外側の静寂が破れる時
静寂は、破れる前に兆しを出す。
だがその兆しは、音でも光でもない。
遅れとして現れる。
外縁のさらに外。
朝霧は、昨日より薄かった。
消えたわけではない。
ただ、戻ってこなかった。
「……引き潮みたいね。」
セシリアが、前日の記録と重ねて言う。
「来る時より、去る時の方が速い。」
ソーマは首を振る。
「引いてはいない。」
「移った。」
霧が留まっていた場所には、空白が残る。
数値は平常。
風も通る。
だが、空間の“反応”が鈍い。
ガルムが石を蹴る。
石は転がる。
音は返る。
だが、地面が受け取るまでに、わずかな間がある。
「……遅ぇな。」
「遅れが、広がっている。」
ソーマは言った。
「一点じゃない。」
「面だ。」
昼前、外縁の複数地点で同様の報告が上がる。
霧ではない。
風でもない。
だが、出来事の順序が乱れる。
扉を閉めた後に、風が入る。
足を踏み出してから、音が鳴る。
小さな違和感。
だが、積み重なると危険だ。
リュミが、はっきりと告げた。
「……静寂が……
限界に……
触れています……。」
「……溜めなかった分……
逃げ続けた分……
今……
“出力”が……
始まります……。」
出力。
溜めなかった反動。
通過点が、通過しきれなくなった合図だ。
ソーマは即座に判断した。
止めない。
囲わない。
だが、人を近づけない。
「外縁の外、
本日中は立ち入りを避けさせる。」
「理由は説明しない。」
「“整備中”でいい。」
セシリアが即座に動く。
ガルムは外周に回る。
強制はしない。
ただ、理由を作らせない。
午後、遅れは一度だけ強く出た。
空気が、半拍止まる。
音が追いつかない。
それだけだ。
被害はない。
倒れる者もいない。
だが、もし人が多ければ違った。
夕方、霧は別の場所に現れた。
同じ形ではない。
薄く、長く、移動し続ける。
「……静寂が……
割れた……
というより……
動き始めました……。」
リュミの声は落ち着いている。
ソーマは頷いた。
「外は、静止を保てない。」
「だから、動かすしかない。」
夜。
屋上。
王都の灯りは、相変わらず境界の内側にある。
外側は暗い。
だが、完全な闇ではなくなった。
ガルムが言う。
「外は、もう無関係じゃねぇな。」
「最初から無関係じゃない。」
ソーマは答える。
「ただ、見えなかっただけだ。」
セシリアが静かに言う。
「管理できないものが、
管理の外で成長した。」
「成長じゃない。」
ソーマは否定する。
「循環に戻ろうとしている。」
リュミが空を仰ぐ。
「……空は……
閉じたくない……
と言っています……。」
「……流れたまま……
で……
いたい……。」
外側の静寂は、破れた。
だがそれは、崩壊ではない。
次の段階への移行だ。
問題は、この動きを
内側がどう受け止めるか。
閉じるのか。
流すのか。
それとも、見送るのか。
選択は、また人の側に戻ってきた。




