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灰かぶりの姉  作者: 吉野
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地雷


「野口さんと門馬さんが交通事故?

どういう事ですか、詳細は?」


Zeroに入った1本の電話に、周囲が凍りつく。

近くで聞いていた私も、思わず息を飲んだ。



交通事故。

それは両親を亡くした私にとって禁句、地雷とも言える言葉だった。



「信号待ちで?後ろから…」


電話を取っている江藤くんの声が、少しずつ低くなっていく。



——ドクン!

——ドクン!


耳元で太鼓が打ち鳴らされてるような、世界から音という音がかき消えたような。

そんな相反する感覚に見舞われ、指先がじんわりと冷たくなる。



「……ださん?国枝さん?

大丈夫ですか、顔色悪いですよ」


隣の席の原沢さんに肩を揺すぶられ、ハッと我に返った。


「…え?」


「どうしたんですか?」


心配そうに顔を覗きこまれたけれど、答える余裕はなかった。



「江藤くん、病院は?

野口さんと門馬さんは?」


緊張のあまり、口の中がカラカラになり声が掠れる。


「あ…中央病院の急患に運ばれたそうです。

警察の話だと社用車はオシャカになったんですけど、2人は…」


最後まで聞く事は出来なかった。



…後ろから追突。

車がダメになる程の激しいぶつかり方。

そんな事故にあって…航平が無事だとは到底思えない。



「ごめん、ちょっと出てきます」


「え?ちょっ…国枝さん?」


財布と携帯の入ったバッグをひっ掴み、慌ててスペースを飛び出した。


周りの人が目を丸くしているとか、業務中なのにとか、そんな事はどうでもよかった。



ただ、どうにかして航平の元へ行かなければ。

その思いだけで、フロアを突っ切る。


エレベーターに乗りながら、タクシーの配車システムで1台呼び出す。

幸い、近くを走っていたタクシーがすぐ来てくれる事になった。



「中央病院まで、お願い急いで!」


乗り込むと同時に、殆ど叫ぶように告げていた。


その勢いに押されたのか…。

あるいは両手を組み合わせ、祈るように項垂れた私に何かを悟ったのか。

運転手は何も聞かず車を飛ばしてくれた、可能な限り。



「お釣りは結構です」


ドアが開く間ももどかしく、5,000円を置きタクシーを飛び出す。


流石に病院内を走る事は憚られたが、急ぎ足で救急のスペースへ向かう。


「あの…先程、交通事故で運ばれたという2人の男性は…?」


「失礼ですが、どちら様ですか?」



冷静な受付の対応に、いいから早く教えてよ!と怒鳴りそうになり、咄嗟に息を吸い込む。




——落ち着きなさい!

ここで八つ当たりしても、何にもならない。


努めて深呼吸し、叫び出したいのを堪える。



「蒼製作所の国枝と申します。

会社の同僚なんです」


それでも…多少、顔が引きつっていたかもしれない。



こんな事なら、江藤くんが言っていた事をちゃんと聞いてくればよかった。

そう思ったけれど、あの時は…今もだけど、余裕なんて1ミリもない。



「野口さんと門馬さんですね。

野口さんは今そちらの処置室に…」


指差された処置室をノックし、返事も待たずに開け放つ。



「航平!」


「な…つき?」



タクシーの車内で最悪の予想をしてしまったせいで、両親の姿がフラッシュバックして足がガクガクと震えた。

けれど予想していたよりも遥かに落ち着いた、それでいて驚いたような声にいざとなったら足が竦む。



「け、怪我は?事故って…航平!」


「落ち着け、那月」


「落ち着けって…。

だって、航平が事故にあったって…落ち着くなんて、そんなの…」


扉のところで立ち尽くしたまま、周りを見る事も、人の話を聞く事も出来ないくらい余裕をなくした私に、航平が苦笑してみせる。


「今、動けないからこっち来てくれ」



恐る恐る近づくと、右足の膝から下が包帯でぐるぐる巻きにされていた。

けれど、それ以外にどこかが切れたり血が出ていたりしている様子は見られない。



「あの…」


そこで、ようやく辺りを見渡す余裕のようなものが出来た。



「大丈夫ですよ、怪我としては軽くはありませんが右足の擦過傷と骨折以外は、異常は見当たりません。

念の為、これから頭部CTも撮りますが、今の所大丈夫そうです」


航平の横に座っていた医師に、ようやく気がついた。


ここが病院だという事も人前だという事も、頭から抜け落ちていた。

航平の姿を見た途端、何も見えなくなっていた…彼以外。



——どれだけ余裕無くしてたんだ、私…。



「…すみません、治療中にいきなり」


「いえ、ですが治療中なので、外でお待ちいただけますか?

もう少ししたら、処置も終わりますので」



微苦笑まじりの言葉に、顔から火が出るかと思った。


「は、はい、申し訳ございません」


慌てて退出しようとする私の手を、航平が掴む。



「待っててくれるよな?」


断る事なんて出来なかった。

いや、したくなかった。


* * *


「国枝…さん?」


処置室を出たところで、三角巾で腕を吊った門馬さんと目が合った。



「門馬さん…」


そういえば、彼もいたのだ。

彼も事故に巻き込まれたのだ、と今更ながらに思い出す。


「え…と、」



大丈夫ですか?じゃおかしいよね。

門馬さんもいたんですね、じゃ薄情すぎる。

かといって今更なんて言えば…。

というか、彼はいつからここに?

もしかしなくても…ずっと?


そして聞いてた?私と航平のやり取りを。



「プッ…」


グルグルと考え込んでいた私の耳に届いたのは、門馬さんの笑い声だった。


「え?…」


堪えきれず吹き出した、といった様子で門馬さんはいかにも可笑しそうに私を見ている。



「あ、の…」


「国枝さんって、こんな表情豊かだったんだな。

というか、居たよ最初から。

もちろん聞こえてた、2人のやり取りも」




——あ…穴があったら入りたい!


本日2度目の居た堪れない気分に、ズーンと沈み込みそうになる。


けれど…


「こんなふうに焦ったり落ち込んだりした国枝さん、何年ぶりだろうな」


門馬さんの呟きが、私を現実に引き戻した。




——そういえば、この人も営業畑でずっときた人だ。


同じ課に配属された事はなかったけれど…5年前の事を知っていても不思議はない。



「良かったよ、そんな国枝さんが久しぶりに見れて」



柔らかく微笑む門馬さんにつられ、私もぎこちなく笑みを返した。


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