越えさせない方法
条件を越えさせない、という発想は甘い。
人は越える。
意図せず、あるいは意図的に。
だから必要なのは、越えた瞬間に戻れる仕組みだった。
朝、天象庁に集まった四人は、地図を囲んでいた。
外縁部の印は増え続けている。
線はまだ引いていない。
だが、線を引かないこと自体が、選択になり始めていた。
「立ち入り制限を正式に出す?」
セシリアが問う。
「条件に触れた時点で、即時発動する形で。」
ガルムは首を振る。
「制限は、越えるための目標になる。」
「破ったやつが英雄扱いされることもある。」
ソーマは、地図の外側を指でなぞった。
「越えさせない、は無理だ。」
「越えても積み上がらないようにする。」
若い職員が戸惑う。
「……積み上がらない、とは?」
「人が集まると、理由が増える。」
ソーマは言う。
「露店、見物、噂、正当化。」
「それを連鎖させない。」
具体策は単純だった。
立ち入りを禁じない。
ただし、滞留を作らない。
時間を区切り、理由を増やさない。
説明は短く、数字だけ。
感情に訴えない。
昼前、現地に簡易の掲示が立てられた。
禁止ではない。
案内でもない。
事実だけが書かれている。
「本地点の平均滞在推奨時間:十五分。」
「本日夕刻以降、環境変動の可能性あり。」
分かりにくい。
だが、誤解もしにくい。
午後、様子を見に来た者はいた。
写真を撮り、空を見上げ、すぐに去る。
屋台は出ない。
腰を据える理由がないからだ。
リュミが静かに言う。
「……空が……重なりません……。」
「……通り過ぎています……。」
それが狙いだった。
越えても、留まらない。
留まらなければ、条件は育たない。
夕方、評議会から問い合わせが来る。
「立ち入り制限は出さないのか。」
ソーマは、数値だけを返した。
滞在時間の平均。
人数のピーク。
減衰の傾き。
評価も、見解も付けない。
夜、屋上。
王都の灯りは変わらない。
だが、外縁部の暗がりが、昨日より遠い。
セシリアが言う。
「越えさせないんじゃなくて、続けさせないのね。」
「そうだ。」
ソーマは頷く。
「一度は越える。」
「二度目が来ない形にする。」
ガルムが肩をすくめる。
「派手さはねぇな。」
「派手だと、次が来る。」
ソーマは短く答えた。
帳面は開かない。
今日は、書かない。
仕組みは、紙より現場に残る。
条件は、まだ牙を隠している。
だが、噛みつく口実を失いつつあった。




