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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第四章

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静かな日常への帰還

大きな出来事の後に訪れる日常は、

どこか拍子抜けするほど静かだ。

だが、その静けさは「何もなかった」ことを意味しない。


天象庁の朝は、完全に通常運転へ戻っていた。

警報符は沈黙し、緊急召集の鐘も鳴らない。

廊下には、慌ただしさではなく、作業の音だけがある。


紙をめくる音。

羽根ペンの走る音。

魔導具が淡く唸る、一定のリズム。


ソーマは自席に座り、積み上げられた書類を一枚ずつ処理していた。

内容は平凡だ。

各地の天候報告。

小規模な霧。

一時的な風向きの乱れ。


どれも、以前なら気にも留めなかった程度のものだ。


「……戻ったわね。」

セシリアが、机に書類を置きながら言った。

「良くも悪くも。」


「戻った、というより――」

ソーマは一拍置く。

「戻れる状態が続いている。」


違いは微妙だが、決定的だった。

均衡が保たれているという事実は、

意識しなければ見えない。


昼前、ガルムが訓練場から戻ってくる。

汗を拭きながら、いつもの調子で言った。

「外、静かだな。」

「拍子抜けするくらいだ。」


「それでいい。」

ソーマは顔を上げずに答える。

「静かな日は、静かな仕事をする。」


午後、王都の街へ出る用事が入った。

書類の受け渡し。

物資の確認。

どれも、天象庁の役人としての普通の業務だ。


街は賑わっていた。

市場は開き、子どもが走り、

商人たちの声が重なっている。


だが、ソーマの目には、

その賑わいが「均等」に見えた。

一か所に溜まらない。

偏らない。

人の流れが、自然に分散している。


リュミが、隣を歩きながら小さく言う。

「……世界が……

 呼吸しています……。」

「……無理のない……

 速さで……。」


それは祝福の言葉ではない。

ただの観測だ。

だが、観測できるということ自体が、

今の安定を示していた。


夕方、天象庁に戻る。

評議会からの追加連絡はない。

問い合わせも、催促も来ていない。


「……放っておかれてるわね。」

セシリアが苦笑する。


「それが、一番いい。」

ソーマは即答した。

「注目されると、

 次は“再現”を求められる。」


再現は、同じ条件を作ろうとする。

同じ条件は、必ず歪む。


夜。

屋上。


王都の灯りが、いつも通り広がっている。

特別な輝きも、異変もない。

だが、ソーマはその光景を、少しだけ長く見つめた。


ガルムが隣に立つ。

「終わった、って感じか?」


「終わってない。」

ソーマは首を振る。

「区切りがついただけだ。」


リュミが、空を仰ぐ。

「……空は……

 次を……

 急いでいません……。」

「……だから……

 今は……

 このままで……。」


静かな日常は、

嵐の前触れでも、

嵐の後始末でもない。


それ自体が、

一つの成果だ。


何も起きない一日を、

何事もなく終えられること。

それが、どれほど難しく、

どれほど尊いか。


ソーマは、今日の日付を記録簿に書き込む。

特記事項なし。

異常なし。


だが、その一行の裏には、

選ばれなかった多くの選択と、

動かなかった無数の判断が積み重なっている。


静かな日常は、

偶然ではない。

だが、誇るものでもない。


ただ、守られた形で、

そこにあるだけだ。

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