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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第四章

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速さを奪うという仕事

速さを奪う仕事は、目立たない。

止めるわけでも、壊すわけでもない。

ただ、早く決まらない状態を作る。


翌日、天象庁は普段通りに動いていた。

だが、ソーマの机の上には、前日より少し多くの書類が積まれている。

どれも緊急ではない。

どれも「今すぐ決めなくてもいい」内容だ。


それが、意図的に集められていることを、

彼自身が一番よく分かっていた。


「……増えてるわね。」

セシリアが書類の山を見て言う。

「急ぎじゃない案件ばっかり。」


「急がせないために、

 急ぎじゃない形で回している。」

ソーマは淡々と答える。

「判断を先送りにするには、

 判断材料を増やすのが一番だ。」


材料が増えれば、議論は割れる。

割れれば、決定は遅れる。

遅れれば、流れは固定されない。


昼前、別部署からの問い合わせ。

外縁付近の安定を前提にした、

小規模な倉庫建設の可否。


「即答はできません。」

ソーマはそう返した。

「観測期間が短い。」

「少なくとも、季節を一つまたいでから。」


理由は正しい。

反論しづらい。

だが、それは同時に、

時間を奪う返答でもあった。


ガルムが、廊下でぽつりと漏らす。

「敵と戦ってる時より、

 よっぽど神経使うな。」


「敵が見えないからな。」

ソーマは答える。

「速さそのものが、相手だ。」


午後、リュミが執務室を訪れた。

珍しく、はっきりした表情だ。


「……空が……

 ゆっくり……

 なっています……。」

「……引き延ばされて……

 助かっています……。」


引き延ばす。

それは、空にとっては休息に近い。

だが、人にとっては停滞に見える。


夕方、評議会の非公式な場で、

誰かが苛立ちを口にした。


「決まらないことが多すぎる。」

「今は安定しているのだから、

 もっと前向きに進めるべきだ。」


ソーマは、その言葉を遮らなかった。

ただ、一つだけ返す。


「安定している時ほど、

 決めない選択が必要です。」


理解されなくてもいい。

反発されなければ、それで十分だ。


夜。

屋上。


王都の灯りは、少し滲んで見えた。

風が、いつもよりゆっくり流れている。


ガルムが腕を伸ばしながら言う。

「速さを奪うってのは、

 嫌われ役だな。」


「嫌われてもいい。」

ソーマは即答した。

「速さは、

 好かれると暴走する。」


セシリアが、柵にもたれかかる。

「成果が見えない仕事って、

 続けるのが一番大変よ。」


「だから、成果を作らない。」

ソーマは静かに言った。

「成果が出たと思われたら、

 次は“再現”が始まる。」


リュミが、空を見上げる。

「……空は……

 速さを……

 借りていません……。」

「……今は……

 自分の……

 歩幅です……。」


速さを奪うという仕事は、

世界の歩幅を守ることだ。

誰かが急がせようとする時、

その横で、黙って足を引く。


目立たず、

褒められず、

理解もされにくい。


だが、その一歩分の遅れが、

壊れない未来を作る。


ソーマは、屋上を後にした。

明日もまた、

速さを奪う仕事が続く。

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