天象庁への招集
霧魔たちが完全に消え、谷に静けさが戻った。
天象庁の部隊は負傷者の確認や残留霧の調査を行い、村人たちを広場へ誘導していた。
ソーマはリュミエールと並んで座り、深い息を吐いた。
(……とんでもない一日だったな)
異世界で目覚め、霧魔に追われ、巫女と出会い、
天象庁までやって来た。
これが夢ではない証拠に――
耳の奥では、まだ微弱なノイズが続いていた。
ザザ……。
(予報じゃない。けど……なんか嫌な“気圧の揺れ”を感じる)
予報が来る直前のあの感覚に似ている。
そんな中、ガルムが歩いてきた。
「おい、ソーマ」
ずしん、と地面が震えるような足音。
巨大な斧を背中に背負ったまま、いつもの仏頂面だ。
「村の状況は大体片づいた。
だが問題は“お前”だ」
「……俺?」
「そうだ。
あれだけの霧魔の動きが読めるなら、王都に連れていく価値がある」
ガルムは腕を組みながら続ける。
「正式に“天象庁への招集”だ」
「……招集って、それは……」
「ほぼスカウトだ。
放っといたら、どっかで霧魔に喰われるタイプだからな、お前」
やっぱり最初は褒めてない。
リュミエールが柔らかい微笑みを浮かべて近づいてきた。
「ソーマさん。
もし王都に行くなら、私も同行します。
今回の件、私の方でも報告が必要ですし……なにより」
彼女はソーマの目を真正面から見つめる。
「あなたの“揺らぎ”は、放置できません」
「揺らぎ……?」
「えぇ。空の揺らぎに反応する人なんて、ほとんどいません。
でもあなたには、それが聞こえている。
私の《天象同調》とも噛み合いました」
リュミエールの金色の瞳が、ほんの少しだけ喜びを宿していた。
(……この人、俺の予報を信じてくれてる)
そう思うと、不思議と胸が軽くなる。
だが、別の不安がソーマを刺した。
(王都……人が多い場所で、もし予報が突然聞こえたら?
説明もできない声が流れたら、絶対怪しまれる)
そんなソーマの表情を見て、リュミエールが問いかけた。
「不安ですか?」
「……まぁ、そりゃそうだよ。
俺、自分でも分からない力を持ってるのに……王都なんて、場違いだろ」
「大丈夫です。
私はソーマさんの力を“危険”とは感じません。
むしろ……助けられましたから」
その真っ直ぐな言葉に、ソーマは思わず目を逸らした。
(まっすぐ言うなよ……照れるだろ)
すると――ガルムがそこで大声を出した。
「おーい、仲良ししてるところ悪ぃがな!
本題は“こいつをどう扱うか”なんだよ!」
「ど、どう扱うかって……俺、人間だぞ? 魔物じゃない」
「いや、まだ分からん」
「おい!」
ガルムはニヤニヤしながら斧を担ぎ直した。
「まぁ安心しろ。
王都行きの案内は俺がやる。
――途中で死ぬなよ?」
「脅しとくんじゃねぇよ!」
ソーマが思いきりツッコむと、天象庁の兵士たちがクスクス笑った。
(……なんだこいつら。怖いけど、悪い奴らじゃないのかもな)
その時――
耳の奥で、ひどく澄んだノイズが鳴った。
ザァ……ザザザー……。
(……来る)
ソーマは瞬時に身構えた。
『――明日の午後、関東地方は広い範囲で晴れます――』
(晴れ……?)
予報としては平凡だ。災害の兆候もない。
なのに――
今までになく“透き通った”声だった。
(あれ……こんな日は、逆に危ない時って……)
前世で、そういう日が何度もあった。
ただの快晴予報なのに、どこか“気圧の底が抜ける前触れ”みたいな、妙な静けさがある日。
そして、予報の声が止んだ瞬間。
リュミエールが表情を曇らせた。
「……ソーマさん。空が、少し揺れています」
「揺れてる?」
「えぇ。
霧魔が去った後なのに、空の層が安定していません。
“何か”が、まだ近くにあります」
ガルムが斧を握り直す。
「おいおい……まだ出んのか?」
ソーマの背筋に、嫌な予感が走る。
(晴れの予報……でも揺らぎは残ってる。
これって――)
思考を巡らせた瞬間、
村の北側の丘から、白い霧がまた立ち上った。
今度は、明らかに“霧魔とは違う”形をしている。
リュミエールが息を呑む。
「あれ……霧じゃありません。
霧の“影”です――」
ソーマの耳に、微弱なノイズがひときわ強く跳ねた。
ザッ――!
(やばい……!)
世界が、また何かを訴えようとしている。




