171
「畏まりました」
程なくして――私は室内に、兄とアレクシスを迎え入れた。あと、部屋の外で控えていたクリフォードも。
というのも、アオが興奮して落ち着かなかったから。
どうにかしようとしても、アオの中のヒエラルキーで、下とまではいかないだろうけど、私ってたぶん頂点ではないんだよね。
なので、頂点に頼りました。つまり、助けてクリフォード! を発動。……無事、アオは大人しくなりました。
いまは止まり木じゃなくて、クリフォードの肩に留まってる。必然的にクリフォードも室内待機になった。
それと……チラッと他の二人にも目を向ける。
一人は、兄の護衛の騎士であるネイサン。復帰した、というのも頷ける。見た目や動きからは、まったく怪我をしているようには見えない。
もう一人は――今日からアレクの護衛の騎士になった、デレク。意外と護衛の騎士の制服が似合っている。けど、一度も視線は合わない。
ネイサンとデレクの同席は、兄からわざわざ要望があったので、私が許可した。
……ただし、微妙な、気まずい空気がそこはかとなく室内には漂っている。
全員、立ったままだし。
兄が前髪を掻き上げて、軽く息を吐いた。
「――手短に済ませよう。オクタヴィア、お前のもとを訪れたのは、午餐会中に起こった出来事に関して報告すべきだと思ったからだ」
ついで、アレクへ目を向ける。
「……アレクシスは、お前がいないことを心配していたから、連れてきた」
アレクには、父上からの指示でお休みする、ということだけを女官長のマチルダを通して伝えてもらった……んだけど、媚薬云々は伏せたんだよね。端的すぎて心配かけちゃったパターン……?
「姉上……。媚薬を飲んだと兄上から聞きました」
心配と、少しの怒りの混じった言葉が、アレクから紡がれた。
兄、言っちゃったの?
抗議の視線を向けると、腕を組んだ兄が首を傾げた。「それがどうした?」とでも言うかのようなポーズが似合いまくっているのが、何とも……!
「伏せても面倒になると判断した。それに、アレクシスも知っていたほうが良い」
アレクも知っていたほうが……? 媚薬騒動に、アレクはまったく! 露ほども関わっていないんですけど……? むしろ教えることで巻き込んでしまうことだって……。
「――姉上。体調はどうなのですか?」
「解毒薬をすぐに飲むことができたの。だから平気よ。それとも、まだ媚薬に苦しんでいるように見える?」
じっと、真剣な目でアレクが私を見つめた。数秒してから、かぶりを振る。
「いいえ。普段通りの姉上です」
言ったアレクが、安心したように笑みを浮かべる。諸侯会議中、王族は全員白を基調とした衣服を着用する。そんな衣装姿のアレクは、間近だと眩しすぎる。私の弟は最高です! ……夕食会の後、アレクを追いかけて話せて良かった。そう、改めて思った。
つられて、私もにこっと笑った。
そこへ響いたのは、はあ、というため息。――発生源は兄。
「――座らせてもらうぞ」
来客用の椅子に、兄が腰掛けた。足を組むと、衣装の胸元を緩める。
ん? これって、原作セリウスが素を見せるときにあった描写とそっくり。
「オクタヴィア、お前は父上に犯人の調査を望んでいたな。俺が任された。その結果を伝える。まず、媚薬についてだ。お前が飲んだ炭酸水を調べたところ、媚薬が入っていた。……かなり強力なもので、一部で流通している粗悪品とは異なる。お前が割った杯のほうも調べてみたが、そちらも同様だった」
ピンク色の炭酸水の入った杯は二つ。両方媚薬入りだったってことだ。
「そして、媚薬入りの杯を運んでいた給仕は、ただの実行役だった」
「……標的は?」
「誰だったのか、明確には特定できない」
兄がかぶりを振る。
「…………」
そんな……。媚薬騒動が起こったって点では原作と同じでも……シル様を狙ってたわけじゃないってこと?
「あの給仕が命じられていたのは、どの場所へ行くかだけだ。杯に何かが混入していることは知っていたが、それが媚薬だとは知らなかったとも主張している」
でも、杯を持っていくよう指定された場所には、兄やシル様がいた。じゃあやっぱり標的は原作と同じだとも……? それとも、積極的にはターゲットを絞っていなかってこと? だから場所だけ……。シル様たちが飲めばラッキーとか、その程度、とか。
別に他の人が飲んでも想定内で、それでも問題なかった?
つまり私が飲んだのも?
「そして実行役にいたるまでに、複数の人間を経ている。間に何人もの人間を挟んで指示されていた」
私が自室で羞恥に「うわああああっ」をしている間に、ここまで調べ上げるとは……!
シル様が関わっていると「?」になることが多いのに、そうじゃないほうが遺憾なく発揮される兄の有能っぷり……! 兄がクリフォードを犯人扱いしたのは私、まだまだ根に持ってるから……! あれはポンコツだったって思ってるから……!
「そのうちの三名が、それぞれ首謀者とおぼしき者たちの名前を吐いた」
……たち?
「一人は、レイヴァン・ヴァロットだ」
いやいやいやいや。
純愛貴族派トップ、それがヴァロット公爵家。
そして、たったいま兄が口にしたレイヴァン・ヴァロットは、レイヴァンの正式な、ヴァロット公爵家の人間としての名前だった。
「……それは、あり得ないのでは?」
思わず口走っていた。いや、だってレイヴァンは、媚薬騒動では、兄の味方側で活躍する。原作では事件を解決する側ね! 犯人側なんてあり得ないでしょう! しかも全然エスフィアにいなかったんだよ?
「何故そう思う?」
「レイヴァン様は、兄上のご友人ではありませんか」
現実では友人ポジションとしては影が薄いとはいえ。
「俺の友人だからといって、犯人ではないとも言えないだろう。……動機や、理由があれば」
平坦に兄が返してくる。冷たい、とも違う。
後半の呟きは、私にヒューのことを思い出させた。確かにヒューも、原作からすれば、あり得ない事件を起こした側になった人物だ。
「――とはいえ」
兄が言葉を続けた。
「留学中で半年以上帰国していないレイヴァンが? という疑問が残るのは確かだ。そもそもレイヴァンは今回の諸侯会議も欠席だ。向こうで忙しいらしい。手紙や伝令鳥でやり取りをしているが、怪しい素振りは一切見られなかった」
欠席って……。私は密かに愕然とした。
いや、さすがに帰ってくるものだとばかり……!
「犯人だから、帰国しないことを選んだ、とも考えられるのでは?」
話を聞いていたアレクが冷静に口を挟んだ。
「それも考えられるが――あいつは、何かを仕掛けたら、その結果を見届けたいという性質の人間だ。むしろ犯人なら帰国している可能性が高いだろう」
なるほど。兄のこの意見には、レイヴァンが原作通りなら、納得。……いま、エスフィアにいないけど! これはもうどうしようもない。ヒューに加えて、レイヴァンまで……。これが原作の流れにどう影響を及ぼすんだろう。
――それにレイヴァン犯人候補説が進んでいるけど、私は最初に、兄が『首謀者たち』と言っていたのを忘れていない。
「……レイヴァン様以外にも、首謀者として名前が出た人間がいるのですよね?」
「ああ。首謀者として名前のあがった者は三名いる」
兄が頷き、おもむろに、アレクの護衛の騎士として部屋の隅で控えているデレクを振り返った。
「もう一人が、ナイトフェロー公爵だ」
お、
「おじ様が……?」
と、つい、声に出てしまった。さっきのレイヴァンでもあり得ないと思ったけど、それ以上の衝撃に襲われた。根拠なんか何もないけど、おじ様が、なんてあり得ない!
デレクを見ると、こちらもさすがに驚いた様子で絶句している。
「息子としての意見はどうだ? デレク」
「……回答してもよろしいでしょうか、アレクシス殿下」
兄の問いにデレクがアレクへ伺いを立てると、アレクはすぐに首肯した。
「兄上の友人としての立場を優先して構わない」
「――では、お言葉に甘えます。……あり得ないとは言わないが、父上の仕業だとすると意図が不明すぎるし、らしくない。やり方に違和感がある。尋問された程度で父上の名前が出るような指示体系だというのがまずおかしい」
最初はアレクに護衛の騎士として、途中からは兄に友人としてデレクが答えた。
犯人じゃないっていう否定の方向なのに、息子であるデレクがおじ様を信頼しつつ貶しているような気がする! これ、準舞踏会のときと同じじゃない?
……でも、デレクの弁護内容はともかく、おじ様じゃないって点は、私も同意。
なので、乗っかった。
「わたくしも、ナイトフェロー公爵が首謀者というのは考えにくいと思います」
仮に、だけど、準舞踏会で曲者たちを捕まえたおじ様の手腕を考えると、媚薬を杯に入れたとして、ターゲットへ絶対に杯が渡るようにするんじゃないかな。でも、そうじゃないみたいだし、実際は私が飲んじゃった。
「公爵が首謀者なら、あの杯をわたくしが飲むような結果にはなっていないはずです」
これも、仮に、万が一、私がターゲットだったらなら話は別だけど、あの場面で私が兄から杯を奪い取る、なんて私にしか予想できないことだもん。
「では、三人目の首謀者が、もっとも疑わしいということになるか? ……三人目は、グレアム・アルダートンだが」
グレアム・アルダートンって……現アルダートン伯爵?




