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千力、再び強襲する

 玲子が言う通り、火野札生物化学研究所に他のチェンジャーはいない。だからこそ蓮は一層警戒を強めて玲子の研究室を訪れた。

 裏切りのことは一切考えないようにして、まっすぐ玲子の方を見た。

 昼間にも関わらず玲子の研究室に玲子以外の人間はいないらしく、目の下の隈が一層深くなっているものの普段と変わらない姿であった。

「いや、ようこそいらっしゃいました。ささ、座って座って」

 椅子を一つ引かれるが、今度の蓮は素直に座れる気分ではなかった。それでも警戒しながらそっと腰を降ろす。

「いやー、実は蓮さん……いえジャッジメントでしたね、あなただけに聞きたいことがありまして」

「私だけ?」

 名前を知られていたことに対して特に蓮から言うことはない。調べればすぐに分かることだし、この市での自分の知名度もそれなりだという自負があった。

 それより動揺させられたのは次の玲子の台詞である。

「実は、私って変な人だと思われているんじゃないでしょうか?」

 蓮は固唾を呑んで、どう答えるか悩む。その間にまた玲子は言う。

「ほら、マジシャンさんは飄々として真実を隠しますし、エンペラーさんなんて明らかに私に敵意があるじゃないですか。あなたは無口で、だからこそ真実しか言わない、そうでしょう?」

 それはまるで真実しか受け付けないと、お前から嘘は聞かないとでもいうような脅しかけであった。

 ますます口が堅くなる蓮に対して、玲子は止めの一撃を言う。


「どうしましたジャッジメント、いえシンさんと言った方がいいですか?」


 すぐに蓮が立ち上がり、ジャッジメントのカードを手に持った。

 それでも玲子は一瞬も笑顔を崩さなかった。

「ああ、ああ、落ち着いてください。別に戦おうなんて気はさらさらありませんから」

「知ってたの!? だったら……」

「だったらなんです? 殺しもしませんし、傷つけようとも思ってませんよ」

 ポーカーフェイスを造ろうとしていた蓮の表情が徐々に恐怖に歪む。手が震えてもカードを手放すことはしなかったが。

 全く姿勢を崩さない笑顔の玲子に全く敵わない感じがして、逆に蓮は突然脱力した。

「全くなんていうか、世の中ってのはどうして……」

「どうして?」

『酷いです酷いですぅ! 世の中って奴は酷いですぅ!』

(……そうね、世の中ってのはいつも私に冷たい気がするわ)

「世の中って、どうしていつも私に酷いことするのかしらね、って」

「あなたがチェンジャーだとバレた時、世の中と私、どちらの方が優しいかよくわかりますよ」

 そう言って玲子は蓮にゆっくりと近づいて、突然蓮に深く口づけをした。

 蓮は何が起こっているか分からない、口の中にまさぐられている感覚はあるのだが、それ以上の違和感が強い。

 ようやく離れた玲子の口から唾液の糸が引くが、やはり変わらない笑顔を向けた。

「どうです? 触っていたはずなのにまるで厚い布越しのような感じがしたでしょう? これが私の、ワールドの能力です」

 蓮が目を見開く、いつの間に、何をしたのかがまるで蓮には分からなかった。

「みんな能力を使う時には変身していますが、多少なら変身せずとも使えるみたいなんですよ。それで少し試させて頂きました。唾液の交換も体温の交換もない、今の行為ですら握手にも満たない接触です。凄いでしょう? けれど変身すれば私はもっと凄いことができます……」

 穏やかな笑顔を浮かべていた玲子は、今度は妖しくも悪い笑顔を浮かべた。

 能力を知らせたのはまるで自分が信用しているからだ、と言わんばかりだ。

「話し合いましょう、蓮さん。何も私がしていることは不条理な行いではありません。分類学上当然の行為、あなたも一晩じっくり、二人きりで話し合えば分かってくれます……ね?」

 後ろ手に蓮は扉を開けようとしたが、まるで壁であるかのように微動だにしなかった。

 玲子は設備である巨大な冷蔵庫から一つの段ボール箱を取り出した。

「生ビール、好きでしょう?」

 ごくり、と蓮の喉が鳴った。



 空き教室こと音楽室には誰もいなかったため、星の装飾がついた縄で星奈は女帝をおどろかしながら縛った。

「えっと、痛いですよ! こう、トゲトゲしてますから!」

「いやー! やめてー! 私にこんなことしてタダで済むと思っているの!?」

 エンプレスと出会った少女、九岡(くおか)千佳(ちか)はクラスで中心にいる明るい少女である。だがそのために目立ちたがり屋であった。

 縛り終えた星奈が真っ先に聞いたことは、どうして自分を狙ったのか、ということ。それに千佳はこう答えた。

「あなたが目立っているからよ! 私より目立っていい気になって……許せない!」

『だよねー。ってかマジありえなくなーい? スターがあんなキラッキラの衣装とかおかしいんですけど』

『私とて初めて見た時は驚いた。あれは星奈の好みらしい……って黙れ』

 この状況でとにかく必死、というのは千佳だけであった。星奈も困りはしていたが。

「えっと、私は目立ちたいとかじゃないんです。ただ皆を守ろうとして……」

「そうは言っても目立っているじゃない! テレビなんかでキャーキャー言われちゃって……卑しい奴! 許せない!」

「え、ええー? どうしたらいいの?」

『星奈、カードを破壊すれば恐らくは……』

『ちょちょ待てよ! そんなことしたらあし死んじゃうじゃん!? そっそんな残酷なことしちゃう系!? いやよあーし死にたくないし! お願い殺さないで、死にたくない死にたくないー!』

 星奈のどうしようと悩み迷う感情がスターに流れるも、今回のスターは折れない。

『星奈、私とこの女は元々敵同士、どうせ戦うなら無関係な少女を巻き込まないようにカードが破壊できる今が一番だ。容赦するな』

 もし平和派でより過激なサンやハイプリエステスが遭遇してしまうと千佳まで襲われる可能性がある。それならば今カードだけを破壊した方が遥かに安全に済む。

「あ、あの、あなたはカードがなくなってもいい?」

「いやよ! これがないと私は目立てないじゃない!」

「ど、どうしよう?」

 聞いて、強く言われて、一瞬で星奈は悩んで諦めそうになっている。それにスターが一喝した。

『星奈、これもその子のためだ。だから……いや待て、ストレングスが来る!!』

『ちょヤバくなーい!? あれはヤバいって! 千佳! 脱出!』

 千佳の変身が解けると、普段通りのむしろ背が低く小柄な、金髪で大きなロケットの髪飾りをつけた姿で縄が解けた。

「じゃスターさん、後よろしくー!」

「あ、待ってよ女王様!」

 だが千佳が教室を出る前に、窓を蹴破って千力が入ってきた。

「さぁてぇ? これはどういう状況かなぁ?」

 ボーダーのような赤と白の交わったタイツ姿、顔は一切のものがない白、その奇妙な姿を、元気な状態で直視して星奈は改めて恐怖した。

「え、えっと、突然女王様が変身して、逃げ出したから追いかけて、そしたらあなたが来て!」

 丁寧に説明する星奈をスターが呆れる。その間に千佳が扉に手をかけると、千力は跳ねて千佳の手を握った。

「ひ……」

「待ちなよぉ? さ、二人とも話を聞かせて」

 音楽室の扉が閉められると、星奈は変身状態で、千佳はそのままの姿で椅子に座らされた。

 そして千力の話が始まった。

「僕はねぇ、悪い人やいじめっ子が嫌いなんだよぉ。だから、さっきはまるでスターがエンプレスを追いかけていたから、許せなくってねぇ」

「わ、私は悪いことしてないよ!? その、急に目の前で変身したのに逃げ出したから、話を聞こうとして……」

「そんなこと言って私を縛ったじゃん! ストレングスが来なかったらカードを壊すとか言ってたし……」

 二人とも言っていることに違いはなく、正しく話し合えば喧嘩両成敗と言ったところになるだろう。だが千力はきーきーと小うるさい二人の小学生に耐えられなかった。

「うるさい! じゃあ、二人ともやっちゃうよぉ? こういう時は、両成敗に限る。なんか、二人もこっちに来てるしねぇ」

(え? それって……)

『皇帝と運命の輪っかが来ている。む! 皇帝は変身したぞ!』

 そしてすぐにストレングスと逆の方の窓が叩き割られた。

 黄金の四本腕の、脇腹から生えた二つは長さを持て余すように腹のところで組まれ、肩からの左手はストレングスを指さし、右手で落下防止用の手すりを掴み堂々と乗り込んで彼は来た。

「ストレングス、どうしてスターを狙う?」

 切が無茶な変身を繰り返してまで星奈を守るのは、当然妹の新華のためである。

「そりゃぁ、悪い子はお仕置きしないと駄目じゃなぁいぃ?」

 ひょこひょこと股を開き、ストレングスは挑発するように方向を変えてエンペラーと対面した。

「貴様の方が悪だろうが。ここは小学校だ、無関係者は帰れ」

「悪っていうのは年じゃ、ないんだよねええええええええええええええええ!!」

 突然叫んだ千力はエンペラーが視認できないほどの速度で跳ね、窓から叩き落とすように右肩を蹴った。

 何とか反応したエンペラーは右手二本でそれを受け止めようとし、そのまま窓から放り出される。

「ああっ、皇帝さん!」

 星奈が立ち上がると同時に千佳はその場から逃げ出す。それをストレングスは目ざとく見つけるが、追いかけようとして足を滑らせた。

「水だ」

 窓にしがみついたエンペラーが再び教室に戻り、下の左手の指先に浮かぶ水玉を見せつけるように破裂させた。

「ただ強いだけのお前が俺に勝てない理由だよ。攻撃を受けて分かった、お前じゃ俺には勝てない」

 無様に倒れるストレングスを嘲るように言い、その頭を踏みつけた。

「逃げ帰るなら許してやらなくもない。だがこれ以上続けるならば……」

 地面に滴っていた水はいつの間にか面積を広げ、ちくちくとストレングスの体を刺していた。

「……分かるな? 貴様が動くのと串刺しになるの、どちらが速いか」

 ストレングスの腕には拘束具があり碌に動けず、足をバタバタさせてみっともなく動くしかできないだろう。だがストレングスはそれすらしない。

「君はいじめっ子だねぇ?」

「生憎、クラスでは空気だ」

 突然ストレングスの背中から触手のようなものが伸び、エンペラーの首を絞めつけた。

「っこいつ!」

 上の腕二本でそれをどうにかしようとし、同時に水を操ってストレングスを刺そうとするが、ストレングスはエンペラーの首に巻かれた触手の勢いそのまま天井にまで衝突する。

「皇帝さん!」

 その速さに星奈はついていけない。天井を蹴ったストレングスは教室の後ろの方に着地した。

 そして二人を指さして、笑うように言う。

「エンペラー、スター、君達はいじめっ……」

 突然の光線がその位置を薙ぎ払った。

 幸い三階の音楽室に風穴があいただけで上と下の階に被害がなかったのが救いである。

 三人がその方向を見ると、そこにあった木製の車輪は跡方もなく消えていた。

「……ホイールオブフォーチュン、今のは危なかったね……」

 ストレングスは身を反らしてそれを躱していたが、次の言葉も告げずに空いた穴から飛び出した。

 色々なことが起きて混乱しているが、それでも星奈はまず言った。

「皇帝さん、大丈夫ですか!?」

「……ああ、なんとかな。だが今の、ストレングスはかなりの強敵だ。ホイールオブフォーチュンもとんでもない力を持っていた」

 言ってエンペラーは星奈を残してそこを去った。

 嵐のような時間が過ぎてぼーっとしていると、スターが叫ぶ。

『星奈! 君も急いでここから逃げないとたくさんの人に囲まれるのではないか!?』

(うわーっそうだ!! 急がなきゃ!)

 ストレングスが出ていった穴から星奈が落ちると、とりあえず一目のつかない場所へと移動した。


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