孤独を引き受ける役目
孤独は、選ばれるものではない。
役目として、押し付けられる。
そして多くの場合、その役目は名も与えられない。
天象庁の朝は、以前と同じだった。
書類は整い、廊下は静かで、職員たちは各自の仕事に戻っている。
表面だけを見れば、何も問題はない。
だが、ソーマは知っていた。
空気の奥で、線が引かれ始めていることを。
話しかけられる回数が減った。
相談ではなく、報告だけが増えた。
判断を仰ぐ言葉の前に、必ず一拍の躊躇が入る。
それは拒絶ではない。
距離だ。
「……来たわね。」
セシリアが、資料をめくりながら言う。
「これ。」
評議会からの通知。
文面は丁寧だが、意図は明確だった。
今後の方針について、責任者の見解を整理して提出せよ。
「まとめろ、ってことだな。」
ガルムが短く言う。
「しかも、名指しで。」
「責任を一か所に集めたいんだ。」
ソーマは紙を置く。
「待つ判断を、
“個人の判断”にしたい。」
それは、合理的な処理だった。
全体で曖昧に持つより、
誰か一人に集約した方が、
後で切り離しやすい。
昼前、若手職員の一人が、
資料室の前で足を止めた。
何か言いたげで、言葉を探している。
「……すみません。」
小さな声。
「最近、
大変じゃないですか。」
心配だ。
だが、それ以上踏み込まない。
踏み込めば、自分も線のこちら側に来てしまう。
「大丈夫だ。」
ソーマは短く答えた。
「仕事だからな。」
それ以上の言葉は交わされなかった。
孤独は、こうして少しずつ形になる。
午後、リュミが執務室を訪れた。
珍しく、扉を閉める。
「……ひとりで……
引き受けすぎです……。」
「……空は……
分散できます……。」
「……人は……
そう……
できません……。」
「分かっている。」
ソーマは頷く。
「だが、
誰かが引き受けないと、
待つという判断は、
組織の中で浮く。」
浮いた判断は、消される。
だから、
浮かないように、
一人が沈む。
夕方、セシリアが書類をまとめながら言う。
「あなた、
嫌われる準備、
できてる?」
「嫌われる、じゃない。」
ソーマは答える。
「切り離される。」
嫌われるのは感情だ。
切り離されるのは、構造だ。
夜。
屋上。
風は穏やかで、
空はまだ、無理をしていない。
星の並びも、昨日と変わらない。
ガルムが、しばらく黙ったあとに言う。
「なあ。」
「一人で抱え込んで、
後悔しないか。」
「後悔する。」
ソーマは即答した。
「だが、
やらなかった後悔の方が、
大きい。」
孤独を引き受ける役目は、
英雄の仕事ではない。
称賛も、感謝もない。
ただ、
世界が壊れなかった時、
理由として誰にも思い出されない。
それでいい。
それがいい。
ソーマは、夜空を見上げる。
空はまだ、待てている。
だから、
人の側の孤独を、
もうしばらく引き受ける。
明日、
さらに線は濃くなるだろう。
名前も、責任も、
よりはっきりと集まってくる。
それでも、
待つという選択を、
個人の重さで支える。
それが、
今の彼に与えられた役目だった。




