169 ルスト・バーンの内なる抵抗(後編)
「ええ。暴れたため、気絶させました」
外で漏れ聞こえる話とは裏腹に、王城内で過ごしてわかったことがある。
第一王子は妹を気にかけている。こうして心配して探しに来るほどに。
また妹も――媚薬入りの杯を奪い、飲んだことを考えると、兄を守ったのか。
オクタヴィアの立場からすれば、兄とその同性の恋人は歓迎せざる存在のはずなのだが、そこはどうも解せない。
所詮媚薬だ。即命に関わるものでもない。放っておけば良いものを。
もしオクタヴィアが何もしなければ、二つの薄紅色の炭酸水の杯は、それぞれ第一王子とシル・バークスに渡っていたはずだ。もしくはどちらかにだけか。一体何が起こるか。その結果を眺めていたほうがよほど楽しめたに違いない。
あの様子からすると、二つの薄紅色の杯両方に媚薬が入っていたのだろう。
何故助けるような真似を? ……確か、正々堂々と戦う、と準舞踏会で自分が尋ねたときにオクタヴィアは答えていたか。しかしだからといって、通常はそこに相手の窮地を救うことまで含まれないはずだ。
……第三者から得た情報だけでは限界があるということがよくわかる。
両方が必要だ。
「オクタヴィアはお前に何と命令を?」
「この者の捕獲と解毒薬入手の命を」
「では、やはりあの杯に……。入っていたのは何の毒だ?」
「オクタヴィア殿下によると、媚薬だと」
「そんなものを何故自分で――」
苛立たしげに口走った第一王子が言葉を切る。切り替えるように頭を振った。
「入手の命ということは――解毒薬はあるんだな? どこに?」
「――国王陛下がご存じとのことです」
「……父上がか?」
一瞬、眉根を寄せたが第一王子がすぐに頷いた。
「いや、父上ならあり得るか。わかった。俺も協力しよう。お前は記章を持っているが、それでも俺が表に出たほうが話も早いだろう。この者は――」
第一王子の視線が控えているホールデンへ向く。
「ネイサン。監視と尋問を」
「は! お任せを!」
「――それで、よろしいのですか?」
「何だと?」
疑問を投げかけたルストに、第一王子が問い返してきた。
「私はオクタヴィア殿下の騎士ですので、殿下に従うのみです。この者を捕まえろと言われれば捕まえます。しかし――セリウス殿下は信用されるのですか? オクタヴィア殿下の言葉だけで?」
事前にルストが得ていた情報と第一王子の動向が異なる。ルストを護衛の騎士に推薦したことも含まれる。この推薦に国王は関与していない。ルストが王城に入り込む契機となったのは他ならぬこの第一王子だ。しかも――ルストの見たところ、純粋な意思ではないようだった。自分でも納得はしていないが、まるでそれでもそうしたかのような。だから、第一王子の選択ではあるのだろうが。
「…………」
第一王子が無表情で押し黙った。ついで、小さく息を吐く。
「……疑う必要はない。父上まで巻き込んでいる以上、オクタヴィアも相応の確信があってのことだろう。……ただ、少し前の俺ならば――いや」
そこで第一王子が言葉を切り、かぶりを振った。
「どうでもいいことだ。父上の元へ行くぞ。会場まではバーン、お前を俺の護衛とする」
「――御意に」
頭を垂れる。ホールデンと気絶した給仕を残し、午餐会の会場へ戻ると、国王は探すまでもなく見つかった。笑顔の王配と二人で対応にあたっている。
――これも、得ていた情報と異なる点か。
国王イーノックと王配エドガー。二人の恋物語は有名だ。また公の場で民が目にする姿もそれを裏付けるもの。現在の様子も仲睦まじさを当然感じさせる。だが――。
国王の指示で動いていた際、垣間見た光景が思い出される。
国王と王配。不意の遭遇時、何故愛し合っているはずの両者に緊張が走ったのか?
「ここで待て」
第一王子が二人へ近づく。すると人の輪が自然と第一王子のために道を作った。国王と二言、三言言葉を交わす。すると国王が会場へ視線を走らせた。
――バルジャンのヤールシュ王子で一度、ルストで一度、国王の視線が止まる。
今度は国王が第一王子に向かって口を開いた。頷いた第一王子がその場に残り、入れ替わるように国王がこちらへとやって来る。ただし、国王の護衛の騎士はあえてその場で留まらせていた。――よって、一人でだ。
「――歩きながら話す。オクタヴィアの元へ案内を」
言葉通り、国王は足を止めずに歩き続けている。
「護衛は私一人ということでしょうか?」
「お前はわたしの直属の部下でもある。護衛の騎士としても兼任せよ」
「承知しました。では、『祈りの間』へ。オクタヴィア殿下はそちらへいらっしゃいます」
口にしながら、思う。――『祈りの間』か。
『記憶』内には、そんな美しい名称の場所は存在しなかった。あそこは、元々の用途としては人を閉じ込めておくための場所だ。そのために堅牢でもあるが。
目的地を知った国王が方向を変える。先導して歩き出した。ついで、矢継ぎ早な問いが飛んできた。
「セリウスからおおまかなことは聞いた。オクタヴィアは何をし、何と言っていた?」
「桃色の炭酸水の入った杯をセリウス殿下から奪い、飲まれました。直後、その杯を運んでいた給仕を騒ぎにならないように捕まえることと、陛下から媚薬の解毒薬を手に入れるよう私に命じられました。……杯に入っていたのが媚薬だと確信されている様子でした。そして、『祈りの間』へ」
「…………」
国王が深く息を吐いた。
「他にオクタヴィアが言っていたことはあるか」
「――媚薬の解毒薬と伝えれば、きっと陛下ならわかるはずだ、と」
聞き終えた国王が初めて立ち止まった。
こちらを振り返る。表情はない。
ルストの表情から、答えを探そうとでもするかのように。……これは珍しいことだった。イーノック・エスフィアが、ルストの顔を直視することは、ほとんどない。見ることはある、しかし見てはいないのが常だった。この矛盾は両立する。
表情のなかった国王の面に、一瞬、暗い感情が浮かび上がりかける。
だが、感情は表に出ることなく、かわりに国王は言葉を紡いだ。
「オクタヴィアが飲んだのが、わたしの知る媚薬であれば、あれは強力だ。急いだほうが良いだろう」
「――は」
何故国王だったのか。単純に国王が解毒薬を持っているからか? いや、それ以外に国王でなければならない理由が、あった。
それは、国王を伴い訪れた『祈りの間』で確信へと変わった。




