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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第四章

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安心を売る声

安心は、静かに売られる。

怒鳴られもしないし、強制もされない。

ただ「分かりやすい」顔をして差し出される。


期限六日目の朝。

王都の広場で、いつもとは違う人だかりができていた。


壇の上に立っているのは、天象庁の人間ではない。

評議会とも、神殿とも名乗らない。

ただの民間予報士だと自己紹介していた。


「難しい話は必要ありません。」

「市民の皆さんが知りたいのは、危険か安全か、それだけでしょう。」


声は穏やかで、よく通る。

言葉の選び方が巧みだった。


「現在、外縁部で観測されている現象は――」

「過去の事例から見て、差し迫った危険性は低い。」


その一言で、人の肩が下りる。

それが、目に見えて分かった。


「ただし。」

男は続ける。

「未分類という状態が不安を招いているのも事実です。」

「だから私は、仮の呼び名を提案します。」


仮。

その言葉に、ソーマは眉をひそめた。


「呼称は、『外縁静穏変動』。」

「名前があれば、人は備えられる。」

「恐れる必要はありません。」


拍手が起きた。

大きくはない。

だが、確かだった。


ガルムが低く言う。

「……上手いな。」

「何も間違ってねぇ。」


セシリアは、視線を外さずに答える。

「間違ってないから、危ない。」


リュミは、胸元を押さえたまま、小さく首を振った。

「……空が……息を……止めています……。」


その表現が、何よりも正確だった。


安心を与える言葉は、空間を固定する。

人の思考も、同時に。


昼前には、その呼称が広まり始めた。

市場で。

酒場で。

廊下で。


「外縁静穏変動なら、大丈夫らしい。」

「名前ついたんだってさ。」


ソーマは、その一つ一つを聞き逃さなかった。

苛立ちはない。

焦りもない。


ただ、時間が減っていく感覚だけがあった。


天象庁に戻ると、すでに報告が上がっていた。

評議会の一部が、その呼称を資料に使い始めている。

正式決定ではない。

だが、既成事実として十分だった。


セシリアが言う。

「……仮称は、いつも先に根付く。」

「後から否定すると、混乱を生む。」


「だから否定しない。」

ソーマは即答した。

「……ただし、使わない。」


ガルムが顔をしかめる。

「通じるか?」


「通じなくてもいい。」

「安心を売る声は、短期で勝つ。」

「だが、現実が追いついた瞬間、責任の行き先が空く。」


その夜。

屋上。


王都の灯りは、いつもより穏やかに見えた。

人々が安心している証拠だ。


リュミが、静かに言った。

「……安心は……悪では……ありません……。」

「……でも……早すぎる安心は……世界を……黙らせます……。」


ソーマは頷いた。

「黙った世界は、説明できない形で壊れる。」


遠くで鐘が鳴る。

期限は、明日だ。


安心を売る声は、さらに大きくなるだろう。

その中で、何を差し出さず、何を守るか。


ソーマは、欄外に一言だけ書いた。

それは格言でも、結論でもない。


「分かりやすさは、責任を軽くする。」


それを閉じる。

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