表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰かぶりの姉  作者: 吉野
40/52

攻防の日々〜航平〜


「今…なんか、国枝さん泣いてませんでした?」

「さぁ?目にゴミでも入ったんじゃない?」


原沢と藤川がヒソヒソと話すのを聞き流し、ゆっくりとした足取りで離れてゆく那月の後ろ姿を見つめる。




目があったのは…それ程の至近距離にて那月を見つめるのは、実に5年ぶりの事だった。


那月は、覚えていた頃よりも全体的にシャープになった気がした。

癖のない綺麗な黒い髪は、肩につかない程度に短くなり、パンツスーツと相まって中性的な雰囲気を醸し出している。


怜悧な表情は冴え冴えとして、まるで人形のようだ。



——目が、逸らせない。

昔から綺麗だと思っていたけど、こんなにも惹かれるのは…何故だろう。



視線を絡ませたまま、互いの出方を窺っていると


「野口さん、お久しぶりです。

こちら、総務の原沢さん。

原沢さん、こちら技術の野口さんです」


痺れを切らせたのか、藤川が割って入った。



「あ、初めまして。

原沢です、よろしくお願いします」


「どうも、野口です。よろしく」



まだ半分以上、那月に意識を奪われたまま頭を下げると、改めて彼女の方へ向き直る。


「な…」



名前で呼ぼうとしたのは、わざとではない。


けれど、断固とした口調でそれを遮った那月の目元は、確かに潤んでいた。

微かに強張った肩のラインと意識的な深呼吸からも、彼女の強がりが見て取れる。



——本当は、もっと話したかったんだけどな。

とはいえ、それは外野のいない時にゆっくりと。

そう思い直し、ゆるく頭を振って気持ちを切り替える。


* * *


矢野本部長の挨拶の後は、各自自己紹介。


そのまま今の売れ筋製品の改良から派生して、新型の製品を開発する所まで話が進んだ。



新しく俺の上司となったのは、今西 悠香。

女性だという事にも驚いたが、年齢を聞いてまた驚いた。




——俺より、下か。


別に男尊女卑の思想を持つわけでも、年上は無条件で尊重して敬えなどと、時代錯誤な事を言うつもりもない。


彼女には彼女なりの、抜擢された理由がある筈だから。

俺が本社に戻って早々、プロジェクトに選出されたのと同様に。



その理由はすぐにわかった。


昨年、東北でも…いや全国的にかなりの数を売り上げた新製品。

あれの開発担当が彼女だというのだ。


あのシンプルで無駄のないフォルム。

性能と強度をギリギリまで計算し、流れるようなラインに仕上げる技術。


悔しいが、あれを作ったのが彼女だというのなら、その下で働く事に何の異存もない。



キリの良いところで昼休憩となり、本部長を先頭に皆で親睦を深めるとの名目でランチに繰り出す。




——この辺も変わったな。


5年の間に、工場に隣接して新社屋が建ち本社の移転が完了していた。

その工場自体も建て替えと増築が終わり、見違える程綺麗になっている。



そんな事も含めて、那月と話がしたい。

…のだが、さっきから入れ替わり立ち替わりメンバーが話しかけにやってくる。


まぁ、これから先、一緒にやってくメンバーの事を知りたいと思うのは普通だよな。

コミニュケーションも大事だ。

それはわかる。


わかるんだが…。

結局、今日は1日那月と話が出来なかった。

もしかしなくとも…避けられてるのか?


気がつくと、すでに帰宅しているし。




那月に逃げられたので、仕方なく帰り支度を始めていると


「百聞は一見にしかず。まさにその通りでしたね」


後ろから聞き覚えのある声がかけられた。



「何だよ、それ」


振り向かなくても、もはや覚えてしまったその声は、案の定藤川のものだった。


「何回あなたの話をしても、表情を変えなかったナツが、一目あなたを見た瞬間に泣きそうな顔してたじゃないですか」


「…なぁ、あんたヒマなのか?」



ずいぶんな言い草だとは思う。

が、何が目的で俺の周りをうろちょろするのかわからない、自称「那月の親友」に辟易し始めているのも事実なので、ため息混じりにそう尋ねる。

すると、藤川は器用に片方だけ眉を跳ねあげた。



「まだなんか企んでいるのか?

…余計な事するなよ」


「何ですか?余計な事って」


食えない笑みを浮かべる藤川を、じっとり睨め付ける。

こういう口の減らない女に勝てた試しのない俺は、黙って肩を竦めた。



「まぁ、頑張って「アイスドール」を「国枝 那月」に戻してくださいよ。

ナツはあなたを避ける気満々のようですけど?」


「…アイス、ドール?」



聞き覚えのない単語に眉を顰めると、まるで内緒話をするように藤川はちょいちょいと手招きをした。

仕方ないので耳を寄せる。


「ナツの事です。

案外あのクールな感じが人気あるんですよ。

社内でも今西さんと人気を二分していて」



それは…とても、とてもおもしろくない情報だ。

だが、今の話の流れから察するに…


「もしかして、けしかけてんの?

だとしたら余計なお世話。

友達想いも大概にしとかないと、馬に蹴られるぜ」


「馬じゃなくて野口さんに、ですよね?

まぁ、蹴られるのは嫌なんでここはおとなしく退散しときます」


最後まで減らず口を叩いて、軽やかに去っていく藤川の背を複雑な思いで見送った。




——それにしても、アイスドールね。


確かにその表現は、今の那月にはピッタリだ。


…面白いじゃないか。

お人形さんがどこまで逃げ切れるか、試してやろうじゃないの。


那月が頑なに態度を崩さないのなら…。

俺を徹底的に避けるというのなら、こっちにも考えがある。



また1から那月との関係をスタートさせていくのも、アリかもしれない。

一度は離れたけど、だからと言って壊れた訳でも失くした訳でもないのだから。


2人で過ごした思い出も、その想いも。




こうして、那月と俺のすれ違いと追いかけっこの日々が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ