170
自室で、日記帳に日本語で書き込みを行う。
本来は晩餐会に出席している時間帯、私は自室で一人の夕食を終えていた。
解毒薬を飲んでからは、すぐに自室へ移動して、普段着用のドレスに着替えて――引きこもっている状態。プライベート空間っていう意味では『祈りの間』のほうが良いんだけど、あのままあそこにいたら、父上たちが来る直前までのことを思い出して「うわあああああっ」ってなりそうだったし!
ましてや、媚薬が解毒されたら――一応、父上たちと話していたときもかなり思考はいつも通りできていたと思うけど――媚薬のせいかもって考えていたこととも、また向き合わなきゃだし。
――私は、媚薬関係なく、クリフォードが好きなのかなっていう疑問と。
自室だと、レヴ鳥のアオもいるし、まだ気もまぎれた。……ていうか、自室でもやっぱり「うわあああっ」はしたものの、そんな私の様子を見て「ギャー!」と鳴くアオがある意味癒やしになってくれた。
そして、現在、媚薬の効果は完全に消えたと思う。
――クリフォードへの感情が何なのか、答えは出ていない。
でも、無理に答えを出すのは止めた。
そうしなくても、自然とわかるんじゃないかなって。
偽の婚約者役を探していたときみたいに、期限があるわけでもない。
そう決めたら、ひとまずの整理ができた。
なので、情緒面でも立ち直って――。
……よし。
日記帳に、明日から本格的に始まる諸侯会議。その期間中に起こることを、時系列順で書き込んでみた!
――諸侯会議は、ウス王の発案で行われるようになった。
ウス王か……。表向きの歴史からウス王像をそのまま鵜呑みにするのは危険だけど、ウス王から始まって続いていることって、エスフィアでは本当にかなり多い。
そして諸侯会議を行ったそもそもの動機は、家臣による造反を防ぐため、らしい。一年に一回、王都に貴族の集合をかけることで忠誠を試し、悪巧みができる時間を削減。
さらに家臣――その地の領主が、領主不在の間でもきちんと滞りなく領民が過ごせるよう計らっているか。諸侯会議後の各地の様子でそれがわかるのもメリット。
領地経営がうまくいっているようでも優秀なワンマン領主で成り立っているところは、諸侯会議中の領主不在でガタガタになっていたり。
税収は常にそこそこだけど、領主が三ヶ月不在でも平気なところとか。実はこういうところのほうがシステムは確立されていたり。
――と、空病から回復した後、書庫でウス王関連の資料を漁っていたときに読んだ本に書いてあった。
会議は一日につき二部制。前半と後半で分かれている。
今回の諸侯会議は、時期がイレギュラーなんだけど、たぶんスケジュールはいつも通りで同じ。
前半は、爵位を持つ当主貴族が全員参加。大人数が収容できる議会場で行われるのが大会議。ここで簡易的な多数決を取ったり、その日の重要議題の選別を行う。
ちなみに、この議会場は王城の敷地内にある専用の建物で、諸侯会議以外の用途でも使われている。演奏会、歌劇、演劇――。私の場合、こっち方向での利用で赴くのが専ら。
後半は、選ばれし貴族たちが出席する少数会議。これは大回廊を通った先にある王城の専用室で行われる。
当主なだけでなく、高位貴族であったり、爵位は子爵や男爵でも、勢いがある貴族――つまり発言力および権力がある貴族なんかが出てる、らしい。入れ替わりもあるとか。
そして前半で出そろった議題について話し合う。ただ、実質は貴族議会のメンバーなんじゃないかな。貴族議会は有力貴族で構成されていて、おじ様も入っている。あと純愛貴族派と不倫貴族派のトップなんかも。
まあ、いくら話し合ったところで、最終的には父上の発言が一番物を言うみたいなんだけど。父上の一声で判定が覆る的な。王制だもんね。
みたい、というのは、王女の私は諸侯会議にはノータッチだから。どうしても伝聞になってしまう。出席という形で全般に関わっているのは、父上と兄、アレクだけ。
アレクは十三歳になった前回からの参加。エドガー様は、議題によっては関係者として部分的に出席することもあった、と聞いたことはある。
会議が行われる六日間のうち、五日目までは前半が大会議、後半が少数会議の二部制が適用され、最終日の六日目だけは一日を通して少数会議のみになる。会議期間を通しての最終総まとめ日。
――という概要は知っているものの、国の重要イベントである諸侯会議があっても王女が参加しないのは、そういうものだってずっと思っていた。
ただ、いまは別の側面が見えている。
女王イデアリアの事例。たぶんエスフィアでは王女が政治に参加しない体制が必要だった――女王を生まないように。
そして、この諸侯会議中に起こる原作イベントは、媚薬騒動を除けば二つだけ。
シル様閉じ込め事件と、「お世継ぎ」追及。
前者は、「お世継ぎ」問題追及にあたって、シル様が当時者として大会議のほうに呼ばれるんだよね。いわば前哨戦。ところがシル様が来ない。結局その日の会議中には現れず。ただし、セリウスの抗弁によって最終日に再び話し合うことでまとまる。
もちろんこれは妨害工作だった。シル様を欠席させることによって主人公たちの行く手を阻もうとする――シル様は王配としてふさわしくない! という一派によるもの。
まあこれはセリウスの活躍によってシル様は無事救出される――ていうか、シル様も半ば自力で脱出して、本命の会議最終日には間に合うんだけど。
そして会議最終日に起こるのが、メインの「お世継ぎ」問題追及。会議中は結論が出ないままで、諸侯会議が終了する。その後に、二人の窮地を知った原作のオクタヴィア――妹ちゃんが救世主として颯爽と登場という流れ。
――私が「お世継ぎ」問題の救世主になるかは別として。
シル様閉じ込め事件は、シル様が怪我をして、かつシル様が暴走の片鱗を見せる出来事でもある。だから、それは阻止しようと思ってる。
シル様が大会議に呼ばれて間に合う展開を私は望んでる。むしろここは原作を変えたい。ちゃんと間に合ったとき、そこでシル様がどうするのか、知りたいって気持ちがある。
いや、仮に阻止しなくても、原作とは違いもう現実ではシル様の暴走の鍵が血だって判明しているから、同じ展開になるとは限らないけど……それはそれ!
一番は、シル様が怪我するような事態は避けたいっていうのがメインの動機。
この事件では、シル様、セリウスがピンチに陥っているっていう嘘で呼び出されるんだよね。媚薬事件では呼び出しの手紙で罠にはまったので、さすがにシル様も警戒している。ただし、今度はその呼び出しの方法が、セリウスたちの暗号会話を使ったものだったので信じて指定の場所へ行ってしまう。
なので、当日その場所で現場を押さえる、という方法で!
――問題は、事件が諸侯会議の何日目に起こるのか? が私の頭からすっぽり抜けていること。
場所と時間帯はね? 覚えてるんだよ?
でも日にちなんて……! 最終日は除くとして、一日目から五日目の間? だって読んでる分には諸侯会議中の出来事でしかないし……!
そこで、毎日、散歩という体で事件の起こる時間帯に現場へ通う予定。
事件そのものは発生させる方向で行く。シル様にはあえて何も伝えず、呼び出しに引っ掛かってもらい、犯人たちの現行犯逮捕を狙う――。
つもりでいるものの。
「うーん……」
机に広げた日記帳を前に、右手には鉛筆を握ったまま、頬杖をつく。
この、前々から考えていた私の計画を実行して上手くいくのか、怪しく感じてきた。午餐会で起こった媚薬騒動のことがどうも気がかりなんだよなあ……。
原作と現実が必ずしも一致するとは限らない。相違点もある。防いだと思っても起こることもあるし、原作になくても起こる出来事もある。
原作にあっても、起こらないことも?
大きな結末のために、そこが変わらなければ、過程は違っていても許容される。
……そういう風に、『あの青年』がこの世界を作ったから。
「…………」
日記帳に書き込んだ、シル様閉じ込め事件と概要と、その対策の部分に鉛筆を持っていく。迷ったけど――丸で囲む。軌道修正はなしで!
そういえば――。
見落としていた、ある不自然さに気づいた。
原作だと、何であれに触れられていないんだろう?
エスフィアという国……王族にとっての一大イベントが諸侯会議中にあるのに。
――ウス王由来の。
原作には、存在しなかった? 触れられていなかっただけ? 後者の場合、内容からすると一切絡まないのが変――。
「ギャー!」
突然、静かだったアオが翼を一振りして鳴いたのでビックリした。止まり木に留まったまま、部屋の扉に向かって鳴いてる?
「どうしたの?」
立ち上がってアオに呼びかけたところで、コンコン、と控えめなノックの音がした。
「オクタヴィア殿下、お伺いに参りました。セリウス殿下とアレクシス殿下がいらっしゃっているのですが……どうなさいますか?」
サーシャだ。ただ、少し困惑が滲んでいる声だった。でも、私も同感。いや、サーシャ以上。まだ晩餐会中だし、抜け出してくるのはできるとしても、兄だけでもなく、アレクだけでもなく、二人一緒? 先触れもなし。
……違和感がすごい。子どもの頃ならまだ考えられなくも……? いや、あの頃でも兄とアレクが二人でっていうのはそんなになかったのに、いまになって?
一体何が……。
とはいえ、答えは一択!
「通してちょうだい」




