細くなる境界
境界は、線ではない。
踏みしめられて、少しずつ削られる通路だ。
街道の変化は、数字より先に癖として現れた。
同じ時刻。
同じ場所。
同じ人影。
誰かが合図を出しているわけではない。
だが、選択は揃い始めていた。
ソーマは、三日分の記録を重ねて机に置いた。
増えてはいない。
減ってもいない。
ただ、揃っている。
「……偶然の形じゃない。」
セシリアが静かに言う。
「ばらけていた理由が、削られてる。」
ガルムが腕を組む。
「強い理由だけが残ってる、ってやつか。」
「そうだ。」
ソーマは頷いた。
「楽だから通る、じゃない。」
「“ここを通る自分が好き”になり始めている。」
意味が生まれる前段階。
それは境界が最も細くなる瞬間だ。
昼過ぎ、現地。
茶屋の主が、いつものように湯を出す。
言葉は少ない。
だが、客の顔ぶれは見覚えのあるものになっていた。
「最近、顔が揃うな。」
主が、何気なく言う。
「嫌か?」
ソーマは尋ねる。
「いや。」
主は首を振る。
「悪くない。」
「落ち着く。」
その一言で、境界はまた削られる。
落ち着く場所は、戻りにくい。
リュミは、道の端で目を閉じていた。
「……境界が……
踏み固められています……。」
「……越える……というより……
滞るに……
近いです……。」
滞りは、越境より厄介だ。
止まっているようで、実際には重さが溜まる。
ソーマは、露店を出させない。
立ち入りを禁じない。
ただ、理由を増やさないことだけを守る。
だが、それでも境界は細くなる。
人が、人のまま、選び続けるからだ。
夕方、セシリアが言った。
「次は、こちらから一歩引かないと。」
「観測者がいること自体が、
理由になり始めてる。」
ソーマは頷いた。
「距離を、取り直す。」
それは、撤退ではない。
観測の位置を、外すという選択だ。
夜。
屋上。
王都の灯りは、相変わらず規則正しい。
だが、街道の暗がりが、以前より近く感じられた。
ガルムがぽつりと言う。
「境界が消えたら、どうなる。」
「境界が消えると、
中と外の区別がなくなる。」
ソーマは答えた。
「守る理由も、離れる理由も、
同時に失う。」
リュミが、静かに続ける。
「……だから……
境界は……
細いまま……
残さないと……。」
細い境界は、踏み越えられる。
だが、引き返せる幅でもある。
ソーマは決めた。
次は、守らない。
導かない。
ただ、離れる。
境界が消える前に、
人の側が気づく余地を残すために。




