高嶺の花〜航平〜
「より良いモノを。
その情熱は素晴らしいし、気持ちはわかります。
しかし…何ですか、この計算は。
予算は限られているんです。
自然と湧いてくる訳でも、空から降ってくる訳でもない。
どんなに良いモノでも完成させてこそ、売れてこそでしょう?
金をかければ良いモノができる訳じゃないんですよ?」
一気に言い切った那月は、次の瞬間しまったという顔をした。
といっても、その表情の変化に気づいたのはおそらく俺だけだろう。
「アイスドール」と影で噂されている那月は、確かに滅多な事では表情を崩さない。
それは感情を表に出さない事で自分を守る為だと藤川に聞いたが、だからといって感情のない冷たい人間でない事は、俺が1番よく知っている。
今のだって、若干みんなが鼻白んだのを察知し、言い過ぎたか⁈と焦ったんだろう。
——今のは良いモノを作りたいという熱意が溢れて議論が白熱し、同時に費用の試算も跳ね上がっていったからだよな。
経理として、費用対効果を見極める事は重要な役割なんだろうし。
かけたコストに見合うか、それ以上の利益が出なければ、このプロジェクトは成功とは言えない。
コスパと顧客満足度を見極めるのは、営業の大切な仕事だと思うのだけど…どうも今回ばかりは製造の熱意に押され気味のようだ。
まぁ、熱くなった俺らも悪いんだが…。
心なしか白けた雰囲気をとりなすよう
「まっ、そうだよな、国枝さんの言う事も一理ある。
どんなに良いモノを作ったとしても、費用対効果の低い物じゃダメなんだ。
より良いものを低コストで。
ここが難しい訳だが、そこは製造に頑張ってもらわないとな。
その為にも俺達営業も、もっと情報を集めて来なきゃならん訳だが」
北条さんが発言してくれたおかげで、場の空気は元に戻った…一応。
「そうね、限られた予算内で最高のモノを作る。
確かに製造の腕の見せ所だわ。
お金をかければ良いモノができるという訳でもないのだし、どんなに良いモノでもお客様に満足していただかないと意味がない。
少し議論の方向性を間違えていたみたいね、国枝さん、ありがとう。
ここで一旦、休憩を入れましょうか」
今西さんもフォローしてくれたおかげで、皆の雰囲気が和んだ。
「すみません、差し出がましい事を言いました」
散会し、各々飲み物を取りに離れたところで、今西さんに近づき那月が頭を下げた。
「いいえ、全然。
国枝さんもチームですもの、差し出がましいなんて事はないのよ。
それに今のは私も熱くなりすぎたわ。
コスパを忘れるようじゃ、まだまだよね」
悪戯っぽく微笑む今西さんは、癒し系というか確かに人気が出るのがわかるような、ふんわりした人だ。
それにしても癒し系の今西さんと、クールな那月。
社で人気を二分しているという2人が並んで立っているというのは…なかなか壮観だ。
——なんて言うか…目の保養?
「しっかし豪華なメンバーだよな、Zeroも。
あの今西さんと国枝さんが並んで立つなんて、目の保養でしかないだろ」
…心の声が漏れたのかと思った。
振り向くと、意外にも真剣な眼差しで2人を見つめている北条さんがいた。
この人の噂は…耳にした事がある。
「来る者は拒まず、去る者は追わず」がモットーで、女性の噂の絶えた事がないだとか。
ライバルを蹴落とし部下の実績を奪い、若くして営業1課の主任になった超やり手だとか。
だが、そんな無責任な噂ほどあてにならない物はない。
「そう…ですね」
否定も肯定もせず、無難に相槌をうつ俺を一瞥し、北条さんは表情を緩めた。
「さっきのは、俺らもだいぶ熱くなってしまったからな。
採算度外視して作り始めたって、完成出来なきゃこのプロジェクトは頓挫する。
それを思うと、国枝さんはいいストッパーだと思うぜ」
女同士で何を話しているのか、楽しそうな2人を見つめる北条さんの視線は、とても優しい。
「なんせ、モノづくりの事となると暴走しがちだもんな、今西さん」
…というか、那月はおまけで優しい目で見ているのは今西さん、というとこか。
——それにしても。
今、気になる事をさらっと言われたような…。
「暴走…しがち?今西さんが」
あの穏やかで優しげな人が、暴走?
なんだか…今西さんにはそぐわない単語のような気がして首を傾げると、逆に北条さんは不思議そうな顔をした。
「いや、そうだろ。
現場では男顔負けの大声で怒鳴るわ、作業着が汚れるのも力仕事も厭わないわ、自ら大型トレーラー操って機材取りに行くわ。
試作品が納得いかないからって、工場に泊まり込んで完徹で作り上げるわ。
って…、あれ?知らない?」
「いえ、3月まで東北にいたもので」
北条さんの語る「今西さん像」と目の前の今西さんが、全くもって重ならない。
——それ、本当に今西さんの事なのか?
そう思っていた俺は…まだ知らなかった。
現場での今西 悠香を。
彼女に
「野口!」
と怒鳴られる未来を。




