女帝、走る
給食時間さえも、同じ班であるにも関わらず星奈と晶乃の会話は途絶えていた。そのために班員までもが暗さが伝染してしまう。
昼休みに星奈がちょっとなんとかしてよ、なんて文句を言われている間に、晶乃は走ってどこかへ行ってしまう始末である。
(うう、もう私は悪くないんだから! 晶乃と話をつけないと……)
そうは言っても悪いのは自分、変わったのも自分なのだからどう説得しようかと悩みながら歩いていると、不意にスターの感情と言葉が星奈の恐怖を煽った。
『星奈! 女王が迫っている! ここは危険だ!』
(ええっ!? このタイミングで!? 今どこ!?)
『もうそこに……』
次にスターが、女帝が変身したと言わずとも、星奈は空気の気配が変わったのを敏感に感じ取った。
走って教室を出たところでその存在を視認し、思わず足を止めた。
「…………きれい」
小さな女の子である星奈の、不意に出た言葉はまさしく彼女の本心からの一言。
目の前に立っている女性は小学校ではありえないほど豪奢で過激な輝くラメのついた上下一体の紫のドレスを着た、美しいという一言に収まらないほど見目麗しい大人の女性。
茶色い長い髪で背中を隠し、輝く唇には赤い紅をつけて、カールした睫毛のある大きな目で星奈を見つめていた。
「あなたがスターね? でエンプレス、私は何ができるのかしら?」
『っあー、これダーメだわぁ。あーしたぶん思い通りの格好になれるってだけっぽいっつーか戦いとかむりっぽっつーか』
エンプレスのものと思われる女子高生のような軽いノリの声が星奈の中にも届く。
『ってゆーかはなっから戦いとかできないって言ってたくね? スターとかマジ無理じゃん!』
落ち着き払っていた女性は、見るからに動揺して回れ右して走り出した。
『星奈、エンプレスが逃げるぞ、追いかけろ!』
(えっ? でも戦わないんなら追いかけなくても……)
星奈にとって今は晶乃のことの方が重要事項である。エンプレスがこちらに敵意を向けていたとして、戦闘能力もなく逃げ出すのならば放置しておけばよいと考える。がスターは違う。
『馬鹿! こちらは正体がバレたのだぞ!? あいつは思い通りの格好に、つまり普段と違う姿。いくらでも不意を打たれるし、奴が誰かとチームを組んだらますます危険だ! 今ここで奴と話をつけねばならない!』
(そ、そうかな?)
『そうだ! 走れ!』
スターに言われるままに星奈は追いかけて走り出すが、理想の体型であるエンプレスは走るフォームも速さもプロレベルであり、星奈はなんとかエンプレスが見える位置にいるのが限界であった。
『星奈、変身できないか? そうすればすぐに星の板で追いつけるし、そのままエンプレスにとどめを……』
(とどめとか駄目だって! でも、うん、ほっといちゃ駄目ってのも分かったよ。それに、今の格好のまま追いかけるのもあんまりかな)
見る者誰もが振り返るほどの美女が走るのを星奈一人が追いかける状況は少し目立ち過ぎていた。
幸い位置ならスターから聞けばすぐに分かる、星奈はすぐに逸れて女子トイレの個室で再び変身し、仮面をしかとつけて星の板で校内を飛んだ。
『よし、もう捕まえられるぞ!』
(やっぱりこれ速い!)
「えっと、女王様、覚悟!」
「いやあああああああっ!」
あっさりと捕まえられたエンプレスは、そのまま空き教室で捕縛されて星奈の尋問を受けることになるのである。
『ちょスターちゃん、まさか女の子に手荒な真似しないでしょーね?』
『さあな、お前次第……いや、しないだろう。星奈は優しいからな』
一方、晶乃はその騒ぎに気付かないまま中学校にまで訪れていた。元々彼女が走っていたのは星奈から逃げ出すためではなく、昼休みの間に要件を済ますためである。
さて人付き合い少なく無口な晶乃が一体そんな遠出までしてどんな用事があるのか。
晶乃とて女の子である、オシャレなファッション、お菓子や宝石、きらきらと光って見えるものには目がなかったりもするものだ。
そのうちの一つで占いを特に晶乃は気に入っていた。
星座占い、血液型占い、ホロスコープやタロットも晶乃は知っている。といっても晶乃はそんな神秘的なのが好きではなく、誰にでも当てはまる一般論を嘘八百並べてもっともらしく言いながら、民間療法的に正しいことを言い当てる合理的な良さを知っていたから好きなのだが。
それでやってきたのは、小学校の時から占い師として有名だった先輩、木林みえるの元である。
小学校から晶乃が教室にやってきてもみえるは全く動じる気配なく、普段のように妖艶な眼をしてそれが自分への来客だと思い、机からタロットカードを出した。
みえるは高校でも中学でも評判があり昼休みにはよくこうして客を無料で占っていて、それで自分への客の気配などがよくわかるからである。
晶乃は知らないが、みえるは星奈がスターであることも、晶乃と仲が良いことも知っているが、それもおくびにも出さなかった。
「ようこそ、野矢晶乃さん。今日はどういったお悩み?」
場所を変えていないために晶乃は周りに聞かれないようにとみえるの耳元で囁く。
「私の友達、星奈って言うんですが、最近誰にも言えない隠し事ができたらしくて、私、どうするべきか分からなくて……」
聞き終わりもせずにみえるはカードを混ぜ合わせて、晶乃に小さな笑顔を見せた。
「お安い御用」
時計の文字のように並べられたカードの中央からみえるが選び出した一枚は、スター。それは皮肉でもある。
「スターの正位置、示すのは明るい見通しや希望……良いカードよ」
そう言われても晶乃は一切安心することなく続きを聞いた。
「隠し事の話よね。それは隠したままでいいし、隠さなくてもいいこと。でも円滑な人間関係のためだったら隠させたままにした方がいいわ。たぶん、そう遠くない未来にその星奈ちゃん自身からその秘密を言ってくれるはずだから……でも一つだけ注意」
指を立てるみえる、それに初めて晶乃は口元を結ぶように反応をした。
「その秘密、星奈ちゃん以外からあなたに知らされた時、優しく言葉を受け入れてあげなさい。どんなに大きな秘密でも、ね」
なるほどあたりさわりのない的確な助言だと晶乃が感じて受け入れると同時に、若干の違和感も覚えた。あまりに的確過ぎるのではないか、と。
目の前のみえるは自分達と関係のない占い師であり星奈のことなど知るわけがない。だが顔が広く自分の名前と顔も知っていたみえるは、星奈の秘密を知っているのではないか。
「あの、みえるさん。みえるさんは星奈のこと……」
「失礼していいかしら? ちょっと急用が……」
「待ってください。星奈のこと……」
晶乃が言う途中で、みえるは校内でしたことのない全力疾走を始めた。
追いかける間もなく晶乃はその場に置いていかれ、今のことを肝に銘じ小学校へ歩いて戻ることにした。
みえるが走り出したのは、千力がストレングスへと変貌しスターの方に向かっているからであった。
スターと組んでストレングスを倒すのに一石二鳥の状況であるが、ストレングスの過激な行動の理由は分からなかった。
次いで、小学校に近い場所で妹を見守っていた切もその反応に気付き、能力を発現せずに走り出す。
火野札小中学校全力疾走事件として語り継がれそうなものだが、この日はそれ以上のことが起きたためにそれはなかった。
「平日の昼間から一人動物園でカンガルーを見つめる女……ふふ、寂しい」
(声に出すから余計に寂しいんじゃないですか? ワールドさんも話しかけはしましたけど、声を出したのはあなたが初めてですよ、ジャッジメントさん)
ラバーズのカンガルーは昨日のように微動だにせず目を細めて蓮を見つめる。一方の蓮は普段の服装とは違いキャンプに出るような軽装に変装のように小さなハンチング帽を被って、首からジュースを下げてカンガルーを見つめていた。
(私だって何度も声は出しませんよ。今のはちょっと悲しくなっただけです。それでワールドさんのことどう思います?)
(本人に言わないって約束してくれます?)
(もちろんです。弁護士ですから黙秘権の行使くらい……)
(それってカンガルーにも適用されますか?)
(まあ声を初めて出した記念でお願いしますよ。別にあなたを敵視しているわけじゃないですし)
カンガルーが更に目を細める。品定めするような視線を蓮も感じるが、ワールドと対峙した者同士通じることがあったのだろう、カンガルーは話す。
(油断ならない方、信用ならない方、とでも言いましょうか。嘘を吐いている風にも思えますし、嘘を吐いていないとしたら正気を疑います)
(ですよねぇ、私が弁護するとしたら精神疾患とか責任能力の有無を疑います。まあ、こういう力があったらああいう人は一人くらい出ると思いますけど)
呆れた風に溜息を吐き、蓮は柵にもたれかかる。カンガルーとて常識があったという事実を、まるで気にせずにのんびり話し続ける。
(ま、私がここに来たのはあなたが人間で、ワールドと協力関係にあったらヤバいって話ですから、その様子なら特に何も言いませんし、何もしません。いいですね?)
(ええ、どうぞご自由に。ここを戦場にするようなことはしないでくださいね? 噂はここからでも聞いていますので)
噂とはチャリオットやフールの暴走についてである。大きな虐殺事件が二日立て続けで起こったということだ。
そのために火野札市には珍しい物好きの旅行者が来たり、逆に怖がって逃げる人がいる状況だ。
カンガルーの厭世的な目に気付かず、蓮が話を終わらせ帰ろうとしたところで、その電話が鳴った。
「もしもし、ジャッジメントさんですか? 今から研究室に来れないでしょうか、話したいことがあるんですが」
心臓をぐっと鷲掴みにされたような感覚に、蓮からヒュ、と息が漏れる。
「えー、確かに今日用事はないんですけど……」
電話の奥で玲子が嬉しげに手を叩く音が聞こえた。
「じゃあいいじゃないですか! 動物園と家の間ですよね、私の研究室」
断る暇もなく電話が切られて、蓮は重い息を吐いた。
(そういや全員の位置は常に分かっているのよね。……うぅ)
『嫌です嫌です、不安な気持ちは嫌ですぅ!』
ジャッジメントの叫びに、蓮が心の底から同意した。
「スターが追いかけまわしているねぇ。これはいじめっ子じゃないかなぁ?」
千力の周りには私服警官が数人張り付いている。だが誰も彼を止めることはできない。
『千力の信じるままに進め、それこそが正しいことだ』
「知っているさぁ、あの子はちょいと怪しいからねぇ」
ストレングスの力強く若々しい声は千力にないものだ。けれど二人の目的は全く一致していた。
ただ千力の信じる道を進む、それだけ。
一人でぶつぶつ喋る千力は誰の目から見ても怪しい人物であるが、それを止められる者はここにはいない。
そして彼は変身し、腕を拘束したままの走りで全ての警官を撒くのであった。




