷剣、“地面からしか”生やせないのではないですか?」


 トン、と剣を飛び越えるように天井すれすれまで跳躍し、アルマさんはヘルヴェリカさんに向けて矢を撃ち下ろした。


「お見事、正解ね」


 瞬間、剣ではない何かがヘルヴェリカさんの足元に出現した。それは急速に成長し、先端を膨らませ、そして6枚の花びらを開いた。矢はその『花』の花弁に受け止められ、ヘルヴェリカさんに届かない。


 アルマさんは氷の花に着地を試みるが、足が触れる瞬間に砕けて体勢を崩し、砂地の上に叩きつけられる。


「でも剣以外も出せるのよ?」


 余裕たっぷりの表情での微笑みかけを無視して、アルマさんはそのままヘルヴェリカさんの足元へ転がる。直後に地面から剣が現れ、難を逃れた形になった。


「そして、あなたのすぐそば、球状の範囲には出現できない」


 上体を起こして再び構えた弓には、3本の矢が番えられていた。


 ――『三叉撃ち』だ!


 先ほどのセラくんとの戦闘でナイフを指二本で止めていたことから、一本の矢を射るだけでは止められると判断したんだろう。3本を同時に射ることでどれかを当てようとしている。


「ふふ、正確には少し浮いた楕円形ね。自分に当てないようにしているだけだから」


「どちらも同じです」


 そしてアルマさんは矢を番えた指を離した。


 矢は、ぽろぽろと地面に落ちた。


「なっ!?」


 見ると、弦がぷらんと垂直にぶら下がっている。弓の片側を二本の小さい剣が交差していた。


 ちょうどハサミのように二本の剣を出現させることで、弓に張られた弦を断ち切ったんだ。


 アルマさんは咄嗟に弓を捨て、ヘルヴェリカさんへ立ち上がりながら横なぎに腕を振るった。その手にはいつの間にかナイフが握られている。


「柔軟ね、狙ったのかしら」


 それはセラくんが最初に投げたナイフだった。ヘルヴェリカさんがつまんで落としてそのままになっていたのを拾って使ったのは偶然そばにあったからなのか、それとも射撃を防がれることを見越してナイフに向かって転がったのか。


 とにかくナイフはアルマさんの手にあり、そしてその切っ先はヘルヴェリカさんの指先でぴくりとも動いていない。


「降参?」


「まさか」


 アルマさんの指先とナイフが銀の糸で繋がる。そしてナイフから手を離し人差し指をヘルヴェリカさんへ向けると、そこから矢が放たれた。


 矢を“顔に向かって生成する”ことで攻撃する試みは、ヘルヴェリカさんにとって予想外だったように見えた。ただし、それも彼女の圧倒的な反射速度で髪の毛をひと房だけ射抜くにとどまる。


「これでもダメなのですか!?」


 そのまま伸びきったアルマさんの腕を掴み、彼女を地面へと引き倒した。


「……かはっ!」


 着地が失敗したときの比ではない衝撃だったんだろう、アルマさんは短く呻いたけど、ヘルヴェリカさんはその首と手足に氷の枷を生成して拘束した。


「――はい、ここまで」


 アルマさんは悔しそうにしながらも、反撃の手が無いことを悟って静かに目を閉じた。


*


「はーい、次はお楽しみのテオさんね。うふふ」


 とうとう僕の番が回ってくる。アルマさんは怪我はしていなかったけど一応とのことで治療術使いたちに連れられて部屋を出ていった。


「よ、よろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いしますね」


 ぺこりと一礼、顔を戻してにこりと微笑んでくれた。美人な顔立ちだけど、今だけはなぜか背筋に冷たいものを感じる。


 右手に『トーチハンド』の魔法を使う。手に火を起こす魔法なので、明かりだけでなく熱源としても使えるはずだ。


「あら? その魔法で私の氷を溶かすつもりですか?」


「ちょっと、試してみようかなって」


「ふふ、それではぜひ挑戦なさってください」


 言うと同時、幾本もの氷の剣が砂を割って伸びてくる。僕はそれに向かって炎を纏った右手を振り払った。


 氷剣の群れは素手でもたやすく砕けてくれたけど、炎の熱というよりは単純な腕力で破壊した感じだ。


「不思議ですよね。熱い炎であぶるより、少し温かいだけのお湯をかけたほうが氷は解けやすいんですって」


 再びの氷剣が襲い掛かってくる。問題なく全て破壊できるけど、そのたびに腕に細かい傷がついてる。あまり何度も防げるものではないかもしれない。


 3度目を防ぐと、もう僕の右手は血まみれだった。深手こそないもののそこらじゅうに浅い切り傷がついて出血してしまっている。3回防ぐだけでこうなると、あまり悠長にもしていられない。『フラッシュムーブ』の魔法による瞬間移動で背後に回る?


 いや、あの反応速度だ。それだけではきっと対応されてしまうだろうな。


 少し考えたことがある。どうしてこの氷は地面、さらに言うならこの砂地からしかでてこないのか。そして部屋全体を強力な冷気で覆うだけの魔力。


 例えば、魔法で水を生成しつつ、それを剣に成形しながら凍らせているとしたら、それは大きな負担のはずだ。特に、何も無いところから水を生み出すというのはかなりの魔力を使うはず。空気中の水分を集めるにしても剣の群れを作り出すには足りない。


 逆に言えば、水が別なところにすでにあるならば、その分の魔力が節約できる。


 ヘルヴェリカさんは近づいてこず、剣の群れでじわじわと削ろうとしている。この砂地の、僕の足元から剣が出てくる気配はない。砂地の3分の2ほどからしか氷が生成されないとなると……。


 僕は4回目の剣の群れを砕き、数歩前に出た。魔力を足に集中させる。ランク6の魔法『クラックスタンプ』だ。保護されていない地面を破壊し、地割れを起こす。もし下に空洞があれば、それはそのまま地盤沈下に繋がる!


 洞窟を下方向にショートカットしたい時によく使ったなぁ。穴が出来るからいつまでも追ってくるような魔物相手にも使えるし、身を隠すことも出来る便利な魔法だ。


 踏み込みと同時に砂が吹き飛び、その下の石積みが砕ける。支えを失った石は、水しぶきを上げて(・・・・・・・・)その場に大穴を作った。


 当たりだ! ヘルヴェリカさんは貯水槽を砂地の下に隠していた。石積みだと隙間から水が出ることでバレるために、さらに上に砂を敷いてごまかしたんだろう。足音を吸収して下に空間があることを悟らせない効果も狙ったのかもしれない。それと間に布があるのを見つけたけど、これは隙間から砂が落ちていかないようにするためのものか。


 地面が崩れるのを見た瞬間、即座に飛び退こうとしたヘルヴェリカさんの背後に回るように『フラッシュムーブ』の魔法で肉薄して捕まえる。さすがに僕の力で拘束されれば抜け出ることもできないらしい。それに地面が崩れたのに注目した一瞬を狙って後ろに瞬間移動したために、うまいこと隙をついて拘束できたのも良かった。


 どぼん! と一緒になって、砂地の下に隠れていたプールへと落っこちる。冷たい!


 足をついても胸くらいの高さまでのプールで、一度水をかぶったもののヘルヴェリカさんを抱えて水面から顔を出せた。


「ぷはっ、捕まえましたよ!」


 完全に抱きしめるようになってしまったけど、それはレスリングの組技みたいなものでやましいことはない。これで水を凍らせれば自分も凍る、剣を出しても僕のほうが先に攻撃できる。


「んっ、やぁっ」


 状況を見れば僕の勝ちは明らかなのに、ヘルヴェリカさんは身をよじって逃げようとする。意外と往生際が悪い、僕は拘束する手をさらに強めた。


「ふっ、んんっ、だめ……だめぇ」


 艶かしい声にドキっとする。やましいことはないつもりだったのに、僕の右手はヘルヴェリカさんの胸をわしづかみにしていた。指が包み込まれるような柔らかさだ。ドレスが水を吸うことで張り付き、裸よりもいやらしく下着と体のラインを浮き上がらせている。これはもうやましさしかない。


「わぁっ、ご、ごごごめんなさいっ!」


「はふ……私の負け、です」


 意図せずセクハラしてしまったとはいえ戦闘中なので手を離していいものか迷って硬直していると、ヘルヴェリカさんはくたりと体の力を抜いて僕にもたれかかった。


「てっ、テオ! だい……じょう、ぶ……」


 崩れた地面に飲み込まれていったように見えたんだろう。ツバキが慌てた様子で覗き込んできたけど、僕が背後からヘルヴェリカさんを抱きすくめているのを見て、さらにはその胸にある手を見て、すぅっと冷たい目に変わる。


 僕らが引き上げられ一応の治療を受けて、さらに着替えて別室へ移動して試験の結果を待つ間、ツバキは一言も喋ってくれなかった。軽蔑するような、恨みがましいような目線はずっと送ってきたけど。

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