表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/192

霧の転生

 冷たい湿気が、肌にまとわりついていた。


 目を開けると、世界は淡い乳白色の霧に包まれている。

 地面には見慣れない草。鼻に入るのは土と水の匂い。

 ――そして、耳の奥で「ザザ……」という微弱なノイズが響いていた。


(……ここ、どこだ?)


 相馬颯真は、ゆっくり上体を起こした。

 最後に覚えているのは、台風の進路が急変して、徹夜で資料を直していた夜。

 雨の音と、スマホの緊急気象速報。

 帰宅途中、横断歩道で――。


 ——思い出そうとした瞬間、頭がひどく痛んだ。


「っ……!」


 頭を押さえたその時。


 ザ――……ザザ……。


 ノイズが急に澄み、耳の奥に“あの声”が流れ込んでくる。


『……本日朝の気象情報です。関東地方は午後から強い雨となるでしょう……』


(……天気予報!?)


 間違いない。前世で毎日聞いていた、日本のラジオのアナウンサーの声だ。


 しかし、ここは森のような場所。文明の影もない。

 ラジオどころか、人の気配すら感じない。


(いや、そんな……なんで聞こえるんだ)


 困惑するソーマ。しかし声は続いた。


『夜にかけて雷を伴い、大気が不安定になります。外出の際は……』


 聞き慣れたはずなのに、背筋が冷える。

 霧に包まれた世界で、前世の天気が流れるはずがない。

 だが、この予報には“妙な一致”があった。


 霧が、揺らいでいる。

 空気がざわついている。

 湿度が不自然に高い。


(……気圧、落ちてる?)


 職業病のように、癖で空を見上げた。

 霧の上にある青空は見えない。だが、大気が不安定なのは肌で分かる。

 予報が伝える「雷雨」の前兆に似ていた。


(ここ……前世じゃない。けど、予報は届く。どうなってるんだ)


 考えていると、霧の向こうからかすかな悲鳴が聞こえた。


「たすけてっ……! 誰か……!」


 子どもの声だ。


 ソーマは反射的に立ち上がる。足元がふらつきながらも、声の方向へ走り出した。

 草をかき分け、霧を切り裂き、息が白く散るほどの冷気の中を進む。


「おい、大丈夫か!」


 霧がひときわ濃くなった場所で、ソーマは見つけた。

 小さな少年が倒れている。そのすぐそば――霧の塊のような“何か”が揺らいでいた。


 ぼんやりとした輪郭。

 形になる直前の影。

 それは、まるで霧そのものが獣の形を取ろうとしているようだった。


(……魔物? いや、そんな馬鹿な――)


 しかし次の瞬間、その霧の塊は低く唸り、小さな風を巻き込んだ。


「っ! 来るな!」


 ソーマは少年を抱え、身をひねる。霧の獣が襲いかかるが、地面の根に滑って勢いを殺す。


 武器はない。戦闘経験もない。

 だが、逃げ道は読める。

 霧の流れ、獣の濃度――本能的に“どこが薄いか”が分かった。


(この霧……さっきの予報と同じ不安定さだ。なら……あそこだ!)


 逃げる方向を定め、少年を抱えて走る。

 霧獣が迫る音が背後で揺れる。その瞬間――


 ザァァ……。


 耳の奥で予報が途切れ、雑音が跳ねた。


『……注意報……霧……発――……』


(またノイズ!)


 霧の獣が一気に濃くなる。追いつかれる――!


 だが前方の霧が、ふっと割れた。


「こっちです!」


 透き通る声が響く。

 そこには、銀髪の少女が立っていた。背に淡い光をまとい、霧の流れを読むように手を伸ばしている。


(誰だ……?)


 少女は迷いなく言った。


「霧の『流れ』が変わっています。後ろへ回り込まれます、急いで!」


 ソーマの足が自然と動いた。少女の示す方向は、霧の獣の軌道から外れている。

 そして――その通りに、霧獣は空を切り裂いた。


 少女は手をかざし、薄紫の光をまとわせながら霧を散らす。


「《天象同調》――霧、退け!」


 霧が震え、獣の輪郭が崩れる。

 最後に鋭い音を残して、霧獣は風に溶けるように消えた。


 静寂。


「あなた……どうしてこんなところに?」


 少女がこちらを振り向く。

 淡い金の瞳が、霧を透かして光るように美しい。


 ソーマは少年を下ろし、息を整えながら答える。


「俺も、分からない。気づいたらここに倒れてて……霧が濃くなったと思ったら、あいつが……」


 少女は小さく頷いた。


「――霧魔。霧が濃くなる時に現れる、残滓の魔物です」


 やはり魔物だった。


 少女は少年を抱き上げながら、ふとソーマを見つめた。


「さっき、霧の“濃い方向”を避けて走りましたね。普通の人には分からないはずなのに……どうやって?」


「いや……なんとなく、霧の動きが“読めた”というか……」


 少女の瞳がわずかに揺れる。


「もしかして――あなた、“空の声”を聞く方ですか?」


 空の声?

 その言葉に、ソーマの耳奥に微弱なノイズが再び響く。


(まさか……この予報のことを、知っている?)


 少女は静かに名乗った。


「私はリュミエール。空の揺らぎを読む巫女です。

 あなたから漂う“揺らぎ”……普通の人とは違います」


 その言葉に、ソーマは背筋が冷える。


 異世界で目覚めた自分。

 ありえないはずの“前世の天気予報”。

 そして、霧を読む巫女の少女。


 この世界は、何かが“おかしい”。

 いや――自分が、この世界にとって“異物”なのだ。


(ここで一体、何が起きているんだ……?)


 霧の谷での邂逅は、まだ何も始まっていなかった。

 だがこの瞬間から、ソーマとリュミの運命は静かに交わり始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ