千佳・女帝は下賤高貴を問わず愛で救うのです
玲子と星奈が屋型総理との会談を果たした後、チェンジャーの存在は公認された。
チェンジャーであり生物学者で名の知れた仁藤玲子の活躍もあり、人とチェンジャーの間で法律や慣例の上での差別はほとんどないと決められたが、人間として扱う危険性も確かにあるため火野札市をチェンジャーのものとするような勅令も出された。
しかし差別は行われた。たとえチェンジャーが一切変身せずとも、人々に危害を加えなくとも、他と違うというだけでその対象になりえるのだ。もっとも、フールやチャリオットの凶行が報道されていたのも理由の一端だが。
チェンジャーであっても明るく気後れせず対応できる香月朋美、他者との関わりを減らしながら信頼できる者のみと関係を持った仁藤玲子など、その例から漏れたものもいるが、ほとんどのチェンジャーは世間の厳しさを浴びた。
天海星奈はどうなったか。
小学四年という純粋無垢な年頃に囲まれ、感情を直接表現する彼らの中にいて、同じく純粋な星奈が耐えられるのだろうか。
その結果は、星奈ではない二人の少女が大きく左右した。
チェンジャー公認の後、玲子はまだ首都にて数多くの政治家と会談しチェンジャーの行く末と立ち位置の相談をする中、星奈は自分の家が建っていた場所で愕然と立っていた。
「……なにこれ?」
すっかり燃え尽き、もはや黒焦げのゴミの山にしか見えないそれを、星奈は信じられずに見つめていた。
昨日まであったはずの家、それがすっかりなくなっているのだ。呆然と見つめる他ない。
「星奈!」
星奈の肩を掴み、荒々しく自分を見させたのは輝樹だった。星奈を見た瞬間に駆けだしたのに、その空っぽの顔を見て喉元まで出かかった言葉は突然動きを止める。
「その……なんつーか……」
呆然と輝樹を見上げた。苦しそうにうめく輝樹を、不思議そうに星奈は見た。
「なに?」
「……」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
輝樹の後ろから、エプロン姿の晶乃が現れる。
「星奈」
普段とあまり変わらない表情なのに、星奈は晶乃を見て何かを悟ったようにしゅんと俯いた。
「……うん」
「とりあえず、うちに住む」
「……いいのかな?」
「うん」
そして三人は野矢家に入り、星奈は静かに泣いた。
後に亮太と陽も合流し、天海家を今後どうするかを決めた。
陽はしばらく避難所代わりの体育館を、教師達交代交代で泊まり込むことになるため、どうせならとしばらく一人学校で泊まり込むことにした。亮太と会う時間が極端に減るが、学校内なので星奈とも輝樹とも会えるため、休日だけ野矢家に厄介することにしたのだ。
亮太も同様に、警察署はなくなったもののその寮に入ることができた。しばらくは壊された町の復旧作業を手伝ったり火事場泥棒の取り締まりもあるために家に戻れない日が続くというのだ。
そして、その場では輝樹と星奈は野矢家に厄介になることが決まったが、それに星奈は納得していなかった。
晶乃や啓吾がいることが不都合なわけではないし、遠慮しているということもない。
ただ、生まれてからずっと住んでいた我が家を失ってそれを決めることに、何か罪悪感のような、強い想いが残っているために踏ん切りがつかないのだ。
たびたび野矢家から出ては、隣にある崩れた黒い塊を星奈は見つめる。黒く煤けた天海家の表札とブロック塀がまるで何年も前からそうだったかのように佇んでいるだけだった。
『……星奈、晶乃の好意は素直に受け取るべきだ』
(……そうだよね。でも、もうちょっと待って)
零れそうになる涙から逃げるように、星奈はもう夜も遅いのに母のいる学校へ向かった。
真っ暗な空でも学校のところどころでは明りがついていた。授業準備の教師や避難民のいる体育館はまだ消灯時刻ではないのだ。
星奈が何となく体育館の横を通ると、その体育館の入り口横で一人座っている千佳と目があった。
「あ、千佳ちゃん……」
「星奈、どうしてここに?」
互いに驚いた顔を見合わせるが、すぐに星奈の表情が崩れ、滂沱の涙を流しながら千佳に飛びついた。
「うわああああああああああ!! 千佳ちゃぁぁあああああああん!!」
「え、ええー?」
千佳は驚きながら、とりあえず抱きしめながら背中と頭を撫でてやった。
そこから、途切れ途切れに星奈は告げる。
家族にも面と向かって話していないチェンジャーのことも、同じチェンジャーであった千佳になら驚くほどすらすらと話せた。
初めてスターと出会った時のこと、フール、チャリオット、ストレングスとの戦い、正義とともに様々な話をし、そうして千佳と出会い、千佳と別れた後のこと。
傲慢のアロイガンに襲われたことも、ハーミットの光史郎を正し大罪を倒したこと、玲子に連れられ屋型総理と話し、戻ってきたら家がなくなって、晶乃の家に住むことになったことまで。
「私、どうしたらいいのかなぁ……」
体育館の入り口で、外に向かって三角座りする星奈は顔を腕に埋めてそう呟く。体育館の光が星奈の顔にますます影を落とす。
深刻な雰囲気を星奈はありありと醸し出すが、千佳はそれに溜息で答えた。
「あんたねー、それがどうしたってのよ」
「どうしたって……おうち……なくなっちゃったんだよ……?」
「私だってそうよ! あてつけ!? 何それ悲劇のヒロインのつもり!?」
「そ、そんなことは……」
否定する星奈の腕をとって、千佳は堂々と肩を取り、星奈を立たせて、鼻がぶつかるほど顔を近づけて、目の奥まで覗き込むように目を開いた。
「家と、お母さんと、エンプレスがいなくなって、悲しんで泣いていた私を救ってくれたのはあなたでしょ!?」
噛みつかんばかりに捲し立てる千佳の形相に、星奈も驚いてその目を開いた。
けどすぐにその黒目はすすっと千佳から離れた。
「で、でも……今までずっと住んでいたのに……」
泣きそうな星奈にスターが声をかけようとした時、千佳は溜息を吐いて、星奈を睨み、叩いた。
「いたっ!」
「あのね……こっちは心が痛いわよ」
頭を拳骨で叩いたのだ、小さな拳でも充分痛い。
けど、その呆れるような、面倒見のよい雰囲気は星奈をむしろ安心させた。
「家がなくて寂しいって? じゃあ私が一緒にいてあげるわよ」
恥ずかしそうに言う千佳に、星奈はまた驚いたように千佳を見つめた。
「な、なによ! あんたが私にそうするって言ったんだから私だってそれくらいするわよ! 悪い!?」
「ち、千佳ちゃん……」
うるうると涙を浮かべる星奈に、千佳はいてもたっても居られず体を離した。
「はいそういうことで終わり! ともかく家に帰りなさいよ、家族とか心配しているんでしょ? ……寂しかったら話、また聞くからさ」
宥めて千佳は星奈を穏やかな目で見つめるが、星奈は瞳を潤ませて離れようとしない。
「そ、それじゃまだまだ話したいことがあるんだけどね……」
千佳の笑顔が引きつる。
結局、この後星奈は千佳を連れて職員室の母に連絡を取り、晶乃に明日の時間割まで任せて体育館に寝泊まりした。
そしてこの日以来、星奈は野矢家と体育館を交互に寝床にし、千佳との距離を一層深めたのである。
星奈にとって千佳の存在がどれほど支えになったのかはよく分かるだろう。
家を失う境遇、チェンジャーの共通点、大罪を負ったこととその中で培われた絆が二人にはある。
たとえ、千佳がどれだけの苦難にあっても、だ。
星奈が千佳と親睦を深めつつある日常の中、とある授業日の朝休み、千佳のクラスメイトは開口一番に尋ねた。
「ねえ、千佳ってどうしてあの天海さんと親しくしているの?」
痛々しいほどの疑惑と、その中に隠れる配慮を千佳は見出す。
千佳はクラスではいわゆる最高位のカーストに属する存在で、腫物のチェンジャーと親しくしても口出しできない生徒がほとんどであった。
しかしこの子は千佳の側近で地位も高い、何より千佳の心配もしているために聞いているのだ。
星奈であれば「スターは敵じゃないよ!」なんて真正直に言うところだが、千佳はそれほど馬鹿ではない。
「あの、なんてつけるぐらいだから分かるでしょ? それとも、分からない?」
千佳はまるでその子を嘲るように、余裕を見せて言った。
その挙動をクラスの皆が注視している。小学生でありながら彼らは自らの地位と立場を守ることには貪欲なのだ。虐められたくない、みんなと一緒が良い、その純粋な想いが時に他者を傷つける、その見えない悪意に気付かないからこそ、その悪意を振るうことができる。
千佳はそれを知っている。だからこそ悪意に見える善意を存分に振るうことができる。
「あの子って、目立つじゃない? 一緒にいれば私も目立てるのよ……」
クラスの温度が急に下がったような雰囲気だった。クラスの女帝の存在は尚も健在なのだ。
それに、側近の生徒は恐る恐るもう一つの疑念を口に出した。
「……千佳もチェンジャーのテレビに出てたけど、関係は?」
玲子と星奈の放送の時、千佳もテレビに出ていた。それを見ている者は当然いたが、ともすれば見落としそうな者だったので、千佳を恐れる生徒は黙っていた。
だがその疑念はいずれ千佳の障害になる、そう思った側近が千佳の失脚、もしくは疑念の排除どちらに転んでもいいように質問したのだ。
無論、千佳もそれくらい予想の範疇だということで答えた。
「実はね、私もチェンジャーだったのよ。選ばれた力ってやつ?」
温度が下がったかと思いきや、今度は地震だ。誰もが千佳の言葉に衝撃を受ける。
だが千佳はすぐに次の言葉を発した。
「でもね、捨てたわ。だって、気持ち悪いもの……」
背筋が凍るほどの冷たい声、目を逸らしたくなるほど感情のない目。
誰が言及できようか。誰もがやはり千佳には敵わないと、無駄な詮索であったと思い知らされ、言葉を失い、それぞれが千佳に従わなければならないことを改めて気付かされただけであった。
千佳だけはその言葉に、胸が痛んだが。
「あんまり意地悪はしないであげてね? あんまり下らない悩みとか聞かされたくないから」
星奈がいじめを受けなかった理由の一端はそれである。
千佳の名はそれほど轟いていた。小学校でもう星奈を攻撃しようという人間は一切いなくなった。
けれど、単に千佳が怖いから、というのは一端の理由の中でもまた少数である。
授業が終わり千佳が星奈のところに行こうとしたとき、側近の生徒は傍で呟く。
「……私は分かっているから、千佳が優しいこと」
そう言って離れようとする生徒のリボンを掴み、千佳は整える振りをして、同じように小声で言うのだ。
「あんたの方こそ堂々と過激な発言し過ぎよ。気をつけなさい」
はぁ、と溜息をついて、千佳は言う。
「じゃ、ばいばい」
「うん、またね、千佳」
ある者は畏怖を、ある者は敬愛を、
九岡千佳 身長133㎝ 9歳 3月3日生まれ
長髪を金色に染め、ド派手なロケットの髪飾りで誂えながら不思議と似合っている独特かつ先鋭的なセンスの持ち主。
割と裕福な家庭で育ち、聖母のような母と勤勉で真面目な父に充分愛されて育ち、目立つことを愛する孤高の存在にして他者への愛も忘れない、いじめっ子のような存在に見えるが実は純粋に友達想いの良い子。
チェンジャー事件で母と家を失い、父も大きな怪我をしてしまい心がすさみ、それをエンプレスが誤った方向へ導いてしまったため極端な目立ちたがりが発揮され、強欲のバリティアにつけ込まれるが、その辺諸々を星奈に救われる。
その後、自分を助けたのが嘘みたいにへたれの星奈を他のクラスメイト同様に引っ張りつつ、父を支えながらモデルの道を志す。
星奈と仲良くなった後、必然晶乃とも言葉を交わすようになる。犬猿の仲のようでありながら、はっきりものをいう晶乃を信頼している。
エンプレス
詳しくはエンプレス、決別する、にて。元は高級娼婦で多妻制の王の妻の一人だが、卓越した美しさと遠慮しない物言いが好まれて一等の女王になった。
かなり惚れっぽい、というか可愛いの基準が普通と違う。王様は馬鹿可愛い、スターは可愛くない可愛い、デスは可哀想可愛い、という理由で好きになった。無論どれも短い恋であった。
デスと共に離反しスターを攻撃するタイミング、こっちの世界に来てからカードと人の関連性を推し量りこの世界に顕現することを予測するなど、喋り方以上に知能は高い。
体を固くする魔法を使える、というだけで異世界では戦闘などもっての外の弱さだが、こちらとあちらでは強さが全然違い、彼女一人であらゆるチェンジャーを淘汰できるほどあちらの世界の人々は強靭である。




