評価されない選択
評価されない選択は、記録に残りにくい。
報告書の末尾に、短い一文として埋もれる。
あるいは、何も書かれない。
外縁での均衡が続いて七日目。
天象庁の業務は、平常へと戻っていた。
警報は鳴らず、会議も短い。
忙しさは減ったが、緊張は消えない。
「……結局、成功なのか失敗なのか、
誰も言わないわね。」
セシリアが、廊下を歩きながら言った。
「言えない。」
ソーマは即答した。
「評価した瞬間、
次に同じ状況が来た時、
同じ選択を“期待”される。」
期待は、圧力に変わる。
圧力は、距離を縮める。
そして、境界を消す。
昼前、評議会からの正式な通達。
外縁の封鎖見送りは、当面継続。
だが、理由は明記されていない。
「状況を鑑みて」という、曖昧な言葉だけだ。
ガルムが鼻で笑う。
「都合のいい言い方だな。」
「それでいい。」
ソーマは答える。
「曖昧さは、
誰の手にも握られない。」
午後、若い職員が声をかけてきた。
「……今回の件、
記録として残さなくていいんですか……?」
迷いと不安が混じった声だ。
功績として書ける内容でもある。
だが、ソーマは首を振った。
「残す。」
「ただし、解釈は残さない。」
「事実だけを書け。」
若い職員は、少し考え、頷いた。
それで十分だった。
夕方、外縁の観測点。
霧は出ていない。
風は通る。
何かが“起きている”感じは、もう薄い。
リュミが静かに言う。
「……空は……
もう……
こちらを……
見ていません……。」
「役目を終えた、ということだ。」
ソーマは答えた。
「少なくとも、今は。」
夜。
屋上。
王都の灯りは、いつも通り。
外縁の外は、闇に戻っている。
だが、それは不安な闇ではない。
ガルムが言う。
「評価されねぇってのは、
報われねぇ感じがするな。」
「評価されないから、
続けられることもある。」
ソーマは静かに返す。
「名前を付けなかった。」
「功績にもしなかった。」
「だから、次も自由に選べる。」
セシリアが、少しだけ笑う。
「責任も、宙に浮いたままね。」
「宙に浮かせた。」
ソーマは訂正した。
「誰か一人が背負うと、
歪むからだ。」
リュミが、空を見上げる。
「……空は……
覚えています……。」
「……評価されなかった……
優しさを……。」
評価されない選択は、
歴史に残らない。
だが、世界の癖として残る。
そして、次に似た流れが生まれた時、
世界は、ほんの少しだけ
壊れにくい方を選ぶ。
それでいい。
それだけで、十分だ




